第11話

 その日の夜、私はくたくたの体でキッチンにある椅子に座り込んでいた。


 体痛い。頭も痛い。


「こんなときは【フィジカルヒーリング】」


 私は自分自身に回復スキルを施した。

 するとあら不思議、一瞬で疲れが吹き飛ぶ。わけではなかった。


 まずいな。そうとう疲れてるわ、これ。


 回復スキルにも限度があるから、完全回復までには何回も使用しなくてはいけないことがある。そのため、寝た方が早かったりする時がある。


 それに頭痛は止まらない。

 今日はいつも以上に色々と考えながら家事をしていたから、その疲労が残っているんだ。どうやら、【フィジカルヒーリング】の範囲外みたい。


 私のスキルは便利だけど、対象がひどく損傷していれば、それだけ治療が困難になる。今の私は、常に動いているから、治した傍から体が崩れている。


 私のスキルなのに、自分を一番治すのが大変なんて、おかしな話だ。


 さっき、バニとミーキーが喧嘩をしていて、かすり傷が出来た。その時は一瞬で治ったというのに。

 ミーキーがバニのおかずをつまみ食いしたのだ。

 バニは、自分がひとに貸してもらうのはおかまいなしだけど、それを自分がやられると凄く怒る困ったさんだ。

 あの性格、どうにかしないとなぁ。


 はぁ、また考え事が増えちゃった。


 しょうがないよね、皆まだ幼いんだから。


 私は他の兄弟とは少し歳が離れている。

 だから、喧嘩をする相手がいなかった。ギオが言葉を話せるようになったぐらいには、もう私はものごころがついていて、「おねぇちゃんだからしっかりしなきゃ」という意識が芽生えていた。


 あの頃がからずっと、私は完璧なおねぇちゃんを目指している。


「……ふぅ、ちょっと汗臭いな」


 子供たちは風呂に入れて、もう布団をしいて寝かせている。母さんも疲れたみたいで、ぐっすりと眠っていた。


 だけど、私のお風呂はまだだ。

 いつもは他の兄弟たちと一緒に湯につかっている。

 けど今日は兄妹優先にしたから、私は後回し。

 いつもは2、3人母さんと入って貰っていたから、余裕はあったけど。


 あと、まだ洗い物が残っている。

 結局、ミーキーを筆頭にお腹が減ってしまったみたいで、プリンを大量に作る羽目になった。

 これで卵がなくなってしまった。

 買い物全然してないや。


 はぁ、子供たちは静かになったけど、私の一日は終わっていない。これは下手すると、日が回るな。

 明日は平日だから、朝は早い。


「はぁ~あ」


 私は情けないあくびを大きくつきながら、台所のシンクで洗い物を始めた。


         ◇◇◇


 次の日の朝8時ごろ。

 私は粒上の薬を、母さんの口の中へと運んでいく。

 そして口に含んでくれたあと、水の入ったコップを今度は近づける。


 母さんは器用にそれを飲み込んでいく。


「ゼマ、ありがとう」


「だからいいって」


 母さんは昨日から、私にお礼を言ってばかりだ。でも、姉が下の子の面倒を見るように、子供が育ててくれた親に恩返しをするのは当たり前だ。


「疲れていないの?」


「この通り、ピンピンしてるよ」


 今日の朝も、兄弟たちを叩き起こして、なけなしの食料で朝ご飯を作った。

 それ+母さんの看病なので、気を遣ってくれたんだろう。


 でも私の見た目は、きっと顔色が良いこと間違いない。寝る前に【フィジカルヒーリング】をかけておいたから、疲れはとれている。

 クマもないし、肌艶もいい綺麗な顔のままだ。


 な、はずなのに、原因不明の「キーン」という金切り音のようなものが、ずっと頭の中に響いている。

 痛みもあるし、最悪。


 そんな時だった。


 家のドアが「コンコン」と優しくノックされた。


 っげ、まずい。来てしまった。


 忘れていたわけじゃない。

 すぐに連絡しなくちゃと思っていたけど、家のやることが多すぎて、外にまで手が届かなかった。


「ごめん母さん。グデオンたちが来ちゃった。でも安心して、今日は休みにして一緒にいるからさ」


 安心させようと、私は母さんの冷たい手に自分の手を重ねる。


「ほんと、ありがとうね」


 母さんは元気を振り絞って、笑顔を見せてくれた。今はそれが見れれば充分だ。


「はーい、ちょっと待って」


 私は寝巻のまま、玄関へと向かった。いつもは戦闘服に着替えているから、なんだか気恥ずかしく思えた。


 玄関を開けると、いつもと同じように、グデオンとレザスが準備ばっちしで立っていた。気温はさらに下がっているみたいだから、息が白い。


「聞いたよゼマ、母親が倒れたんだって?」


 倒れたっていうと語弊があるけど、まぁそれに近い状態にはなっていた。村は小さいから、今回みたいな出来事はすぐに伝播する。

 昨日私が母さんを抱きかかえて村を走っていたわけだから、当然だけど。


「うん、でも今は家に帰ってきて、休んでいるよ」


「そうか。……それで今日なんだが……」


 グデオンは言いづらそうに聞いてくる。そんな反応になるよね。きっと私の答えに察しがついてるんだ。


「ほんとごめん! ちょっとしばらくは看病しなくちゃでさ。悪いけど、私抜きでお願い」


 私は両手をくっつけて頭を下げる。クエストに行けば長時間家を留守にする。母さんの看病があるし、落ち着いたら買い物も行かなきゃいけない。

 仕事は休まないと。


「まじかよ。っち、仕方ないか」


 舌打ちをしながらも、レザスは理解を示してくれた。逆にその反応が申し訳なく感じさせる。


「そうだよな。分かった、レザスと2人で行くさ」


 グデオンも納得してくれて、この場は終わった。

 2人は強いし、大丈夫。


 そう思って玄関のドアを閉じた。


 けどなんだか心配になって、らしくないけど、ドアに耳を傾けた。

 すると、予想通りレザスの喋り声が聞こえてきた。


「仕方ないことだけどさ、実際どうするよ。ゼマがいなきゃ、強力なモンスターには挑めなくないか?」


 意外とレザスは冷静に考えている時がある。私がいないということは、戦闘要員と回復役が一気にいなくなるということだ。


「あぁ、ゴブリンはこの間一掃してしまった。都合よく、2人でこなせる仕事があればいいが」


 ただのゴブリン退治であれば、私がいなくても大変だろうけどクリアできると思う。けど、ハイゴブリンとか、体格の大きいモンスター相手はちょっと厳しいかも。


「グダグダ行ってても仕方ねぇか。とりえあずぶん殴るだけだ。そうだろ? グデオン」


「だな。とりあえずギルドに向かおう」


 その言葉のあとに、2人の足跡が聞こえ始める。どうやらここから離れたみたい。


 2人に迷惑をかけてしまった。

 パーティーなのに。


 家族も大事だけど、昔からの腐れ縁の2人も私にとっては大切だ。


「……落ち込んでいる暇はないぞ、ゼマ」


 午前中の家事がまだ全く持って終わっていない。

 気合い入れて終わらせないと。


 私は休む暇もなく、体を動かし続けた。

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