第10話

 村の小さな病院にて、私は医者のアンバスおじさんに話を聞いていた。立派なお医者さんだけど、村で畑を耕している農作業仲間でもある。

 そのことでも色々と相談に乗って貰ったことがあった。


「それで、母さんの様態は?」


「あぁ、今はぐっすりと眠っているよ。熱も下がってきている。これも、ゼマちゃんの対応が早かったからだね」


 【ヒーリング】は意味がなかったけど、【フィジカルヒーリング】はかけておいて正解だった。病気と闘うには、体力が必要不可欠ってところかな。


「よかったぁ……。こんなの初めてだったから、焦っちゃって」


 母さんは、数年前からずっと病弱ではあった。でも、急に悪化する事はなかった。無理はさせていないし、適度に運動してるからそのおかげだろうって、おじさんは言っていた。


 なのに、急にこんなことになるなんて。


「なんで突然、悪化したんだろう」


 私は疑問を投げかける。

 すると、おじさんは丁寧に答えてくれた。


「精神ていうのは、安定しているように見えても、悩みの種が芽生え始めていることもある。自分でも気がつかないうちにね。

 それはずっと蓄積されて行って、突然溢れかえってしまうことがあるんだ。

 何か、思い当たる節はないかな?」


 私はおじさんに言われて、母さんのことを思い返してみる。

 子供たちはなついているし、仕事の編み物も順調らしい。


 あとは母さんに何かあったとすれば……。


 っあ、もしかして。


「もうすぐ、父の命日です」


 忘れていたわけではない。けど、日々の毎日が忙しくて、少しおざなりになってしまうことがある。

 父のお墓はすぐ近くにある。

 だから毎年家族で行っている。


 けど、私や年長組はともかく、年少組は父のことをあまり覚えていないと思う。

 私でさえ、徐々に父さんの顔が薄れていくような気がする時がある。写真を見ればふと蘇るけど。

 でも、心の中で父さんの優先度が下がっていくのが、時に寂しく思う時がある。


 あ、そっか。


 母さんも同じなのかも。


 父さんのことを思うと辛いのは間違いない。

 それと同時に、いつか忘れちゃうんじゃないだろうかって恐怖が、もしかしたらあったのかもしれない。

 大切な家族なんだから、そんなはずはない。

 それでも、消失を恐れてしまうのはなんでだろう。


「そうだったね。立派な人だった」


 私の父は、おじさんとも交流はあった。貴重な薬草をとってもらうために、おじさんがクエストを良く出していたらしい。


「でも、それならこれからずっと、母さんは良くならないの? だって、父さんはもう……戻ってこないし」


 私はいつか、母さんが昔の明るさを取り戻してくれるんじゃなかって、信じていた。子供たちもそれを願っているはずだ。


「そうとは言い切れない。ゼマちゃんや、弟くんたちが支えになっている。だからこそ、ずっと様態が安定していたんだと思う」


 本当にそうだったらいいけど。物静かになってしまったから、母さんの気持ちが時々分からなくなる時がある。

 でも私は娘だし、母さんのために出来ることがあるならしてあげたいと思っている。


「それでこのあとのことなんだけど、うちとしてはこのまま入院してもらってもかまわない。だけど、さっき言ったように、今のお母さんには、君たち子供たちの愛情が必要なんだと思う。

 だから、今まで通り、お家で療養するのも良いと思っている」


 私はそれを聞いて悩む。

 確かに、母さんを家で面倒を見るのはいつも通りだ。でも、今の状態だと、半ば介護に近い状況になると思う。

 母さんに子供たちを見てもらっている時もあったし、全負担が私にのしかかることになる。


 でも、おじさんが言うように、家族が一緒にいることが良い事なんだと思うし。それに、入院代もそれなりにかかるだろうし。


「……分かった。このまま一緒に家に帰るよ」


 覚悟を決めて、私は家で療養する選択をとった。

 大丈夫、私ならできる。

 今までだって、なんとかなったんだから。


「分かった。車椅子は貸し出すから、自由に使って大丈夫だよ」


「ありがとう、おじさん」


 おじさんは私に微笑みかけてくれた。


 よし、頑張ろう。


 私は気合を充分入れて、母さんを自宅へと送ることにした。


         ◇◇◇


 家に帰って母さんをソファに座らせると、すぐさま子供たちが押し寄せてきた。

 6人が一気に押し寄せるので、結構圧迫感がある。

 母さんに触れないように、私が堤防となって止める。

 特にウイルス性の病気じゃないみたいだけど、母さんに負担はかけたくない。


「母ちゃん、大丈夫?」


 長男のギオが切羽詰まった顔で問いかける。

 それに母さんは短く頷いた。


 普段から白い肌をしているけど、それがさらに冷え切っているように思えた。外は寒かったし、少し体温が低くなったのかも。

 布団でもかけてあげよう。


「私も一緒にねるー」


 3女ヘレシアが、母さんに抱きつこうとする。

 私は彼女の脇を持って、すぐさま移動させる。


 隙あらば、母さんにからもうとする。

 これは思った以上に管理が大変かも。


「はいはい、リビングに戻るの。私は母さんの看病をするから、あんたたちはそこで大人しくしてなさい」


 私は手を叩きながら、まるで羊を追い込む狼みたいに、兄弟たちを寝室からリビングに移動させる。

 何人か粘ったけど、私が抱っこをして無理やり連れて行った。


「おねぇちゃん、おやつは?」


 抜け目ない次女のミーキーがねだってくる。そうだ、忘れてた。

 病院に行っていたから、いつのまにか夕方に差し掛かろうとしていた。


 これから夕食の準備もしなきゃ。

 まだ、買い物してないから、ありもので何とかしないと。

 野菜のストックあったっけな。


 私は頭の中で献立を考え始める。

 おじさんから貰った薬も母さんに飲ませないと。おかゆも作らないとかな。


 あー、ごめん。


 おやつ作ってる暇ないわ。


「今日はおやつなし。その代わり夕食をちょっと早めるね」


「んー、分かった」


 ほっぺを丸くしながらも、ミーキーは納得?してくれた。妥協案を出したのが効いたか

な。夕食を早めれば、そのあとのお風呂や子供たちの寝かしつけに時間をさけれる。

 もしかしたら、夜に小腹が減っちゃうかもだけど。

 でも、その時はデザートでも作ってあげよう。


 とにかく今は、急いで準備して、少しでも余裕を作らないと。


 私はほっぺたを軽く叩くと、子供たちを置いてキッチンへと向かっていった。

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