第9話

 休日。それは皆にとって、だけで私には関係ない。

 逆に、こっちのほうがせわしなかったりする。


 自宅のリビングでは、ゴブリンよりも騒がしい子供たちが騒ぎ散らかしている。

 今は皆で、長テーブルの上で宿題タイムだ。


「おい、グルジ。消しゴム返せよ」


 長男のギオが、隣であくびをしている次男グルジを注意する。消しゴムは1人1個ある。そこまで高くはないから、そこはケチらない。

 けど、すぐに失くす子が多い。

 だからそういう場合は、いましめを込めてすぐには買い足さない。

 兄弟同士で借りあわせている。


「はぁ~い」


 悪びれることなく、眠そうな顔でグルジは消しゴムを返す。だけど、使い方が悪いのか、消しゴムはカスでだいぶ黒ずんでいる。


「っち、お前なぁ」


 ギオは、それに文句を言おうとしたが、すぐにその消しゴムは彼の多から離れることとなる。


「兄ちゃん、貸して」


 そう言ったのは3男、バニ。彼は年齢的に一番やんちゃな時期だ。10歳になったばかりで、悪知恵も働くから厄介極まりない。


 バニは兄であるギオの許可を得ずに、その手から消しゴムを取り上げる。そしてせっせと文字を消していく。


「おい、バニ……」


 ギオは忙しそうに弟のバニに注意をしようとしたが、消しゴムはすぐに帰ってきた。


「さんきゅー」


 早く返せば怒られないと思っているのだ。だから、乱暴に借りたのだ。バニの予想通り、ギオは起こる対象を見失った。

 だって、問題の消しゴムは、ギオの手に戻ってるんだもん。


「ねぇね、お腹空いた」


 次女のミーキーが、静かにそう呟く。


「さっき昼ごはん食べたばかりでしょ」


 昼はスパゲッティだ。簡単にカルボナーラを作った。

 ほんのさっきの出来事なのに、ミーキーはもうお腹が減ったみたい。


 実は彼女が、一番ご飯を食べる。ひどいときには私よりも。

 年少組なのに、胃袋は年齢と比例しないようだ。

 あとでおやつ用意しなきゃかな。


 あんまり甘やかしてもよくないと、私は少し冷たくあしらった。すると、若干ムスッとしながら勉強に戻っていく。

 限界だったらお腹が鳴るはずだから、まだ大丈夫。


 色々小言は多いし、いつ喧嘩が始まってもおかしくはない。

 けど、皆ちゃんと宿題はやっている。

 私の教育のたまものかな。


 まぁ、一番の理由は、先生が怖いからだと思うけどね。

 1クラスが少ない分、生徒1人に対する熱が強い気がする。だから宿題を忘れたらすぐにばれるし、こっぴどく叱られる。

 たまに道端で、当時の担任にあったら、「しっかりやってるか」って、私も怒られそうな勢いだったっけ。


「もうちょっと頑張ったら、おやつ作ってあげるから、頑張るんだよ」


 その言葉を聞いて、ミーキーだけではなく皆の目の色が変わった。まだまだ、子供だなぁ。


 私は鉛筆を持っている皆のか弱い手に目をやった。

 そこには、私と同じ紋章があった。形は小さいけどね。


 といっても、まだまだレベルは低い。年齢よりもレベルの方が低いぐらいだと思う。これが、モンスターとかと戦いだしたら、一気に上がると思う。

 私も最初は10ぐらいだった。


 皆、成長したら何になるんだろうか。

 冒険者なんて危ない仕事は、あんまりやらせたくはない気はする。

 って、それは父さん母さんも同じ風に思ってるか。

 私が出来てるんだし、意外と大丈夫なのかな。


 近い将来なようで、まだまだ遠い未来のことを私が思い描いていた時だった。


 寝室の方から、なにか物音がした。

 今は、リビングと寝室はスライド式のドアで区切ってある。


 中には、母さんしかいない。平日は働いているから、休日はゆっくりと休息してもらっている。


「母さん?」


 私は気になって扉を開けにいった。

 するとそこには、ひどい顔でソファに寝転んでいる母さんの姿があった。


「だ、大丈夫!?」


 私は慌てて傍に駆け寄る。顔がだいぶ赤い。

 母さんのおでこに手をあてると、凄い熱を感じた。


「な、なんだか調子が悪くて……」


 いつもよりも、さらにか弱い声で母さんは喋っていた。

 まずい、だいぶ弱っている。


 子供たちばかりに目をやっていたから、母さんにまで目がいっていなかった。私のバカっ。


「ちょっと待ってて、【ヒーリング】」


 私は母さんを対象にして、回復スキルを使用した。

 緑色の光が、母さんを包み込む。


 だけど、一向に治る気配はない。


 なんで、そうして。


 レザスや私はすぐに治るのに……。


「っあ、そっか」


 私は思い出した。【ヒーリング】の効果を。

 これはあくまで傷を治すものなんだ。


 ウィルスとか、先天的な病気にはあまり効果がない。


 特に母さんの場合は、発症の原因は精神的なものによるものだ。父さんが亡くなったとたんに、体調が悪くなったから。


 どうしてまた急に。


 いや、今は理由なんていい。


 まずは医者に見せないと。


 でもその前に、私にはまだできることがある。


「【フィジカルヒーリング】!」


 私は別種類の回復スキルを発動した。これは逆に傷を治すことは出来ない。体力とか疲労感に対して有効なスキルだ。

 少しでも体力が回復してくれれば、母さんは楽なはずだ。


 すぐに効果が出てきたのか、僅かだけど顔のほてりが薄まってきた気がする。


 でも根本的な解決にはなっていない。


「母さん、持ちあげるけど、大丈夫?」


「うん。ごめんね、ゼマ」


「気にしないで」


 私はソファに座っている母さんの背中に腕を回して、そのまま持ち上げていく。冒険者として日々鍛えられているから、これぐらいどうってことはない。


「母ちゃん、どうしちゃったんだよ」


 長男ギオが私たちに気がついて、困った顔で心配してくる。そりゃ、たった1人の母親なんだから、不安に決まっている。

 それは他の子たちもそうだ。

 皆、母さんを心配している。


「病院に連れて行くから、大人しくしてるんだよ。大丈夫、母さんのことは私に任せて。皆は、いい子にしてるんだよ」


 いつもだったら私が何かを「やれ」と言えば、ぐずる子が出てくる。けど、子供ながら事の重大さが分かっているのか、すんなり皆頷いてくれた。


 よし、一刻も早くいかないと。


「じゃあ、行ってきます」


 私は母さんに負担にならないように、しっかりと腰の位置を安定させる。

 そして無理のない範囲で、迅速に家を出ていった。

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