第2話 実績をつくろう
六歳になる頃、事件が起こった。
その年は私が学校に通い始める時のことだった。
穏やかで、いつもは平穏無事な空気が流れていた我が家に。
「旦那様、奥様、大変です!」
父が治める一帯の領地で働いている郵便屋の人があわてた様子で家にやって来た。
「どうしたと言うのだ、騒々しい」
「こ、これを」
父は郵便屋さんから一通の手紙をもらうと、顔を真っ青にしている。
父は庭で花の世話に精を出している私につきそうようにしていたので。
父に近づき、何があったのか端的に問いただすと父は大粒の涙をこぼし始めた。
「どうしたのですか?」
涙を流し言葉に詰まっていた父にあらためて問うと。
彼は大きな両手で、私を抱きしめる。
「エマは人間が生まれたら、どこへ行くか知ってるかい?」
「……わかりません」
「天国に向かうんだよ、手紙によると、ウォルトが天国に行ってしまったらしいんだ」
ウォルトとは、父が最初に授かった息子のことで、私の兄の一人だった。
私が学校に通い始める年、どうやら戦争が起こったらしいのだ。
ウォルトは士官として戦争に参加し、殉職してしまったようだ。
そして、私が学校に通い始めると、同校の先輩にある日呼び出された。
内容は後輩いびりだった。
私が昔からやれ神童やら、麒麟児などともてはやされていたことが気に食わなかったらしい。二度と大きな面をするな、俺にあったら挨拶を徹底しろ、なんて気持ち悪いこと言っていた。
後々面倒の種になりそうだったその生徒に、私は土魔法で対抗したものだ。
すると私は翌日から学校で孤立した。
社交場で交友を持つようになったテイマーのミコや。
また私のダンスパートナーを務めた貴族家の嫡男のクローが手紙を寄こして心配をあらわにしている。
多少は孤独を感じるシーンもままあったが、社会人やっていた前世を持つ私にはそんな子供騙しは通用しなかった。私をいじめている生徒や、いじめっ子に恐怖している生徒も皆いずれ大人になり、やがて悟る日が来ると思う。
十二歳になる頃、父に呼び出された。
父は私を家の書斎兼、仕事部屋に呼び出して、真剣な顔つきでいる。
「先ずは初等科卒業おめでとうエマ、色々と苦労の絶えない六年間だったらしいじゃないか」
社交辞令のお辞儀をすると、彼は洞察力の良さを口にしていた。
私がいじめに遭っていたこと、そのいじめを私の裁量で処理していたことを知っていたらしい。
「エマ、ここに来てくれないか」
父は私を抱きしめられる距離まで近づくよううながす。
私は父の言葉におうじて近寄ると、彼は両手で私を胸に抱きよせた。
「君がいじめに遭っていながら、何もできなかったことを許して欲しい」
「いいのです」
「今からでもつぐないをさせて欲しい、君の望むことを言ってごらん」
望むこと……であれば。
「父が所有する領地の相続権を、いくらかくださいませんか」
私の生き甲斐は花だ。
花に生を与え、花から糧を貰い、花と共に生き、そして死ぬこと。
そのためには苗床となる大地が必要だった。
父に領地の相続権をゆうずうしてもらうように働きかけると、渋い顔つきになる。
眉根を寄せて、思案気に右手をあごにそえている。
「……」
「難しいですか?」
「いや、うん、エマがなんのためにそう言っているのか理解しているつもりだよ」
では何の弊害があるのだろう……私の花は利益に結び付きづらいのが原因だろう。
しかし父は腹をくくったようにうなずいて飲み込んだ。
「わかった、約束する。けど交換条件を出してもいいかな?」
「内容にもよります」
「エマは来年でいくつになる? 十三歳だよね」
「はい」
「君が予定していた進路だと、僕の仕事を手伝うつもりだったらしいけど」
「はい」
初等科を卒業し、私は実家の仕事に従事しようと思っていた。
けど父は否定的らしい。
「君の人望から考えるに、領主の仕事は無理だと思う。酷な話だけどね」
「ではどうしろと言うのでしょうか」
まさか、どこかの貴族家に嫁げなどと言われないだろうか。
嫌な想像から緊張をつのらせていると、父は破顔して言った。
「エマには王都にある全寮制の学校でさらに精進してもらおうかな。君の才能は一目瞭然だし、きっと入試試験も難なく通るよ。その学校でいい成績を残してごらん、そうすれば、君にいくつかの領地をたくすとしよう」
「つまり実績をつくって領民の方々を黙らせろと?」
「ん? はは、そんなこと言ったつもりはないけど、君らしい発言だね」
ならばなぜ父は特に可愛がっている私と距離を置くのか。
私には理解しがたかったけど、と言うわけで私は王都にある全寮制の学校。
王立イモータルプライド女学院に、入学することになった。
次の更新予定
2024年12月17日 12:22
異世界庭園~ガーデニングのつもりが建国していた件について~ サカイヌツク @minimum
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