異世界庭園~ガーデニングのつもりが建国していた件について~

サカイヌツク

転生編

第1話 生き甲斐を見つけよう

 終わってみれば、良いとも悪いとも言えない人生だった。


 三十歳半ばの時、私の身体は心筋梗塞によってこの世を去った。


 代わりに残ったのは魂。


 ぽつんとした蒼炎の魂魄が、現世に別れを告げあの世へと通じる門を通った。


 そこで私は女神と出会っていた。


「エマ、貴方はこれからグレイスと呼ばれる世界に転生いたしますが、何かご希望はありますか?」


 エマ? 誰だそれは。


「エマって誰ですか、人違いだったりしませんか」

「ああ、失礼。エマは転生先の貴方の名前になります」


 エマという名前の響きには女性性を感じる。

 もしかしなくとも、今度の転生先もまた女性だろうか。


「転生についてのご希望はございますか? 例えば料理の才能が欲しいとか」


 女神さまは私の今までの労に報いろうとしていたのか、希望とやらを聞いて来る。


 私はね、前世を良いとも悪いとも思えない、中途半端な人生だったなって思っている。だからもしも何らかしらの才能を貰えるのなら、芸術性のあるものがいいかな、芸術と実益を兼ね備えた、そんな才能がいい。


 女神は私の思考を読んでいたのか、優しい微笑みを浮かべる。


「貴方の考えはわかりました、では、貴方には土仕事の才能を授けましょう」

「土仕事ですか?」

「土仕事は人の心を豊かにすると同時に、芸術とも深い関係にありますからね」

「……じゃあそれでお願いします」

「素直でよろしいですね、貴方のその誠実さは、きっと、今にいいことがありますよ」


 お世辞のようなお言葉を貰うと、私の視界は急にブラックアウトし。


「エマ! 嬉しいよ、君が無事に生まれてきてくれて」


 次には耳元で誰かが私の転生先の名前を呼んでいた。

 あ、もしかしてもう転生してしまったとか?


 ならこの瞬間から、私の名前はエマなのを忘れないようにしないと。


 ◇ ◇ ◇


 私がこの異世界に転生してから五年が経った。


 二歳にして言葉を喋り、父と母と会話ができるようになった。

 この時点で神童と呼ばれ、将来を有望されては父や母が喜んでいた。


 三歳の頃、土の魔法を発動してみせた。

 地中に埋まっていた鉱物を引き上げて、地上で錬成する魔法。

 それを父に見せてやると、彼は満面の笑みで私を抱きしめてくれる。

 母の抱擁とはちがって、大きな背中だった。


 四歳の頃に社交場デビュー。

 二人の姉と三人の兄にならってホールで社交ダンスをしたものだ。

 相手は同じ年頃のクローとかいう男の子。

 他にもテイマーのミコという女子と仲良くなれたし。


 今の所転生後の人生はまぁまぁ上手くいっていると思う。


 けど、何かが物足りない。


 人生って、こんなものだったのかな?


 私の理想とする人生は、ハッピーエンドを迎えること。

 ハッピーエンドを迎えるには、楽して生きていればなれるとは思わない。

 夢中になれる何かを見つけ、それに腐心して、努力していって。

 そうやって最後は大往生したい、それが私の考える幸せ。


 幸ある人生について考え込んでいると、誰かが私を抱き上げた。


「エマ、一体何を悩んでいるんだい? 君らしくもない」


 父だった、綺麗な銀髪と黄金色した瞳は社交場にいた女性たちの目を引き付けるほど美しい殿方で。私の顔貌は父譲りだった。


「父に折り入って聞きたいことがあります」

「僕にしか聞けない内容なんだね、なんでございましょうかお姫様」

「父は夢中になれるような趣味ってありますか?」


 問うと、父は数瞬天井を見上げうーんと唸る。


「僕は趣味らしい趣味はないけど、命を懸けれる誇りがある。君や母さん、大切な家族を生涯守っていければそれでいい。僕は家族を守ることを誇りとしているんだ」


 家族想いの父らしい意見だと思えた。

 父にお姫様抱っこされていると、長女のコーディアがやって来た。


「我が家の天才様は趣味を探し始めてるの?」


 姉さんに頷くまえに、父が代弁してしまった。


「どうやらそうらしいよ、コーディアは何かいい案ないかな?」

「エマは女の子だし、花でもやり始めればいいんじゃなくて?」

「だそうだよ、花だって、君に育てられる花はさぞ嬉しいだろうね」


 父は歯が浮く台詞をよく言う人だ。

 ロマンティストなんだろう、この人は。


 だが、それ以来私は本当に花の世話をするようになった。

 花は不思議で、人の心を満たしてくれる。

 あるものは薬の素として、あるものは食材の香辛料として。

 またあるものは花を嗜むものたちが考えた、花言葉として。


 花は私たちの心を満たし。


 花は人々と寄り添って生きているように思えた。


 五歳の頃、父から誕生日プレゼントをもらった。

 実家の庭を好きなようにしていいよと言われた。


 五十平米ほどはある庭は、家の敷地にそうようにレンガの壁で囲まれている。

 敷地内の地面は白いコンクリートで覆われてひび割れた所から雑草が生えていた。


 私は次女のジーナを連れ立って、庭に行った。


「で、どうするのお姫様、下手な真似して庭を滅茶苦茶にしたら後が酷いよ?」

「脅しのつもりですか姉さん」

「五歳のガキが何を言ってるのさ、どうするのかって聞いてるだけでしょ」


 ジーナの性格は多少粗暴で、母によく𠮟られている。

 銀髪の短毛を風になびかせ、腰に手をそえるしぐさは男性のそれだった。


 男勝りのジーナをしり目に地面に手をかざすと。


「ちょ、まさか魔法を使うつもり?」

「庭に花畑を作るのに、コンクリートは邪魔だから」


 庭からコンクリートを取り除くため中級の土魔法――アースグレイブによって大地を槍状に隆起させ、コンクリートを壊してみせると、ジーナが額に手をあてて「やっちゃった」とバツの悪い顔をしていた。


「どうするのさエマ、この瓦礫の山を誰が片づけるの? まさか私にやれって言わないよね?」


「チ」


「あんた意外と性悪だねぇ。なに期待してんだが知らないけど、自分でやった後始末は自分で拭いなさいよ」


 ジーナを連れ立った理由なんて、力仕事を頼みたかった以外にないのに。しょうがない、ここは瓦礫の山と化したコンクリートから上級の土魔法――ゴーレムを錬成して、硬くなった土は彼に耕してもらおう。


「才能って、こういうことなんだね。エマには土魔法の才能はあっても宝の持ち腐れ。才能は人を選ぼうとはしないんだろうなー」


「ざれごとはその辺にしてくれませんか姉さん、働くつもりがないのなら、報酬もありませんよ」


 私はジーナに付き合ってくれる報酬を用意していた。

 その報酬とは、ジーナの大好物である母手製のアップルパイだ。


 私の分をジーナにあげる。


「わ、わかったよ、少しぐらいなら手伝ってあげるから」


 男勝りな性格をしているけど、ジーナは甘い物には目がない様子だった。

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