エピローグ

 前回の騒動から一週間ほどが過ぎ、校外学習の日がやって来た。悪役令嬢たる私が、ヒロイン――乃々歌のファッションについて揶揄する日だ。


 ファッション誌で表紙を飾った私のコーディネート。

 今日の乃々歌は、そのコーディネートの服を身に着けている。そんな乃々歌に対し、ファッション誌のコーディネートをそのまま真似ることしか出来ないのかと馬鹿にする。

 その悔しさをバネに、乃々歌がファッションに目覚める――というのがイベントの主旨だ。


 そんな訳で、校外学習は私服である。これは、蒼生学園の生徒に財閥の子息子女が多く、制服でうろつくと誘拐される可能性がある、という理由によるものだ。

 校則でも、財閥特待生が校外で活動するときには私服が推奨されている。


 という訳で、私はファッション誌の表紙を飾ったコーディネートにアレンジを加えたファッション。金の刺繍が入った白いブラウスに、サマーカーディガンを羽織り、ハイウェストの淡いブルーのスカート、その下には編み上げのブーツを穿いている。


 ファッション誌のテーマは『誰かのために、がんばるキミの戦闘服オシャレ』だった。

 解釈は人それぞれ、コーディネートごとに違う解釈が出来るような曖昧な表現を使っているけど、要するに『憧れの人に見せる服』と言ったところだろう。

 ……表紙の私も、雫のことを思う横顔が、まるで恋する乙女みたいだったしね。正直、悪役令嬢の私よりも、ヒロインの乃々歌の方が似合ってると思う。


 でも、乃々歌のファッションセンスを磨くためには、自分の意思を持ってもらう必要がある。ファッション誌のコーディネートを真似るだけで満足されては困るのだ。


 幸い、校外学習の行き先はファッションショーだ。

 非現実的なデザインから、新しい流行を模索するモードと、既にあるデザインからより洗練されたデザインを生み出そうとするリアルクローズ。

 その二つのファッションショーを見学することになる。


 新たな常識を生み出し、より洗練された世界を作り出す。

 それが蒼生学園のモットーだからである。


 とまあ、理由はともかく、私は集合場所である会場のロビーへと足を運んだ。

 紫月お姉様によると、乃々歌が原作乙女ゲーム通り、ファッション誌の表紙にあるコーディネートに身を包んでいる可能性は五分五分くらいだそうだ。

 一般的に考えれば、特別な理由でもない限り、なにを着るかはその日の気分次第。カオス理論とか、バタフライエフェクトとか、もろもろを考えれば違う服を着る可能性が高い。

 でも、原作乙女ゲームの歴史をたどるよう、なんらかの力が働いているらしい。それは必ずしも変えられない流れではないけれど、放っておけば修正される程度の力はあるようだ。


 そして――

 その力の存在を証明するように、乃々歌は私と同じ服装で現れた。


 私は紫月お姉様から与えられたミッション。乃々歌の服装を揶揄するというイベントを起こすため、彼女の元へと歩み寄る。


「ご機嫌よう、乃々歌」

「桜坂さん……?」


 生徒が集まる待ち合わせの広場。

 同じような服装の私と乃々歌が向き合った。私達を知らない人が見れば、仲良しの二人がおそろいの服装をしていると思ったかもしれない。

 でも、私達の関係を知る者はそうは思わない。


 財閥の令嬢と、その令嬢に嫌がらせを受けている女の子。そんな二人の服装が被ってしまったらどうなるか――と、これから起きることを想像した生徒達が息を呑む。

 乃々歌の友達が、乃々歌を庇おうと近付いてきた。

 でも、それを待つつもりはない。


「乃々歌、それは、わたくしがファッション誌で着たコーディネートよ。それを、背丈や容姿も違う貴女がそのまま着るなんて――」

「知ってます。桜坂さんが表紙でびっくりしたんですよ!」


 ファッションを舐めているの? と私が言い切るより早く、乃々歌がキラキラした目で詰め寄ってきた。私はその予想外の展開に目を瞬く。


 原作ではモデルが悪役令嬢だと気付いていなかったと聞いている。だからこそ、ヒロインは自分を虐めている悪役令嬢がモデルになったコーディネートを身に付けた。

 知っていたら、このコーディネートは絶対に避けたはずだ。


「……貴女、私がモデルだって知ってて、そのコーディネートを?」

「はい、もちろんです」

「……なんで?」


 思わず悪役令嬢としての仮面が剥がれ、素の口調で聞いてしまった。でも幸いにして乃々歌はそれを追及せず、けれどもっと大きな問題を口にした。


「……だって、桜坂さんは私の、その……あ、憧れですから!」


 少しはにかむ姿が凄く可愛い。

 さすがヒロイン――って、違う。そうじゃないでしょ!?

 私、乃々歌に酷いこと言ったよね? ちゃんと、酷いこと言ったよね? それなのに、どうしてこの子は、私のことをいまだに憧れだなんて言っているのかな?


 理解できない現実をまえに脳が処理落ちをする。

 乃々歌を助けに来たクラスメイトの女の子が、その言葉を聞いて「ちょっと乃々歌、なに言ってるの? 桜坂さんに、嫌がらせを受けてたじゃない!」と怒った。


 桜坂の娘をまえにストレートな物言いをする辺り、この子も混乱してるんだろう。私が、混乱仲間だねと現実逃避をしていると、乃々歌が「だから違うってば~」と否定する。


「桜坂さんは、私が入試のときも助けてくれたの。それに新入生歓迎パーティーでも、自分が悪者になって私達を庇ってくれたし、体育のときも孤立してる私を助けてくれたんだよ」


 ああぁあぁぁぁっ、たしかにあってる! 辛く当たったのが、乃々歌のためだって言うところまで見抜いてるのすごい!

 すごいけど、そこは見抜いちゃダメなんだよぅ。というか、あれだけ酷いことを言われたのに、こんな風に言えるなんて物語のヒロインみたいだね。

 そうだ、乙女ゲームのヒロインだったよ。


 ……どうしよう?

 クラスメイトの女の子も、胡散臭そうに私を見てるじゃない。ここで乃々歌のためだって認めるのは論外だけど、違うって言っても信じてくれるかな?

 ……いや、信じさせるしかない――と、私は意識を切り替えた。


「乃々歌、貴女がわたくしに憧れるのは勝手だけど、見たまま私の真似をするなんて恥ずかしいことは止めてくれるかしら?」


 恥ずかしいなんて言われれば、さすがの乃々歌も傷付くだろう。そう思った矢先、乃々歌の友人らしき女の子が「いくらなんでも酷くないですか?」と私を睨んできた。


 桜坂の娘にそんなことを言うなんて怖い物知らずだね――と思ったけど、よく見たら、その手がわずかに震えている。それだけ、乃々歌のことを心配しているのだろう。

 だけど、乃々歌はポンと手を打ち合わせた。


「なるほどっ! ただ真似するだけじゃなくて、自分に合わせてアレンジしろと言うことですね。教えてくれてありがとうございます!」


 あってる。あってるんだけど……なんで喜んでるの?

 乃々歌を突き放しつつ、彼女のファッションセンスが上がるようにヒントを混ぜた――つもりだったのに、乃々歌がすぐに気付くせいで、私がツンデレみたいになってる。ここで『貴女のためを思って言ってる訳じゃないんだから!』と叫べば言い訳の余地はなくなる。


 ……よし、逃げよう。

 いや、お仕事を放棄する訳ではなく、戦略的撤退という意味だ。


「勝手になさい。わたくしはもう行くわ」

「えぇ~? 一緒にファッションショーを見てくれないんですか?」


 ちょっぴり拗ねた乃々歌が可愛らしいけど、調子に乗りすぎである。私は「いいかげんになさい」と、彼女の鼻先にビシッと指を突き付けた。


「わたくしは暇じゃないの。それと、一般生が財閥特待生に楯突くなんて、とんでもなく危険な行為よ。わたくしに尻尾を振っている暇があったら、そっちの友人に感謝なさい!」


 乃々歌の友達が目を見張った。私に楯突いたことで震えていたから、これで少しは安心できるだろう。私はクルリと身を翻し、今度こそその場から撤退した。



 そのまま乃々歌から距離を取り、ロビーにあるベンチに腰を落とす。そうしてあの子、ポジティブ過ぎない? と溜め息を吐いていると、不意に足元に影が落ちた。


「なぜ溜め息を吐いているんだ、このツンデレは」


 いきなりなセリフに驚く。次いで、その声の主が琉煌さんであることにもう一度驚く。でも、私はすぐに意識を切り替え、ポーカーフェイスで表情を作ってから顔を上げた。


「……琉煌さん。わたくしがツンデレなんて面白くない冗談ね」

「なんだ、気付かれている自覚はなかったのか」


 琉煌さんが意外そうな顔をした。


「……まさか、あの娘の戯れ言を信じているなんて言わないわよね?」

「戯れ言? 真実だろう。だが、俺はあの娘の言を聞いたから言っているのではない。おまえがあの娘を庇っているのはパーティーのときから気付いていた」

「琉煌さんの勘違いよ」


 六花さんのときと同じだ。

 そういう疑惑があったとしても証拠はない。私が違うと断言すれば、その言葉を否定する根拠を彼は持ち合わせていない――と、そう思っていた。


「ふっ、あのときのおまえの表情を見た者はそうは思わないだろう」

「……わたくしの、表情?」


 なんのことか分からなくて困惑する。

 だけど、琉煌さんは「やはり気付いていなかったか」と笑った。


「俺とあいつらが敵対しないように悪者を演じた。あのセリフはずいぶん様になっていたが、あのときのおまえは罪悪感で泣きそうな顔をしていた」

「なっ、デタラメよ!」

「事実だ。だからこそ、俺と陸は矛を収めた。あの娘がおまえを信じているのも同じ理由だろう。あの表情を見せられて、おまえの気持ちを酌めないヤツはただの馬鹿だ」


 そのときの私の心情をどうすれば言い表すことが出来るだろう?

 私は酷いことばかり言っている。それなのに乃々歌だけじゃなく、琉煌さんまでもが私の本心に気付いてくれた。みんないい人ばっかりだ。

 こんなふうに理解されて嬉しくないはずがない。なにも知らずに出会っていたら、私は琉煌さんを好きになっていたかもしれない。


 だけど、私は悪役令嬢だ。

 悪役令嬢として彼らと敵対し、三年後には断罪されなくちゃいけない。私の破滅こそが妹を救う鍵、乙女ゲームのハッピーエンドにたどり着くトリガーだから。


 だから、私はいつか彼らの信頼を裏切らなくちゃいけない。彼らが私を優しいと思えば思うほど、その印象を覆すほどの悪事で彼らを裏切らなくちゃいけない。

 そのときを思うといまから胸が苦しくなる。


 ――と、私のスマフォが振動で通知を知らせる。通知はアプリの更新で、そこには悪役令嬢としての新たなミッションが表示されていた。

 このやりとりを見ているシャノンの警告だろう。

 自分の目的を忘れてはならないと。


 でも、大丈夫。既にイバラの道を進むと決めている。私はベンチから立ち上がり、それでもなお高い位置にある琉煌さんの目を覗き込んだ。


「琉煌さんはこう言いたいのね? わたくしが悪役を演じていると」

「そうだな。理由までは分からないが……」

「それなら結構よ。いつかそのときが来たら、正しい判断をしてくれると信じているわ」


 私は身を翻し、琉煌さんの側を離れる。

 琉煌さんが私の本心を見抜いていようが、そうじゃなかろうが関係ない。いつか私が悪事を働いたとき、情に流されずに私の罪を裁いてくれるのならそれでいい。

 妹を、私を理解してくれる優しい人達をハッピーエンドに導くため、私は悪役令嬢らしく髪を掻き上げた。


「さあ、悪役令嬢のお仕事を始めましょう」

 











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ここまでお読みいただきありがとうございました。

『悪役令嬢のお仕事 2章』は、いま執筆中の『大正ロマンに異世界聖女 2章』の次に執筆するので、しばらくお休みをいただきます。

 投稿を再開したらよろしくお願いします!

 

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