エピソード 4ー4
私は髪を掻き上げ、クスクスと笑い声を上げた。
それに西園寺さんが反応してくれる。
「な、なにがおかしいのよ!」
「あら、ごめんなさい。貴女達の情報収集能力があまりにお粗末で、ついおかしくって笑ってしまいましたわ」
「なんですって!?」
西園寺さん達が睨みつけてくる。
私はそれを無視して生活指導の先生に視線を向ける。
「先生、少しお時間を頂いてもよろしいですか?」
「……かまわないが、実家のことは秘密ではないのか?」
「家族の了承は得ていますので問題ありません」
「そうか、では好きにしなさい」
「感謝いたしますわ」
私はカーテシーをして、それから西園寺さん達に視線を向けた。
「結論から申しましょう。わたくしの母は、駆け落ちで桜坂家を出奔した男性の娘ですわ。つまり、わたくしは事実として桜坂の血を引く娘、ということですね」
「嘘を吐かないで! その戸籍は改竄したものでしょう! 貴女がもともと佐藤という家に生まれたことは調べが付いているのよ!」
本当に、西園寺さんは私の望んでいる言葉を口にしてくれる。
「西園寺さんは誤解なさっていますわ。わたくしは戸籍の改竄などしていませんもの」
「では、佐藤という姓に心当たりはない、と?」
「いいえ、それは私が養子になるまで名乗っていた姓です」
「ほら見なさい! やっぱり、戸籍を詐称していたじゃない!」
勝ち誇る西園寺さんに、私は意味が分からないという風に小首をかしげてみせた。それを見ていた生活指導の先生がこう口にする。
「西園寺、おまえの言う佐藤家の夫人が、桜坂の血を継ぐ者だぞ?」
「……は?」
西園寺さんが理解できないとばかりに口を開けた。
そんな彼女に、私は分かりやすく説明をする。
「母は庶民として暮らしているの。それなのに、実は桜坂の血縁だなんて知られると、面倒に巻き込まれるでしょう? だから、生家の名前を伏せていたのよ」
「そんなっ、出任せを言わないでっ!」
「いいや、桜坂の言っていることは事実だ。桜坂が語った理由により、その情報を非公開にして欲しいという要請が桜坂家よりあったが、学園関係者はその事実を把握している」
生活指導の先生が私の味方をしてくれる。クラスの雰囲気が一気に私寄りに傾いた。私はこの期を逃さす、西園寺さん達にトドメを刺しにいく。
「お聞きの通りですわ。ただ、わたくしの祖父の戸籍に細工がされていたのは事実です。中途半端に調べたのなら……誤解することもあるでしょうね?」
そう口にして、悪役令嬢らしく髪を掻き上げた。
一部の人達が息を呑んで身震いをする。これが、桜坂家を攻撃しようとする者への罠で、西園寺さん達がまんまとその罠に掛かったのだと理解した者達だ。
私は青ざめた西園寺さん達に歩み寄り、二人の耳元に口を近付ける。
「そう落ち込む必要はないわ。貴方達はよくがんばったもの。ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ、わたくしの方が貴女達よりも悪女だっただけのことだから」
私が微笑むと、二人はその場にくずおれた。
その後、二人は生徒指導の先生に連れて行かれた。そして職員室前のボードには、両名の名前と共に『風紀を乱した罰として、三日間の奉仕活動を命じる』と書かれた紙が張り出された。
罰自体は重くないけれど、桜坂の娘に手を出して返り討ちに遭ったという事実は、学園中に広まることとなるだろう。それは、二人の学園生活に影を落とすこととなる。
そうして、私の戸籍に関する噂は消え失せた。戸籍の件が事実かどうかよりも、二人をやり込めたという事実が、他の財閥の子息子女を黙らせる要因だったようだ。
まぁ、ようするに……
ぜぇんぶ、紫月お姉様のもくろみ通りってことだよね。
最初からすべてを明らかにしていれば、私が庶民育ちだという事実を攻撃材料にされたはずだ。でも、戸籍を改竄しているように見せかけたことで矛先をずらした。庶民育ちという部分ではなく、桜坂の血を引いていないという、より大きな弱点に目を向けるように。
もちろん、今回の件で私が庶民育ちだということは知られてしまった。でも、戸籍には罠が仕掛けられていた。育ちにも罠が仕掛けられていないという保証はない。
その可能性が、私を攻撃しようとする人への牽制となる。それに、私に敵対した人の末路は現在進行形で見せしめになっているのでなおさらだ。
こうして、私は無事に雪月花入りを果たした。
私は悪役令嬢として、本当の意味で乙女ゲームの舞台に立ったことになる。
でも、色々と考えさせられることもあった。いまになって思えば、紫月お姉様が悪役令嬢の代役に私を選んだのも偶然とは思えない。
ひったくり犯から紫月お姉様の鞄を取り返した私が、たまたま駆け落ちして桜坂の家を出た子息の孫娘だった――なんて可能性はどれだけある?
それこそ、乃々歌のように、乙女ゲームのヒロインでもなければあり得ない確率だ。紫月お姉様はもしかしたら、私にも話していない秘密を抱えているのかもしれない。
でも……紫月お姉様は、悪役令嬢として働く私に胸を痛めてくれた。そんな紫月お姉様だから信じられる。必ず、雫を救うという約束を果たしてくれるはずだって。
だから、私のやることは変わらない。
目指すのはみんなが救われるハッピーエンド。
悪役令嬢の犠牲の上に成り立つ、原作乙女ゲームのハッピーエンドを目指すだけだ。
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