エピソード 4ー3
蒼生学園に行くと、そこかしこから視線を感じた。露骨な場合は、こちらに聞こえるような声で私の噂をしている。そういう人物は総じて、財閥特待生が多いように感じる。
ゴシップが好き――というより、桜坂財閥にダメージを負わせたい人達だろう。そういう人達が、取り巻きの二人の流した噂を積極的に広めている。
もちろん、それを理解し、噂に顔を顰める人も少なくはない。
「シャノン、それぞれの反応を纏めておいて。紫月お姉様の役に立つはずよ」
「かしこまりました」
シャノンはそう言うと、スマフォに軽く触れた。
……もしかして、いまの一瞬でメモ――はさすがに出来ないよね。他の人達に指示を出した? それとも、隠しカメラとかで録画とかしているのかな?
「両方ですよ」
「怖いから心を読まないで」
「心ではなく表情を読んだだけです。澪お嬢様のように首を傾げていたら分かりますよ」
普通は分からないと思う。
でも、シャノンは紫月お姉様の右腕だ。それくらい出来なければ側近は務まらないのかもしれない。そう考えると、すごい人の妹になったよね、私。
そんなことを考えながら教室へと向かった。
教室に入ると、一気に視線が集まる。
基本的にはさきほどまでと変わらない。乃々歌に辛く当たっている分、一般生のアタリが強くなるかと思ったけど、そういう訳でもないようだ。
そうして見回していると、乃々歌と目が合った。
意外にも、彼女は私に心配するような目を向けてくる。自分を罵った相手にまで気遣いを見せるなんて、さすがは乙女ゲームのヒロインだね。
でも私は悪役令嬢だ。
貴女の同情なんて要らないわと、吐き捨てるようにそっぽを向いた。
そうして席に着き、いつものように本を取りだした。でも、それに視線を落とすのはお預けになりそうだ。六花さんが歩み寄って来たから。
「ご機嫌よう、六花さん」
「こんにちは、澪さん。貴女のご機嫌は……よろしいのですか?」
六花さんの妙な気遣いにクスッと笑い、私は「そこそこ、ご機嫌ようですね」と言い直した。それを聞いた六花さんは「そこそこ……」と複雑な顔をする。
彼女は少しだけ思い詰めた顔で口を開く。
「最初に言っておきます。今回の噂にわたくしは関わっておりません」
「……そうですか、安心しました」
それは私の心からの声だった。でも、そんな風に返されるのは予想外だったのだろう。六花さんは「安心? わたくしを信じてくださるのですか?」と瞬いた。
「正直に言うと、六花さんも疑っていました。でも、六花さんなら証拠を残したりしない。あの二人を使っておきながら、自分は関わっていない――なんて嘘は吐かないかと」
大抵の悪役令嬢は自分の手を汚さない。自分の取り巻きに悪事を働かせるのだ。
だが、結果的にはそれがバレて断罪される。
紫月お姉様ならそんなミスはしない。自分の取り巻きではなく、自分と無関係の者を動かすに決まっている。そうすれば、悪事が明るみに出ても足が付かないから。
六花さんでもそうするはずだ。
あるいは、あの二人を使って私を陥れ、自分の仕業だと名乗りを上げるのなら分かる。でも、あの二人に噂を流させておいて、自分は関わってないなんて下手な嘘は吐かない。
だから、六花さんは関わってないと確信した。
「誰の仕業かは知っています。その上で、六花さんはどういう立ち位置ですか?」
あの二人を諫める気はあるのか――と、言外に問い掛けた。
「雪城家の娘としては、中立として静観します」
「止める気はないと?」
「スマートな方法とは言えませんが、桜坂家の娘を窮地に立たせる手腕は評価しなくてはいけません。相応の価値を証明したら認めると、言ってしまいましたからね。もちろん、そう言うつもりで言ったのではなかったのですが……」
あぁ、そういうことか。
取り巻き二人が噂を流した理由がようやく分かった。六花さんから出された課題は、中間試験で五十位以内に入るか、それに変わる価値を証明しろと言うものだった。
だから、桜坂家の娘をやり込めて証明しようとしたという訳だ。
「ただ、私人としては澪さんを応援しています」
「ありがとう、六花さん。その言葉だけで十分ですわ」
「……意外ですね。協力を求められるかと思っていました」
「あら、お願いしたら、協力してくださるんですか?」
「勝ち目があり、そして有益な取り引きなら応じますよ?」
六花さんはクスクスと笑う。
さっき中立と言ったくせに――と、私も笑った。
「お気持ちだけ受け取っておきます」
「そうですか。貴女がどのように劣勢を覆すのか、楽しみにしておりますわ」
「あら、期待してくださって申し訳ありませんが、わたくしはなにもいたしません。そもそも劣勢になんて陥っていませんし、あの二人には感謝しているんですよ?」
「それは、一体……」
六花さんが困惑気味に視線を落とした。
「いずれ――いえ、すぐに分かります」
教室の入り口から生活指導の先生が入ってくる。それを見た私は言い直した。
同時に、同じように生活指導の先生が現れたことに気付いた東路さん達がニヤリと笑う。私が先生に連れて行かれるところを想像したのだろう。
だけど――
「東路、西園寺、両名は生徒指導室に来なさい」
先生が声を掛けたのは私ではなかった。声を掛けられた二人は「はい?」と瞬いて、他の生徒達も「澪さんじゃないの?」とざわめいた。
「な、なんで私達が指導室になんて呼び出されなくてはならないのよ?」
「そうです、私達を呼び出す理由はなんですか?」
「他の生徒の根も葉もない誹謗中傷をして風紀を乱しただろう?」
西園寺さんと東路さんの問い掛けに、生活指導の先生が答えた。その言葉に、クラスの面々はそれぞれ違う反応を見せた。きっと、私が圧力を掛けたと思った人間もいるだろう。
西園寺さん達はそっち側の人間だった。
「根も葉もない話じゃないわ。私は事実を口にしただけよ!」
「そうです。桜坂さんの戸籍は確認済みですわ!」
二人が大きな声で、噂を流した本人だと白状してくれた。ここまで紫月お姉様のもくろみ通りで怖くなる。後は、私がその流れに沿って動くだけだ。
――さあ、悪役令嬢のお仕事を始めましょう。
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