エピソード 4ー2
「うん、がんばる。……それじゃ、その、今日はもう切るね」
「ええ、また明日」
笑顔で挨拶を交わして通話を切る。
それから一呼吸置くと扉がノックされた。「入ってください」と扉の向こうに声を掛けると、一息おいて紫月お姉様が部屋に入ってくる。
どうやら電話が終わるのを待っていてくれたらしい。
私はすぐにソファ席に移動して、ローテーブルを挟んで紫月お姉様と向き合う。
「紫月お姉様、お待たせしてすみません」
「うぅん。妹を励ますために費やした時間を、待たされたなんて思ったりはしないわ」
「聞こえて……ましたか?」
「少しだけね。妹さんのためにも、さっそく本題に入りましょう。貴女の戸籍の件が噂になっているのよね?」
「はい。誰かが意図的に噂を流したようです」
現時点で分かっているのはそれだけ。
根拠なく言っているだけなのか、証拠を摑んでいるのかは分からない。ただ、意図的に噂を流しているのなら、それは私か、桜坂家に敵意を抱く者だろう。
後者は多すぎて見当も付かないけれど、前者なら候補はそう多くない。
「六花さんか、取り巻きの二人、あるいは陸さんか琉煌さん。考えられるのはその辺りです」
「あら、六花達も候補から外していないのね」
「はい、可能性は零ではないと思いましたので」
六花さんはいい人だと思うし、琉煌さんも気遣いの出来る人だ。陸さんに至っては、身分を笠に着るような人間を嫌う正義感の強い人間だ。
でも、同時に財閥の子息子女でもある。紫月お姉様や私がそうであるように、笑顔を浮かべる裏側で別のことを考えている可能性は否定できない。
「もっとも、怨恨の線で一番怪しいのは取り巻きの二人ですね」
「そうね。あの二人が噂を流しているのは確認済みよ」
紫月お姉様がさらっと教えてくれた。
なら、琉煌さんや陸さんの線は消していいだろう。
「取り巻きの二人が主犯か、六花さんが黒幕、ということになりますね。個人的には、六花さんは関わっていないと思いたいところですが……」
「あら、澪は六花がお気に入りなの?」
「私のことも信じてくれましたから」
乃々歌を虐めた件で、なにか理由があるはずだと言ってくれた。友情とか、それによる絶対的な信頼ではないけれど、私も六花さんではないと思いたい。
「まぁそうね、私も六花は関わってないと思うわ。彼女は琉煌の従姉だからね。彼女が黒幕なら、琉煌が止めているはずよ」
「そういえば、罠とか言ってましたよね。どういう意味なんですか?」
首を傾げると、紫月お姉様は「そろそろ頃合いかしらね」と呟いた。そうして、ローテーブルの上に書類を広げて見せた。私はそれに目を通す。
それは私や家族の戸籍を纏めた戸籍表だった。
「澪、貴女は以前こう言っていたわね。戸籍上はお姉ちゃんじゃなくなったけど、それでも私は雫のお姉ちゃんだから――って」
「はい、それは、言いました、けど……」
戸籍表に目を通していた私は息を呑む。
そのタイミングを見計らったかのように、紫月お姉様は凜とした声で言い放った。
「澪、貴女はいまでも妹さんのお姉さんよ。――戸籍の上でも」
紫月お姉様の言葉が示すとおりのことが書類には示されていた。
「紫月お姉様は、最初からこのことを……?」
その問い掛けに、紫月お姉様は小さく笑った。
「澪、わたくしが張った罠に愚か者が掛かったわ。貴女はその愚かな犯人を生贄に、自分が桜坂家の娘であると知らしめ、悪役令嬢としての地位を確立なさい」
すべて、すべて紫月お姉様の手のひらの上だった。それを理解し、ゾクリと背筋が凍るような想いを抱く。紫月お姉様が敵でなくてよかったと安堵して自分の身体を抱きしめる。
そして、自分がなにをするべきなのかを理解して頷いた。意識を悪役令嬢サイドに切り替えて、「もちろんですわ、紫月お姉様」と、肩口に零れ落ちた髪を手の甲で払いのける。
「悪戯好きの小悪党に、本当の悪女がどんなものか見せつけてやりましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます