サブミッション!!〜チョークスリーパーから始まる恋もある〜

埴谷台 透

 ♡♡♡サブミッション!!♡♡♡

 暑い。

 夏休みに入ったばかり。

 僕の部屋にはエアコンがない。

 窓を開けて、扇風機に頼るしかない。

 そんな環境でも僕は机に向かって夏休みの課題に取り組んでいる。

 図書館が近場にあればいいのだが、残念ながら近所にはない。

 とにかくだ。この夏休みの始めに全ての課題を終わらせるスケジュールを立てて、今それを実行中なのである。

 早く課題を終えて、夏休みを満喫する為に。

 後顧の憂いは無くさなければならないのだ。

 しかし。

 「ジュンペー! 遊ぼ! 外は暑いからゲームやろう、対戦ゲーム!」

 勢い良く僕の部屋の扉を開けて奴はいきなりそう言って入ってきた。

 やはり来た。

 僕、鎌谷純平の幼馴染、篠塚桃子。家はもちろん隣である。幼馴染の常として。

 そちらを向くと黄色いᎢシャツにデニムの短パン、裸足の彼女がジタバタしている。ショートカットが似合う、はたから見れば可愛らしい女の子。女の子だよな?

 僕は白いᎢシャツに青と黒のチェックの短パン。まったく可愛くない。

 桃はいつも元気いっぱいである。背が低いので容姿を除けばただのガキンチョと変わらない。はずだったのだ。

 「僕は今忙しい。それに暑いなら自分の部屋でゲームしろ。桃の部屋にはクーラーがあるだろ。こんなクソ暑い部屋にもうひとり増えるのはかなわんし。それにひとんちにズカズカ入るな」

 「ちゃんとジュンペーママに挨拶したもん。それにやりたいゲームはジュンペーが持っている。それならば来るしかあるまい。うむ」

 これだ。

 「貸してやるから帰れ」

 僕はそう言ってまた机に向かう。腕がじっとりしてきてノートを濡らす。暑いからだけではない。奴の次の行動から逃れるための緊張感で流れる汗のせいでもある。

 「いーやーだー! 対戦しないと面白くなーい!」

 そう叫んで桃は飛びついてきた。

 「ふぐっ」

 避けられなかった……

 桃のチョークスリーパーが僕の首を締め付ける。

 「遊ぼー遊ぼー、遊ぼーよ!」

 正直、桃のチョークスリーパーなど効きはしない。

 のだが……

 僕はスックリと立ち上がった。それでも桃は僕の首を締めたままである。僕は身長180センチ、彼女は155センチくらい。

 必然と僕の首にぶら下がって、彼女の全体重がかかってかなり苦しくなった。

 が、問題はそこでは無いのだ。

 気になり出したのは中学3年生の頃。それから僕はポーカーフェイスを保ち、無視しようと決めていた。もう止めろと言い続けた。

 とにかく桃は幼馴染であって、それ以上の感情は……

 感情は……駄目だ。意識してしまう。首を締めている腕はフニフニしている。

 そして背中に当たる柔らかいものがふたつ。

 「だー!」

 僕は無理やり桃を引き剥がした。

 「なんだよー」

 「なんだよー、じゃない。ク、クソ暑いのにくっつくな!」

 桃は口を尖らせて不満げな顔をする。

 「とにかくだ、後ろから首を絞めるのはやめろ」

 「首を締めなければいいんだね」

 桃はニヤリとしながら言った。

 「でやー!」

 また避けられなかった。いかんこれは……

 「卍固めー。どうだ」

 更にまずいのではないか。桃のお尻が僕の後頭部にあたり、足がまるごと僕の首を締め上げる。ふくらはぎ、太もも、生足、尻!

 桃の足はしっとりと汗が……僕の顔から冷や汗が。

 僕の片腕は桃の脇で締め上げられる。例のアレが僕の脇腹に当たってる、当たってるってば。

 桃は小さいので柔らかい全身が、密着して……かなり、こう……

 僕は慌てて後ろざまに倒れ込み、桃をベットに叩きつけるとなんとか脱出した。

 「あうう〜ん!」

 変な声を出すな。このバカ野郎。

 「もう高校生なんだから、そういう遊びはやめろ! 少しは自覚しろ!」

 びしっと桃を指差して言った。

 流石に何がどうとは言えない……

 桃とはいい幼馴染という関係だけでいいのだ。のだが。

 「自覚? 自覚ってなにを? あ、隙あり!」

 僕の指差した腕をとり、桃は器用に飛びかかると、僕の首元に足をかけてそのまま倒れ込んだ。ベットの上に。

 桃の太腿が首を押さえつけ、取られた腕全身が桃の身体に密着する。僕の腕に柔らかい胸の谷間と僕の身体を押さえつけつける太腿を感じる。素肌。汗。それに股! 尻! 胸!!

 じっとりと汗の滲んだ桃の身体は全体的に柔ら……い、いかん!

 しかし、僕の腰はベットの角に当たって足は床に。要はのけぞった状態。そんな無理な姿勢では桃を払い除けられ……あ、うまいことに桃の片足が腹ではなく身体に引っ掛けらている!

 「ふんむ!」

 不自然な体型の身体をずらすように引きずっって桃の身体と一直線になる。かなり腰が痛い。ギックリ腰になるかも。だがそんなことを考えている場合ではない。

 身体をひねって極められた腕の自由を取り戻し、そして全ての力で床を蹴りベットに飛び上がった。

 宇野式エスケープ。

 桃のサブミッションから逃れる為に、僕も返し技を勉強したの……だが。

 不味い。この態勢は。

 僕はそのまま桃を押さえ込んでしまったのだ。

 桃の胸に僕の顔が密着。

 自由な腕が桃の頭の下に。

 取られていた腕が桃の股からお尻の下に……

 時が止まった。

 「ぐるじい……ギブギブギブ!」

 桃の声を聞いてはっと正気になる。

 慌てて腕を外し身体を起こすと、丁度桃の横に正座する形になった。

 「お、お前、何も気づいていな……」

 「隙あり!」

 またか!

 桃は両足で僕の腹に巻き付き、そのまま押し倒してきて胸と頭で僕の頭を締め付けた。

 「よっしやー!!」

 何考えてんだ、こいつ! もしやワザとか? ワザなのか??

 ……こ、これは苦しい。完璧に決まった、が。

 桃の胸が顔面を押さえつける。密着どころではない。

 「ふぐぶく!」

 駄目だ、声を出そうとすると桃の胸が口に当たって……

 「ふんふんがー!!」

 体格と力の差で桃に決められながらも起き上がり、そのまま倒れ込んだ。

 そして桃の胸から脱出しようと身体を引き起こした。

 が……更にひどい結果に……

 「な、なんか最後に……」

 桃は異変を感じたようだ。というか気がつかない訳がない、と思う。

 お互いベットの上で正座をし、向かい合った形になる。

 「も、桃。これ」

 必死になりすぎたせいで桃のᎢシャツの裾を引っ掴み、そのまま起き上がってしまったのだ。

 その桃の黄色いᎢシャツは今僕の手にある。

 すなわち。

 僕は桃のᎢシャツを強引に脱がしてしまったという。はからずも。

 目の前には上半身ブラジャーのみの桃。

 僕らはふたりとも汗びっしょりである。

 僕と桃はお互いの顔を見た。

 彼女は僕が持っているものを見て、次に自分の姿に顔を向ける。

 桃は無言で僕の手から両手でᎢシャツを受け取り胸元を隠すようにして。

 「キアーーーーーーウ!」

 と叫んで慌ててシャツを着た。

 「純平、モモちゃん、何暴れてるのー。静かにしなさーい」という母さんの声。

 「だ、だ、だ、だから言ったろ。こういう遊びはもう止めろって」

 桃は沈黙し、最初から最後までの一連の動きを思い返しているように見える。

 「ひひーんぐっ」

 完全に思い出したようだ。桃は変な声をだして顔を布団に押し付けた。見えてる耳は真っ赤である。

 「じ、自覚したか? したよな。自分が女の子だということを」

 「な、なんというか、その……」

 桃は顔をうずめながら言葉を発した。

 「最初のチョークスリーパーの時点で?」

 「はい。正直に言います。その時点から桃の胸を思いっきり背中に感じました」

 「その、いつ頃から?」

 「中学3年くらいから」

 「何で黙っていたの」

 「ちゃんと言ってた。やめろって。今日も言ったろ」

 「そ、そして今日は……」

 「正直に言います。桃の思い出したとおりです。桃の身体をくまなく僕の身体で感じました。どう言葉にしてもいやらしくなってしまうので、簡潔に。はい」

 「ううう」

 「桃の身体の汗が……」

 「ひーーー! もう勘弁してください」

 桃は少し顔を上げ、僕の顔を見た。真っ赤な顔をして涙目になっている。

 「えっとな。僕はずっと桃とは幼馴染の遊び友達と思ってきた。その、も、桃の胸を背中に感じるまでは。はっきり言っておけばよかった。胸が当たるって」

 桃はうつむいたまま身体を起こした。

 「な、何で黙っていたのよ」

 彼女は布団に『の』の字を書き始めた。

 「桃が女の子であると気がついた。それから……言わなくちゃ駄目?」

 「い、言え」

 「そのせいで僕は桃の事を幼馴染でも友達でもなく、最初から好きだったんだと気がついた。好きな女の子が後ろから抱きついてくれるんで、調子こいて邪険に振り払おうとも本気でやめろと言うこともしなかった。段々胸が大きくなっていくのを感じて、こう」

 「段々……」

 「そしてとうとうこんな事になってしまった」

 「ふひん」

 桃は変な声を出しながら僕の部屋を逃げるように飛び出した。

 そして振り返り、僕の顔を見ると『バタン!』と扉を勢いよく閉める。

 そして『ダダダダ』という階段を駆け下りる音を残しながら僕の家から出ていった。

 走って自分の家に入る桃の姿は窓から丸見えである。

 それを見て僕は頭を抱え込む。

 そして蘇る桃の感触。

 「ああああ! 余計な事を言うんじゃなかった!」

 思わず僕は叫んでしまった。


 次の日の朝。

 また桃が部屋に入ってきた。

 昨日の今日で懲りてないのか? 僕は怖い。

 恐る恐る桃の方を見る。

 桃は膝下までのオリーブ色のスカートをはいていた。

 白とオリーブ色のしましまシャツの上に薄手でベージュ色のマウンテンパーカーを腕まくりして。そして白い靴下、ベージュのハンドバッグ。

 かなりおしゃれである。暑くなるのに。

 なるだけ昨日の事を口にしないようにせねば。

 「ど、どこかいくの?」

 「うん。というかジュンペーの部屋。ついちゃった」

 「は?」

 「こ、こういうカッコなら関節技できないし」

 そこまでしないと駄目なのか。

 「それで……」

 「な、何?」

 一体何が起ころうとしているのか。

 「ジュンペーの好きな女の子がこういうカッコして訪ねて来たの! 察しろ!」

 「ええと、それは」

 「ド、ドアの前で待ってるからそれなりのカッコして」

 そう言って桃は部屋を出ると、そっと扉を閉めつつ隙間から顔を半分のぞかして言った。

 「お、お出かけ。遊びに、いや……デートするの。するったらするの!」

 「はい?」

 「……関節技、ジュンペーにしかしたことないんだからねッ」

 そしてパタンと扉がしまった。

 ええと、僕が告白したのであって、何故に桃は僕をデートに誘うのだ?

 あんな事になっちゃったあとでもまた僕の所に来て、そしてあの最後の言葉は……

 

 こうして僕の立てたスケジュールはなんの役にも立たなくなった。

 

 夏休みは長いのだ。

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