第1話 蛟龍〜水の拳〜 第十七節

 辺り一面が白く広大な建物の中を照真は歩いていた。

 

『ここは……何だか来た事あるような無いような……。

 どこかのビル?かデパートみたいな建物の中だとは思うんだけど……。

 下りのエスカレーターに誰かが居る……あれは……那美ちゃん……?と、金髪の女の人……?誰だろう……?』


 でもそれ以上見る事はせず頭上を見上げた。

 天窓が明るい。

 つまり昼間なんだろうか。


 もう一度エスカレーターの方を見るが、周囲は何故かいつの間にか整然と様々な物が並べられた売り場のような場所になっていた。


 人の気配はするのに人影は一人も見えない。

 すると遠くに那美が居た。


 話掛けようと近付くが全然距離が詰められない。

 全力で走ろうとするが水中に居るように遅々として進まない。

 すると突然足元の床が消えて真っ逆さまに落下した。


「那美ちゃん……!!……!!???」

 ガバッ、と跳ね起きる照真。


 どうやら夢だったようだ。


 何だか濡れたような感触がすると思ったら全身にびっしょりと汗をかいていた。

 ベッドの隣には布団が敷いてあるが誰も入っていない。

 窓の外は朝焼けでオレンジ色に染まっている。


 そうする内に昨夜の事を徐々に思い出し、時計を見るとまだ朝の6:30だった。


「……シャワー浴びよう……」

 ベッドから出た照真はトイレに向かい、小用を足すと洗面所で歯を磨く。


 洗面所の鏡に映った自分の顔を見る。

 髪はボサボサで疲れ切った顔で酷い有り様だ。

 口をゆすいで歯ブラシを元の位置に戻すと服と下着を脱いで洗濯かごにぞんざいに投げ込んで浴室へ向かう。


 シャワーのハンドルをひねると自動湯沸かし器が点いてじきに温かいお湯が噴き出して来た。


(そう言えば昨夜は那美ちゃんがシャワー使ってたんだっけ……)


 そう思い出すと、浴室の匂いに那美の匂いが混じってるような気がしてきた。

 だが頭を振って考えを振り払う。


(いやいやいや、変態か、私は!!そんな事より那美ちゃん、大丈夫だったのかな……)


 昨夜、不審者が窓を破って室内に侵入して来た時に、裸のままで駆け付けて来てくれた那美ちゃん。

 いつものお下げ髪を解いた長い黒髪が背中に張り付いていて、水滴を滴らせたまま勇ましい構えを取ってた。

 そして侵入して来た不審者と凄い攻防の戦いを繰り広げて、あの青白く光る手刀でヘルメットと服を叩き斬ったら、中から出て来たのは金髪の女の子だったっけ。

 そしてその女の子を那美ちゃんが気絶させて連れ帰ったけれど、その時の那美ちゃん、何だか落ち込んでるみたいだったな……。


 それで今、ウチが無事で何とも無いって事は、何とかなったって事だと思うし、朝ごはんを食べたら那美ちゃん家に行ってみよう

 何を話したら良いか全然解らないけど、このままで良い訳なんて絶対に無いよ……!!


 そう考えた照真は、シャワーを止めると、浴室を出た。

 そして洗面所の横の戸棚からバスタオルを取り出して髪と身体を拭く。

 その時にチラッと洗面所の鏡を見たが、先程とは違い血色が戻ったいつもの自分の顔になっている。

 それからドライヤーを使って髪を乾かしている内に、段々と気持ちも落ち着いて来た。

 よし、後は朝ごはんを食べて元気を出して、那美ちゃんに会いに行こう!

 そう決心し、下着を身に着けて自室へと戻った。


 部屋に帰った照真は、ワードローブから室内着にしているトレーナーとハーフパンツを取り出して着ると、ダイニングに向かう。

 すると母・麻子がキッチンで朝食の用意をしていた。


 父の姿は無かったが、リビングの窓をふと見ると、昨夜割られた窓ガラスがあった部分には段ボールと養生テープが貼られており、父が応急修理をしたのだな、と気付いた。


「照真、おはよう〜、朝ごはん出来るまでTVでも見てて〜」

 麻子が目玉焼きを焼きながら言う。


「お父さんは?」

 照真がTVを点けて、チャンネルを変えながら麻子に尋ねる。


「もうすぐ起きてくるんじゃないかしら〜?」

 そう麻子が言ったと同時に、


「フワ〜〜ァ、おはよう、二人共早いね」

 と欠伸をしながら父・史郎がパジャマ姿でやって来た。


 その後は、親子3人で揃って食卓を囲み、トーストとジャムと目玉焼きとシーザーサラダというヘルシーさを感じる朝食を摂った。


 しかし、いつもならば他愛の無いお喋りをしている朝の一時ひとときなのに、今朝は会話が無い。


「あの……お父さん……」

 最初に口を開いたのは照真だった。

「ん……?何だい?」

 特にいつもとは変わらない様子で史郎が聞く。


「ゆうべの事で、私が連れて来た子……那美ちゃんなんだけど、彼女は悪い子じゃないの、それに、帰る時凄く寂しそうで可哀想で……それで、今日また会いに行きたいんだけど……」

 上手く言えないが、照真なりに必死に父にお願いをする。


 すると史郎は、

「なるほど、照真はそう思ってるんだね、だったらまた会って話をしないといけないな、どんな事情だったのか、それから、これからどうしていくのかを……なぁ、母さん」

 と麻子に話を振った。


「そうね〜、あんな可愛い那美ちゃんが悪い子な訳が無いし、あの金髪の子にもごめんなさいしてもらわないといけないものね〜」

 麻子も微笑みながら同意する。


「そういう事だし照真、後で車で送って行くよ、大丈夫だとは思うけれど、万が一何かがあったらすぐにでも車で逃げられるようにね」

 ニッコリと微笑みながら言う史郎。


 その首元に照真は抱き着くと、

「ありがとう!!お父さん、お母さん!!」

 と目に涙を浮かべて感激した。


 その時、玄関でチャイムが鳴った。

「僕が出てくる。二人はここで待ってなさい。」

 珍しく真剣な顔をしながら、史郎が立ち上がり玄関へと向かった。


 玄関に着いた史郎は、忍び足でドアに近付き、ドアスコープを慎重に覗いた。


 するとそこには私服姿の那美と金髪の女の子が立っていた。

 金髪の女の子の方はシュン、としょげているようだ。


 ドアチェーンを掛けたまま扉を開く史郎。


 すると那美が、深々と頭を下げて、

「おはようございます、昨晩はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。ナディアも是非謝りたい、と言うので連れて来ました……おい、ナディア、ご挨拶を」

 と、金髪の女の子、ナディアに促す。


 ナディアは、深々と頭を下げると、

「おはようございマス、ナディア・シモーネと言いまス、昨晩は大変申し訳ございませんデシタ」

 と言った。

「……ちょっと待っててくれるかい……?」

 史郎はそう言いつつ、扉を閉めてダイニングへと戻って行った。


 その後は、玄関に出て来た史郎と照真と麻子に那美とナディアが平謝りをし、現金20万円が入った封筒をナディアが差し出し、それを史郎とナディアで押し付け合う一幕があったが、どうしても受け取って貰えないと気が済まない、とナディアが言うので、史郎は封筒を受け取り、ドサクサに紛れて那美を撫で撫でムニムニスリスリしてる麻子を引き剝がすと、涙目の麻子とナディアと共に家の奥へ戻って行った。


 そして玄関には那美と照真が残された。


「あの……那美ちゃん、私あとで那美ちゃんに行こうと思っててね、その……」

 もじもじしながら言う照真。


 すると那美は、

「照真、良かったらだけど、今日は私と一緒に市内に遊びに行ってくれないだろうか」

 と言った。

 それを聞き、パアッと明るい顔になる照真。


「うん!喜んで!!」

 そう嬉々として言うと、二人をリビングへと案内した。


「着替えて来るから、二人共そこで待ってて」

 そう言って照真は、自室へ向かった。


「……」

「…………」

「………………」キョロキョロ

 リビングでテーブルを囲んだ史郎、那美、ナディアの3人の間に一瞬気まずいような沈黙が流れる。

 そのうちのナディアは家の中をあちこち見回している。


「そうだ、那美さん。君たちは市内に行くんだったね?誰かに送って貰うのかな?」

 史郎が尋ねる。


「いえ、タクシーで行こうと思っていました」

 姿勢を正し、那美が言う。

「だったら僕が車で送ろうか?福知山駅の前辺りまで。僕も市内に用事があるから」

 史郎のその申し出は嬉しかった。

 お金が無い訳では無いが、タクシー代が浮くなら別の事に回せる。


「ありがとうございます!是非よろしくお願いします」

 頭を下げる那美。


「真面目だなぁ。そうそう、麻子、君も買い物ついでにおいでよ」

 朗らかに笑いつつ、キッチンで朝食の後片付けをしている麻子に、史郎が言う。


「あら、良いの〜?それじゃ私も支度して来ようかしら〜、那美ちゃんとドライブ、楽しみだわ〜♪」

 ウキウキしながら麻子は言うと、夫婦の部屋へパタパタと駆けていく。


「お待たせ」

 自室で着替えていた照真がリビングに入って来た。


 亜麻のカットソーに白のフレアスカートを合わせ、桜色のブルゾンを羽織ってデニム地のリュックを肩に下げていて、頭にはグレーのベレー帽を被っている。


「かわいいね、似合ってるよ照真」

 思わず那美が言うと、照真は照れて頬をピンクに染めた。


 そう言う那美の格好は、Gジャンの中に黒のTシャツに青いスリムジーンズ、という男の子のような服装だ。


 隣のナディアは、那美の母・静江から借りたワンピースで、大人っぽい服だが妙に似合っている。


「それじゃ、僕も着替えて来るから少し待っててね」

 そう言ってリビングを後にした史郎が、麻子と一緒に戻って来て、皆が揃った所で、福知山の市内に出掛ける事になった。








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