第1話 蛟龍〜水の拳〜 第十八節

 窓から吹き込む風が気持ち良い。


 5月末の皐月晴れの空は晴れやかに澄んでいて、すっかり葉桜になった桜のトンネルを史郎が運転するミニバンが走っていく。


「何も無いような所だと思っていたけれど、こんな素敵な景色もあったんだね!!」

 後部座席の窓の外を眺めながら照真が言う。


「まぁ、山ばかりの土地だからな……こんな風景で良いなら他にも沢山あるぞムニュニュ……」

 麻子に抱き締められて頬っぺをプニプニ触られながら那美が応える。もはや抵抗すらしない。


「私ガ来た道モ大して変ワリ無い感じだったゾ?」

 助手席に座っているナディアが、やけに嬉しそうな様子の照真の姿をルームミラー越しに見て、不思議そうに思いながら言う。


「あっ、そうか、ナディアちゃんは知らなかったね、私たち日野家はつい先月頃に大阪から篠山町ささやまちょうに引っ越してきたばかりなんだ、だから自然が多くて気持ちが良いな、って思ったの」

 照真が説明する。


「ナルホド、そういう物ナノカ」

 うんうん、と頷くナディア。彼女なりに納得したようだ。


 教会イグレヤの周りはもっと自然が一杯だったな……と懐かしんだりもする。

 とは言えアチラは町に出るまで車で丸2日は掛かるという自然が過ぎる人外魔境グリーンヘルである。


「ちょっと待てナディア、お前『自分が来た道』と言ったな、一体どうやって来たムチュ」

 麻子に両手で頬を挟まれながら聞く那美。


「車ダガ?今は町ノ外れに停めてアル」

 しれっと言うナディア。


「それはお前の車なのか?そもそも運転免許は?」

 麻子の両腕を掴んで那美が聞いた。


「安田会ノ誰カノ車なんじゃナイカ?それから免許なら持ッテナイゾ」

 何故か誇らしげにエッヘン、と胸を張って答えるナディア。


 盗難車かい!!しかも無免許かい!!!

 思わずツッコミの張り手を入れそうになった照真。

 流石関西人のDNAを受け継いでいる。

 だが、間合いが遠かったので心の中だけにしておく。


「その車も何とかしないとだな……後で師匠に電話しないと……」

 頭を押さえる那美。


 そうこうしている内に車は国道9号線との合流地点に差し掛かった。


「もうすぐ駅に着くよ。照真は那美ちゃんとナディアちゃんと一緒に市内を見て回るのかい?」

 史郎がウィンカーを点けながら聞く。


「そうだね、那美ちゃん、それでいいよね?」

 照真が那美に聞くと、

「私ハ麻子ト買い物をスル」

 とナディアが言った。


「あら、良いの?ナディアちゃん、照真たちと一緒じゃなくて」

 麻子が意外そうにナディアに尋ねる。


「麻子ノ買い物ノ荷物持ちニ付イテ行コウとナ、ソレに私モ色々買イ揃えタイ」

 そう言いつつルームミラー越しに照真にウインクをするナディア。


 そんな気遣いも出来る娘だったんだ……と照真は驚いた。

 もっとも、ナディアのそのウインクは父と母を安心させようとしてる事を自分に伝えようとしたのだと受け取った照真には、ナディアの照真と那美を二人きりにしてあげよう、という気遣いまで含まれていたとは、その時には伝わらなかったのだが。


「あらあら〜!!ナディアちゃんもなんて良い子なの〜!!」

 助手席ごとナディアに抱き着こうとする麻子。


「ちょっ、お母さん、危ないからやめて!!」 

 それを見て慌てて止めようとする照真。

 そんなドタバタを見て、那美はクスクスと笑った。

 その那美の様子を見た照真は、特に何も言わなかったが、朝から緊張した様子だった那美が笑う姿に安心し、心が温まるような幸せな気持ちを感じていた。


「それじゃ、夕方5時頃にここで待ち合わせで良いかな?」

 福知山駅の駅前ロータリーの向かい側、TATSUYA書店の近くに停車して、照真と那美が降りたのを確認した史郎は、そう確認をした。


 昼食は照真が那美と一緒にどこかの店で食べる、と先程言っている。

「うん、ありがとうお父さん、気を付けてね」

 史郎たちに手を振りながら照真が言う。


「ありがとうございました、では行って参ります」

 史郎に一礼しながら那美が言う。


 車の窓から手を振るナディアと麻子。


 そして車は駅前ロータリーを周り、市の北側へ走って行った。恐らく御靈神社ごりょうじんじゃ近辺の商店街にでも向かったのだろう。


「さて……照真はどこか行きたい所はある?」

 と那美が尋ねる。

「そうだね……本屋さんを見て回りたいんだけど、良い?」

 照真が答える。


 駅前に来たのは初めてではないが、迷子になったらいけないからと、あまり駅から遠くには行った事が無かったのだ。


「わかった、ここ……TATSUYAとあと2件、歩いて行ける位の場所にあったから案内するよ」

 そう那美は答えてTATSUYAに入った。

 照真も付いていく。


「……レンタルビデオは色々あったけど、本は探してるようなのは無かったなぁ……」

 店内に入ってさほど時間を置かずに二人は出て来てしまった。


「そうなんだ、じゃあ次に行こう」

 先に立って歩き出す那美。その後を照真が付いて行く。


 土曜日の駅前には沢山の人たちが行き交い、那美と照真が歩道を歩いているポプラ並木の通り……通称『お城通り』の車道には車も行き交っている。


 しばらくテクテクと二人で歩いて行くと、右手にお城が見えてきた。

「お城だね……あれが福知山城?」

 照真が那美に聞く。


「うん、天正7年に明智光秀が築城したと言われている。……しかし、その後明治時代に一度解体されたそうだ。それから昭和の時代まで城跡だったが、昭和60年に復元工事が行われ、現在の形になったと言われているよ」

 那美がスラスラと答える。まるでガイドさんだ。


「凄いね那美ちゃん、よくそこまで覚えてるね」

 照真が感心する。

「遠足で来た事があるからね」

 特に誇らしげにでも無く那美が言う。


「城の周辺は公園として開放されてるんだけど、見ていく?」

「いや、先に本屋さんを見に行きたいな〜、なんて……」

 那美の問いかけに照真は乗り気で無いように答える。やはり漫画優先なのである。


「そうか、もう1軒の本屋なら、このまま歩いていけばそう遠くないよ」

 そう那美が言い、そのまま歩き続ける。


「ここだ、ここならさっきより本は多いと思うよ」

 到着した本屋は、JR山陰線の高架の手前にあり、本屋でありながら酒類も商っている店だった。


「ありがとう、那美ちゃん、確かに本が沢山で……フヘヘ……」

 書物に飢えていた照真は那美に礼を言いつつも、怪しい笑い声を漏らしながら店内へと入って行った。


「どうだ、照……真……?」

 照真を案内しながらその顔を見た那美は、照真の表情を見て一瞬戦慄した。

 今まで照真が見せて来たどんな表情とも違う、お宝を発見して光り輝くオタクの笑顔だった。


『目的の物はありそうだな、良かった』

 那美は照真のそんな表情を見てそう思った。


 照真は漫画の新刊コーナーに素早く移動すると、平積みに置かれた新刊を隅から隅までじっくりタップリと見廻した。


 そして目当ての新刊をズババババッ!!と5冊、手に取ると、書棚の方にも移動してじっくり見ていく。

 そうして更に何冊か手に取ると那美に、

「それじゃ、那美ちゃん、お会計に行ってくる!」

 と言ってレジに向かった。


 そうして会計を終えた照真が、ホクホク顔で『獲物』をデニムのリュックにしまい、

「次の本屋さんにも行ってみたいんだけど、良いかな!?良いよね!!ありがとう!!!」

 と瞳を輝かせながら言った。


 謎の迫力を感じるその表情を見た那美は、内心ちょっと、ほんのちょっとだけ引きつつ、

「もちろん、夕方までまだまだ時間はタップリあるからね、案内するよ」

 と言い、店外へ出た。


 その時、店内に入って来たスーツ姿の男性が、満面の笑みで出てきた照真とすれ違い、背の高さにギョッとしていた。


「次の本屋はそう遠くないよ、しばらく歩いて、道の向かいにある」

 歩きながら那美が言う。照真が嬉しそうで何よりだ。

「そうなんだ、楽しみ!!」

 照真は相変わらずニッコニコである。


 そうして歩いていくと、道の向かいにスーパーとフライドチキンの店が目に入った。

(昼食はあそこでいいかな……)

 と那美は考えながら歩いて行く。


 程なく、道の向こう側に目当ての書店が見えて来た。店外の棚にも雑誌を並べてあるので一目で判る。

「車に気を付けて渡ろう」

 那美が照真に声を掛ける。

 照真はニコニコしながら頷いて、車の通りが途絶えたタイミングで二人共、道を横断した。


 店内に入った照真は目をこれ以上無い程見開いて輝かせて、書店の薫りを胸一杯に吸い込んだ。

 そんなに嬉しかったのか……。


 そしてまた新刊コーナーをチェックし、書棚をじっくり見ていき、何冊か手に取ると、

「那美ちゃん、お会計してもらって来るね!」

 と言ってレジへと向かった。


「今度はえらく早かったね」

 と、店外に出た所で那美が言う。

「うん、目ぼしい所はさっきの本屋さんで揃ったからね」

 照真がニコニコ顔で答える。


「それにしても、篠山に引っ越して来た時には漫画が買えなくなったらどうしよう、って思ったんだけど、市内にこんなに良いお店が揃ってるんだったら心配しなくて良かったよ」

 と照真が言う。

 那美はそんな照真を見て連れてきて良かったな、と安堵した。


「喜んでもらえて良かったよ、ところで、昼にはちょっと早いんだけど、この先のフライドチキンでお昼食べて行かない?」

 那美が看板を指さして言った。

「良いね!!大阪に居た時ぶりだな、チキン」

 笑顔で照真が応えた。

 これで昼食はフライドチキンに決まった。


「いらっしゃいませ!!」

 店内に入ると、まだ昼前という事もありあまり客は居らず、どの席にでも座れそうだった。

 そして向かい合わせのテーブル席を選ぶと、メニューを見て、

「このポテコロパック、っていうのを一つ頼んで二人で食べようか、それとチキンフィレサンド、那美ちゃんは他に何食べる?」

 照真がメニューを見て手早く決める。

「じゃあ私もチキンフィレサンドにしようかな、あとは烏龍茶を」

 那美も照真と同じ物に決める。

「じゃ、オーダーしに行ってくるね」

 照真はそう言い、席を立った。

 四人掛けのテーブルなので空席にリュックを置いていく。


 カウンターに歩いて行く照真の背に小さく手を振った那美は、何気無く外を見る。

 そして店の前の歩道をたまたま通り掛かったドレス姿の一人の女の子と目が合った。


 次の瞬間、

「あぁーーーーーーーーーっ!!!」

 その女の子が驚きの声を上げる。


 そしてダダダダダッ、と店内に入って来たと思ったら、那美たちのテーブルの横で大袈裟なポーズを取りつつ、居丈高な口調で、

「これはこれは御槌那美さん、こんな所でお会い出来るとは思いませんでしたわ……!!ここで会ったが百万年でございますわっ!!」

 と言い放った。


「竜王院、他のお客さんに迷惑だ、用があるならサッサと言え」

 珍しく嫌そうな表情のジト目でその女の子……竜王院亜美りゅうおういんあみを睨みつつ那美が言う。本当に嫌そうだ。


「オホン……わたくしが貴女に用があるとしたら一つしかありませんでしょう……フムフム、新発売のポテコロセットがお得……」

 と、咳払いしつつ着席し、メニューに目をやる。


 そうしている内に照真が品物を乗せたトレイを持ってやって来た。

「あ、キワキワさん……じゃなかった、竜王院さん、こんにちは」

 いつの間にか那美の隣に座って居た亜美を見ても嫌な顔もせず、ニコニコしながら照真は挨拶した。

 本屋巡り補正の多幸感がまだ掛かってるようだ。


「あらこんにちは。今日も貴女が一緒ですのね」

 毒気を抜かれたような表情で亜美が応える。


「それにしても、何だか那美ちゃんと竜王院さんってちょっと似てるね」

 テーブルにトレイを置いて席に着きながら照真が何気無く、本当に何気無く言うと、


「「似てない!!」ませんわ!!」

 と微妙にハモりながら那美と亜美は抗議した。


「あ、いやぁ、何となく、だから……他のお客さんがビックリしてるよ」

 まさかこんなに強烈に拒絶反応を示すとは思わず、ビックリさせられた照真が二人を諭す。


「「オホン!」」

 那美と亜美の咳払いがハモる。

 そして同時にじっとりした目でお互いを見ると、


「……どうせまた勝負しろ、とか云うんだろう……見ての通り、今日は照真と遊びに来てるんだ、ほら、ポテコロやるから帰れ」

 と那美は言い、3つあったポテコロの一つを亜美の口に押し込んだ。


「その通りでふわ……モグモグ……あら、これ美味しいじゃない!……ではなくて!!」

 ポテコロが美味しかったのか一瞬笑顔になった亜美は、椅子をガタッ、と蹴って立ち上がり、


「食事が終わったらわたくしと勝負なさい、御槌那美!!」

 と言いつつ那美に人差し指をビシッ!!と突き付け、オーッホッホッホッホ、と高笑いをしつつ店外へ去って行った。白昼堂々の食い逃げである。


「行っちゃった……」

 そして呆然とする照真と憮然とした顔の那美が残されたのであった。









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