第1話 蛟龍〜水の拳〜 第十一節
その後は皆、柔軟体操をこなし、型稽古と組技の稽古と滞り無く進み、ジュニアクラスの子供たちが楽しみにしている組手の時間になった。
試合では無いが拳足を使ってのある程度自由な組手は、くだけた言い方で言うなら『殴りっこ』であり、良いストレス発散にもなる。
中には、動きすぎて組手の後にへたり込んでしまう生徒も出て来る程だ。
そんな組手を、年齢、性別、体格別に大まかに分けて一般クラスとジュニアクラスで道場を二面に分けて行う。
見学させてもらってる照真は、大人から小さな子供までテキパキ動き、稽古や組手をこなしていくのを驚きと尊敬の目をもって見つめていた。
それを見た善子は一瞬、照れ笑いを浮かべたが、すぐにぷいっ、とそっぽを向いてしまった。
その様子には苦笑するしかない照真であった。
そして、そろそろ稽古の時間も終わりに差し掛かった頃、道場の入口から声がした。
「お〜、皆真剣に励んどるようやのぉ」
そう言いつつ道場に一人の大男が入って来た。
身の丈は2mを遥かに超えるように見えるその人並み外れた恰幅の良い巨体に、窮屈そうに革のジャンパーを羽織っている。
そして道場の中に一礼、神棚の方へ一礼する。
「
渡辺と那美の声が重なる。
照真は、一瞬鬼でも入ってきたのかと錯覚したが、すぐに道場関係者らしいただの大男だと判りホッとする。
「お疲れ様です、押忍!!」
組手をしていた生徒たちも組手の手を止め、周りで組手を座って見ていた生徒たちも立ち上がり、彬に一礼する。
「うん、皆もご苦労さん……せや、師範代、ほれから那美!!」
挨拶を受けた彬は、渡辺と那美を呼んだ。
「押忍、何でしょうか?」と渡辺。
那美は彬の方に正対したのみだ。
「お前ら、試合やってみ」
と彬が言う。その言葉に一同に動揺が走る。師範代と那美さんが、試合……!?スゲェ!!と皆がざわつく。
「試合ですか、師匠」
那美が尋ねる。
「そうや、組手やない、試合や。審判はワシがやる。ほな、皆用意してんか」
そう言うと、渡辺と那美以外の生徒たちが壁際に離れて行った。
渡辺の額に一筋の汗が流れる。
一方、那美は平然とした様子だ。
何やらただならぬ様子を感じた照真は、
「えっ?何?何が始まるの……??」
と慌てる。
その隣に善子が来てちょこん、と座る。正座だ。
それにつられて照真も正座をする事になった。
道場の中央、二本引かれた線に渡辺師範代と那美が立つ。
「礼」
彬の号令で道場正面、そして互いに一礼をし、審判の彬に一礼する。
それに対して彬は礼を返すと、
「ルールは真剣の一本勝負、殺してまう以外は認める。お互い仕事も学校もあるが、怪我しても救急車は呼んだるから存分にやったらええ。心して掛かれ。では、始め!!」
「えぇぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
彬の合図と同時に渡辺が仕掛けた。
ブォン!!!!!
と、轟音を立てて二段回し蹴りで一気に那美との間合いを詰めていく。
その凄まじい回し蹴りを那美は、ゆるり……と淀んだ水が動くような緩やかな動きで回避する。
「!!」
突然渡辺が飛び退る。
その顔は苦痛に歪んでいて、右脇腹を抑えている。
しかし彬は一本を取らない。
「えっ!?何があったの!??」
今の攻防で何が起きたのか全く解らず、照真が思わず口に出すと、
「カウンターです。那美さんが師範代の蹴りに合わせて直突きを入れてたんです。」
と、真剣な表情で善子が言った。
が、相手が照真と気付き、咳払いをすると、試合の行方に集中しているフリをする。
照真の目では那美が相手の蹴りを躱しただけで何か手を出していたようには全く見えなかったので、那美の空手の腕の凄さを改めて思い知る事になったのだった。
「てやぁぁぁぁぁッッッ!!!」
続けざまに渡辺が仕掛ける。
痛みからまだ回復していないのか、苦痛の表情に顔を歪めながらも、果敢に突進する。
右足払い蹴り。しかしこれはフェイントだ。逆突き。これもフェイントだ。左足刀からの右中段回し蹴り。これもフェイント……と見せ掛けて、途中から軌道が変化し、那美の左側頭部を強烈な鎌払い蹴りが襲う!!
パァァァァン!!!
激しい打撃音が道場内に響いた。
渡辺師範代の蹴りは……那美の左腕にガードされていた。
息を呑む照真。隣の善子も同様に息を呑んでいる。
「チィッ!!」
短く息を吐き、後方にステップし間合いを取る渡辺。しかし、それより速く那美は間合いを詰めていた。
ドタタッ!!
それは一瞬の出来事だった。間合いを取りかけた渡辺が那美に追い付かれた次の瞬間、二人はもつれるように倒れ込んだかと思うと、組み伏せられた渡辺に那美が拳を突き付けていた。
脂汗をかく渡辺。
それを見た彬は、
「まぁ、ええやろ、一本。那美の勝ちや」
彬の宣言の後、一瞬を置いてワッ!!と生徒一同が拍手喝采を送る。
「〜〜〜〜〜~~~~~!!!」
善子の声にならないような声を聞き、照真がその顔を見ると、善子は瞳をキラッキラと輝かせて口を両手で覆っていた。
それに何だか太ももをモジモジさせている。大丈夫かこの子。
那美は渡辺に掛けていた組技を解き立ち上がり、渡辺も、苦笑じみた笑顔で立ち上がる。
そして、互いに礼をし、彬、そして正面に礼をする。
「いやぁ〜、やはり那美さんは強いです、私も増々稽古に励まないといけないですね」
と渡辺は笑いつつ言い、那美に手を差し出す。那美はにっこりと笑ってその手を握り返す。
「私もまだまだです。師範代に打ち込む隙を見つけられませんでしたから」
それは本当だった。
渡辺の間合いにある中で打撃を打ち込んでも、巧みに受け止められただろう。
カウンター以外で渡辺に一撃を与えるのは難しい。
だから組技という手段を選ばざるを得なかったのだ。
そして、握手を終えた二人は一般クラスとジュニアクラスの居る方へ別れて行った。
大人たちに、凄い試合でした!勉強になりました!!と敬われ称えられる渡辺。
一方、那美はチビっ子含むジュニアクラスたちに揉みくちゃにされる事となった。
ついでに頬っぺたをムニムニされたりしててかわいい。
それからどさくさに紛れて飛び付いて来て脚の間に顔を埋めて深呼吸してる善子。やっぱり大丈夫なのかこの子。
それを見て照真は、二人共凄かったな……と感動に打ち震えていた。
そしてそれらの様子を見て、納得したようにうんうん、と彬は頷いていた。
『あの二人が居れば殺し屋やチンピラが来ても大丈夫やろ。ほなワシは……』
ひとしきり揉みくちゃにされたりクンカクンカスーハーされた後に、那美は、彬の気配が消えたのに気付いた。
「あれ?師匠は……?」
その時、その場の誰も、あれだけ目立っていた巨体の彬の姿が、道場内から消えた事に気付かなかった。
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