第1話 蛟龍〜水の拳〜 第六節

 夕食を食べ終えた照真は、食べ終えた後の食器をキッチンに持っていき、軽く水洗いすると食洗機にセットして、風呂場に向かった。


 そして洗面所で歯を磨くと、服と下着を脱ぎ、洗濯籠に入れ、風呂場に入る。

 湯船には母がお湯を張ってくれているので、シャワーで顔と髪を洗う。


 髪を洗う間、照真は今日あった出来事を思い出していた。

 図書室の帰りに那美ちゃんと出会った事。

 その時はまだ御槌さん、と頭の中では呼んでいた事。

 学校帰りに突然不良たちに絡まれて、何を言われたか忘れたけど、怖がっていたら那美ちゃんが助けてくれた事。

 そういえば那美ちゃんは教室や普段の学校生活ではどんな子だっただろう、と思い出そうとはしたものの、正直、あまり印象には残って無かった。

 それから、帰りは那美ちゃんが家まで送ってくれた事。

 あんな事があった後だけに、正直心細くて怖かったけど、那美ちゃんと言葉を交わしている内に、恐怖心は薄れて楽しく話せていたな、と照真は思った。


 それまでは日野さん、と自分の事を苗字で読んでいたのを照真、と名前で呼ぶようになってくれて、自分も御槌さん、から那美ちゃん、と呼べた事。


 そして頬の汚れを拭いてあげた時の那美ちゃんの意外と柔らかいほっぺと鋭かった目をまんまるにしておとなしく拭かれている顔、可愛かったな……と思い出し、フヘヘ……と思わず笑ってしまった。


 そうこうしてる内に髪を洗い終え、トリートメントも終えると、スポンジとボディウォッシュで身体を洗った。

 それから湯船に張ってるお湯が適温かどうかを手で確かめて、肩まで一気に浸かる。


「ふぅ……」

 無意識に緊張していた身体がほぐされて行くような心地良いお湯加減だ。

 やっぱりお母さんは凄い。いつだってこうしてちゃんと完璧なお湯加減でお風呂を沸かしていてくれる。

 それで、那美ちゃんだ。明日学校で会ったら、もう一度きちんとお礼を言おう。

 それと、私のお気に入りの漫画も持って行ってみよう。

 那美ちゃんは空手をやっているから、あの中国拳法の漫画を、もしかしたら面白いと思ってくれるかも知れない。


 幼い頃から負けず嫌いで、喧嘩っ早かった主人公が、祖父から中国拳法を教わって成長していく、という拳法漫画だ。


 祖父の漫画コレクションの中にあって、照真は夢中になって読み、お年玉をはたいて自分でも単行本を揃えてしまったのだ。

 那美ちゃんも気に入ってくれたら良いな……等と一人ニヤニヤと想像しながら、湯船から上がる。


 風呂場から出ると、バスタオルで髪を拭き、全身の水気も拭き取って洗濯籠に放り込むと、洗面所の横の戸棚からショーツとTシャツを取り出して身に付け、やや前傾姿勢になりつつ洗面所の鏡を見ながらドライヤーで髪を乾かす。


 こうしていつもと変わらぬ自分の顔を鏡で見ていると、やはり地味なんだろうなー、なんて思う。

 学校に居る派手な子たちみたいに化粧をしたり着飾ったりしたい、といった事は照真はあまり考えなかった。


 自分のこの平凡だけど健康ではある顔立ちが私には似合っているんだ、と、そう思っていた。


 母に似てやや栗色味を帯びた色のセミロングの髪も小さい頃から気に入っている。

 長く伸ばそうとも、短く刈ってみようとも思う事は無かった。


 そうして髪を乾かし終えた照真は、自分の部屋に戻るついでに、父と母にお風呂上がったよ〜、と声をかけて自室に入った。


 照真の部屋は、引っ越してからまだ間も無い事もあり、学習机と本棚とカラーボックスにワードローブ、そしてベッドがあるだけの、高校生女子としてはやや地味な部屋だった。

 そして机の上には昨日まで読んでいたあの怪物退治の漫画があった。

 そう言えば今日はこの漫画の続きを読むのを楽しみにして帰って来ようとしてたんだった……と、色々な事があってすっかり忘れていたその漫画を手に取って、椅子に座って読み始めた。


 やっぱり面白い。

 座敷わらしと彼女が憑いている家の少女との心の交流に照真は涙した。

 キャラクターの感情表現や物語の見事さも相まって完全に漫画に没入し、次々とページをめくる手が止まらない。


 そうしてそのエピソードを読み終えると、照真は一息付き、明日那美に渡す漫画を本棚から見繕った。

 しかし、一旦取り出した単行本を本棚に戻し、

「明日帰りに家に寄ってもらって、その時に渡したら良いかな……」

 そう思い直して、壁の時計を見たら11時を回っていた。

 もう少し漫画を読んで起きていても良いかな、とも思ったが眠気を感じてきたので、明かりを消してベッドに潜り込んだ。


 そして目を閉じて、いつものように今日読んだ漫画の内容を思い返していく内に、だんだんと眠くなって来て、空想の中に自分と那美が出てきて、やがて夢と空想は入り混じり、深い寝息を立てて眠ってしまった。


「……ま……照真……照真!!」

 誰かが自分の事を呼んでいる。声から察するに女の子の声のようだ。

 誰だろう……?


 声のした方を振り向くと、柔道着?か空手の道着とフリフリドレスを足したような変な衣装を着たおさげの少女が立っていた。


「な、何ですか……?ここはどこなんですか……?」

 怯えながら照真が聞くと、少女は、


「○○○○○(←聞き取れなかった)をやっつけに行くぞ!!」

 と右手に持った重そうなダンベル?を掲げて左手はチョキを作って顔の横に当てて決めポーズのような物を取った。

 

 しかし顔は真顔なのでじわじわおかしい。


「え……?何……??それにあなたは誰なんですか……?」


「私は魔法の空手少女、マジカルナミちゃん。そしてこれは空手犬の平安ピンアンだ。」

 いつの間にかマジカルナミ?の隣に一匹の秋田犬が座っていて、「押忍!!」と野太い男の人のような声で鳴いた。


「えっ!?えっ!??マジカル?空手犬?」

 困惑している照真を放置したままで、マジカルナミは

「とうっ!!」とジャンプした。


 照真と平安は置いてけぼりだ。何しに出てきたんだ平安。


 気が付くと辺りはどこかで見たような見たこと無いような採石場に変わっている。

 そして何だか見覚えのあるような無いような宇宙怪獣とマジカルナミが戦っていた。


 右手に持ったダンベル状の凶器で怪獣をタコ殴りにするマジカルナミ。怪獣は悲痛な叫びを上げている。


 すると何やら水着のような際どい衣装を身に付けた女の人が、


「しっかりしなさいよ!!そんな相手に負けるんじゃないわよ!!……ちょ、そこは殴っちゃダメでしょう!?お巡りさ〜ん!!誰かお巡りさん呼んで〜!!」

 と叫んでいた。


 やがてぐったりと動かなくなった怪獣を血染めのダンベルを持ったまま見下ろすマジカルナミ。


 際どい衣装の女の人は、マジカルナミをビシッと指差すと、


「こ、これで勝ったなんて思……」

「ナミパーンチ」

 いつの間に間合いを詰めていたのか、マジカルナミの強烈なパンチが女の人の顔面に炸裂した。


 ボコーン、という打撃音を上げて女の人は竹とんぼみたいにグルグル回転しながら吹っ飛ばされ、そのまま高く飛んでいき、屋根まで飛んで壊れて消えた。


「うわ〜……」

 一連の凶行を目の当たりにした照真は、やっぱりお巡りさんを呼んだ方が良いのかな……と考えた。


 考えている間に目覚し時計の音が鳴った。

 目を覚ました照真は寝ぼけ眼で目覚まし時計を眺める。時刻は7:00を示している。


「今の夢……何……???」

 何がなんだか訳のわからない夢を見てしまった照真なのだった。





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