第15話 殺し屋男とある養父

 方々の体で逃げ出して、通常、数日かかる行程を馬で駆け転げて一日半ほど。俺たちはなんとか、生まれの街に戻ってきた。


 無茶させたのは馬もそうだが、俺とリザの方も戦いの後だから限界が近かった。結局、街に戻って斡旋屋のおっさんの前で報告した瞬間に、ぷっつりと意識が途切れた。


 そうやって寝ているうちに運ばれて、目が覚めたのが三日後……ということらしい。


 「言っとくけど、大変だったからな? 医者呼んで、お前は衰弱ってことで判断ついて。そしたら今度は依頼主様の方が倒れちまった。あ……傷跡は化膿しかけてたから当分動かすんじゃねえぞ。よく飯を食って寝ろってのが、町医者の診断だ」


 朝、自分の家で目を覚まして傷の痛みに唸っていると、どこからかやってきたおっさんが、そうやって事情を説明してくれた。あいも変わらずボロ着で新聞を眺めながら、ベッド脇の椅子にどかっと腰を下ろして煙草を吸っている。


 「あのやぶ医者、何の傷みても、それしか言わないじゃないか。……リザはどうなった?」


 常にじくじくと痛み続ける肩の傷に辟易としながら、俺はそう尋ねてみた。まあ、もう依頼が終わったから、気にするほどの縁もないかもしれないが。ただそんな俺の予想とに反して、おっさんはからからと笑いながら、すんなりリザの状況を報告してくれた。


 「依頼主様なら、一晩寝たら元気なもんだったよ。そんで、お前が目を覚ますまではこの街に滞在するってよ。さっき見たときは下の部屋で朝食の準備をしてくれてた」


 「そうか……」


 ふう……と自分の口から息が漏れる。安堵の息……と言っていいのだろうか。そんなことを心配する立場じゃないのは重々承知だが。


 軽いため息とともに、無理矢理起こしていた身体をベッドに倒し直す。さすがにあの距離を怪我しながら強行軍で帰るのは無理がありすぎた。かといって、追手がかかる可能性がある以上、生半可なところで休むわけにもいかなかっただがな。仕方ないとはいえ、さすがに少し疲れている。


 「しかし、お前にしては珍しいな。あんな誰がやったかバレバレの仕事、とうとう名でも売る気になったか?」


 そう言うとおっさんはけらけらと乾いた笑いを投げかけてくる。俺は若干、その笑いに辟易しながら、痛む首を横に振る。


 「…………不可抗力だ。というか、あんだけ滅茶苦茶な条件で、標的を始末できただけ上等だと想うけどな」


 俺のそんなぼやきに、おっさんは余計に笑いを浮かべる。


 「まあ、確かにな。実際、よく女連れで暗殺なんてやったもんだよ。それに付き合って、やり遂げた依頼主様も大したもんだ。正直なところ俺は、一週間くらいで音を上げて条件を変えると思ってた」


 そうやって笑うをおっさんを俺は横目で藪睨む。本気でそう想って言ってるのか、ある種の方便で言っているのか。このおっさんはいまいち判断がつかないのだ。なにせ、嘘と真実を混ぜて喋ることはお手の物だ。昔、柄にもなく町長なんてやってただけはある。


 「ひでえやつなだな。あー……それで、連絡しなくて悪いんだがなおっさん。依頼の報酬の件なんだけど」


 正直、言いにくい内容だ、だけど、どうにか口を開く。なにせ、勝手に桁を二つ下げるとか言っちまったからなあ。おっさんの景気のいい表情が曇るのが口を開くまえから容易に想像できた。


 挙句、肝心のとどめはその依頼主様にさせてるわけだしな。本当に、この依頼に関しちゃろくでもない。


 暗殺、依頼人の目前、要望の剣、その三つの条件で報酬がなりたっているとするなら、正直、どれも達成としては怪しいとこだ。暗殺は依頼主様がやったのだし、目の前と剣は図らずも達成されたが、俺が意図したとおりにはなってない。あそこで上手くいったのは、ただ単にリザの度胸があったからだ。


 「あー、聞いてるよ依頼主様からな。全額きっちり払うって」


 そう言って、おっさんはにやりと笑う。対して俺はうへえと思わず舌を出した。あのお人好しめ。


 「いや、多分、そういう次元の話じゃないんだ……。おっさん、ちゃんと顛末聞いたか?」


 俺の言葉におっさんは、怪訝そうに首を傾げた。ああ、こりゃちゃんとは聞いてねえな。


 「……お前が酒場裏で不意打ちして、ちゃんと目の前で、あの剣使ってやったんじゃないのか?」


 「事実は間違ってないけど、主語はだいぶ間違ってる」


 さらに首を捻るおっさんに、俺はため息をつきながら、事の顛末を簡潔に話した。


 ものの数分の出来事だが、その最中、怪訝そうだったおっさんの顔が、一層、下卑た笑いに変わっていくのはある意味で恐ろしかった。この世の下品さの粋を極めたような笑みだった。


 「ぶっ……あははは、本気で言ってんのか?! すっげえなあ、深窓の令嬢だって舐めてた。いや、度胸はあって当然か。それにしても……」


 「なんでもいいが、言った通り、報酬は下げてくれ。それにあの娘、どこかに隠してるのでもない限り、日銭なんて持ち合わせがなかったぞ。どうやって生まれの家に帰る気だよ」


 俺の言葉におっさんは腹をおさえながら、ひぃひぃと引きつり声を上げるだけだ。俺はそれを見ながら、半ば呆れた声を出す。


 なにせ、一緒に下町で暮らしていた時、リザはまともな金子の一つ持ち合わせていなかった。最初は市井で暮らす加減が解らなくて、持ち歩いていないのかとも思ったが、どうにも本当に持っていなかったらしい。潜伏時の暴走具合も合わせてみるに、おそらく、復讐で家から出たときの金を全部つぎ込んで依頼していたのだ。そう考えると、このおっさんも相当足元見たのだと言うのが、なんとなく感じ取らるわけではあるが。


 そんな俺の問いに、おっさんは軽く笑った。


 珍しく、下卑た笑いでも、乾いた笑いでもない、どこか寂しそうな笑みだった。


 「心配すんな……とは言えねえが。


 は? と思わず声が喉から零れた。ただ、怪訝な眼をする俺を置いて、おっさんはよっこいせと腰を上げる。


 「そこら辺の話もしなきゃなあ。ついでだ、あの子を呼んでくる。お前はそこで寝てろよ。あー……水とパンでいいか?」


 「ああ……うん」


 普段、こういった世話をしなれていない、変にぎこちないやりとりをしてから、おっさんは階下に降りて行った。


 俺は少し呆けたまま、おっさんの後姿が消えたドアを見送る。


 …………帰る家がない? どういうことだ? 没落でもしたか、勘当でもされたのか?


 そんな状況で、手持ちの全財産はたいて復讐って、じゃあ全てが終わったらあの娘、どうする気だったって言うんだよ。


 そこまで考えて、呆けた口が塞がらなくなりそうになったあたりで、ようやく、ああ、と得心する。


 つまり、まあ、


 そうやって息を吐いていると、二人分の足音が階下から上がってきた。


 案の定というか、おっさんと、幾許か記憶より小綺麗な格好をしたリザが顔を出した。


 ………………。


 ただ違和感を覚える。


 いや、違和感どころの話ではないのだが。


 見たらすぐわかる変化がある。


 記憶にある中の、リザと大まかに見たときのシルエットがあまりにも違っている。


 「あ……ズミ。起きた?」


 そう言ってリザはちょっと遠慮がちに笑うと、潜伏時の俺の名前を呼んで、盆の上にパンと水、あとはリンゴを乗せていそいそと部屋に入ってきた。


 おっさんはどこか、にたにたと笑いながら、リザと一緒に俺の隣にやってきて腰を下ろす。


 俺の部屋に椅子は一つしかないので、おっさんが椅子に座ると当然リザの分の椅子はなくなる。


 ただリザは特に困った様子もなく、自然な様子で俺のベッドの脇に腰を下ろした。そうしてそのまま、枕の傍に盆を置いてくる。


 正直、少しだけ困る。この娘に、一体なんて声をかければいいのかよくわからない。


 わからないまま、口を開く。


 「なあ……リザ」


 「うん? なに?」


 俺の問いにリザは何でもないような感じで、首を傾げる。いや、若干だが、気恥ずかしそうな表情が見受けられた。


 これは一体どうなんだ。変化に触れた方がいいのか、いや、女の髪は重要だと言うのだから、あまり触れないほうがいいのかもしれない。


 まして、こいつの髪は特別だ。ここはあえて、当人が触れるまでは、何もなかったものとして―――。



 ……考えるのはあまりにも無理があるよなあ。



 なので諦めて聞くことにしたた。



 「なんで



 リザの髪は、それはそれは綺麗な、長い金髪だった。売れば金貨数枚じゃくだらない、家が一軒建つような代物だ。もちろん、町娘に扮するため染料で染めてしまった以上、しばらくは元の金髪ではなくなってしまったわけなんだが。


 それが今では肩ほどまでを残して、ばっさりと切られてしまっている。


 髪の長さがなくなった分、御淑やかさと同時にあった影のようなものが少し無くなり、どこか快活な少女らしい姿にも見えていた。


 髪色は当然、落ちない染料を使ったので、赤みがかった茶髪になっているが、よくよくみると髪の生え際が金色に返り咲いている。なんとも中途半端な装いだ。完全に戻るまでには数か月、ともすれば年単位でかかるのだろう。


 「ああ、髪? ……えと、昨日、切ったの。ほら、気分をね、変えたくて。あと、お金の足しになるって、おじさまに言われたから」


 そうやって話すリザを見てから、俺はおそらく大層失望した目で、おっさんを見た。


 このおやじ、金をえさに髪を切らせやがったな。染めたとはいえ、元の髪質がいいリザの髪はよっぽど高値で売れただろう。ただ、世間知らずのお嬢様を、はめるのはいい加減よした方がいいとは思う。


 「おっさん……」


 「あ? 誤解すんなよ? 順序が逆だ。依頼主様が髪を切られるっていうから、じゃあそれを金に換えましょうかと言っただけだ。俺が金目当てに強請ったわけじゃねえよ」


 「髪売りへの仲介料は?」


 「そりゃあ、とった」


 「……だと思ったよ」


 商売の都合上信用にもとることはしないが、信用にさえもとらなけりゃ、臆面もなくがめつくなる。それがこのおっさんという人物だった。


 「仲介料っていっても大丈夫よ、ズミ? 銀二十枚で売れるところから、銀二枚渡しただけよ?」


 怪訝そうな表情を続ける俺に、リザはおっさんを庇う様に少し焦りながら言葉を続ける。


 「そりゃあ、そうだが。無一文の女子供から金をむしるもんじゃねえんだよ。他にむしるやつはいくらでもいるんだから。どうせお前、復讐の依頼に全財産はたいてたんだろ?」


 そう言って今度は怪訝そうな視線をおっさんから、リザに投げ返す。リザは非難の対象が自分に来るとは思っていなかったのか、少し焦ったような表情をしていたが、やがて困ったように頬を掻き出した。


 ……憶測ではあったが、やっぱり、こいつ持ち出した全財産はたいてやがった。知識もあるし賢いはずだが、思ったより後先考えてないやつだな。まあ、復讐を自分の目の前で達成させようとするやつだ、今更か。


 「で、要点はそこだ。改めまして、リザ様。報酬の件でお話をよろしいですか?」


 「あ……はい、お願いします」


 おっさんはそう言うと、途端に変に畏まって居住まいをただすと煙草と新聞を脇に置いて懐から随分と大きな袋を出した。


 大きめの袋が一つと、小さめの袋が二つ。何をしようとしているのかは大体、想像がつく。それにしても、こいつどんだけ偉いとこの出なのやら。それなりに大きな町の権力者だったおっさんは、よっぽどのことが無い限り、こんなには遜らない。


 「先ほど、うちの殺し屋から聞きました。仕事は不十分なものであったと、三つの要件をうちの殺し屋がなすはずでしたが、そのほとんどがリザ様ご自身で行われてしまった。これはこちらの不徳がいたす限りです。なので、事前にお渡していた報酬の一部はお返しすることになります」


 そう言って、おっさんは三つの袋のうち、一番小さい物を俺の手元に落とした。


 「これは実行役であるうちの殺し屋の分」


 そらに二つ目の小さい袋を自分の元に。ちなみにまあ、俺の袋よりかはでかい。


 「これは諸々経費と仲介料として私が」


 それから、一番大きな他の袋の二・三倍はある袋をリザの手元にそっと返した。


 「これは依頼を遂行できなかった分です。なのでお返しいたします」


 そんなおっさんをリザはどこか信じられないとでもいう様に眺めていた。


 それを見て改めて思い知る。金が返ってくるなど、微塵も想定していなかったのだこの娘。


 はあ、まさかとは思っていたが、本気だったのか。


 本気で全財産はたいて、後先など考えずやってやがったのか。


 これを返されてなかったら、こいつこれから一体どうするつもりだったのか。


 ……………………。


 まあ、考えるだけ野暮だな。


 先など考えていなかったのだ。


 先などなくてもいいと想ったのだ。


 つまり自分の目の前で殺せ、という命令は。


 要するに、なし終えたら、最悪、自分もその場で死ぬということだったのだ。


 まあ、その場で仮に死なずとも、人生の意義を全て使い果たして、結果的に野垂れ死んでも構わないと思っていたのだ。


 ほんとろくでもない復讐って奴は。


 ただまあ、こうしてあいつの命と金は、結果的にだが残ってしまった。


 リザ本人もなんやかんやであの瞬間では死に損ねた。それどころじゃなかったんだろうがな。


 ざまあないなとは思わなくもないわけだが。ただまあ、それはそれとして、言わなければならないことが一つある。


 「とりすぎだろおっさん」


 俺はそう言って、おっさんがとった金の袋を指さした。


 なにせ、どう見ても、総量の二割は持っていっている。俺の口約束では桁を二つ下げるはずだったから、本来、俺とおっさんの取り分は、全部を100とするなら、よくて1か2だ。あれじゃあ、20は持ってってる。俺んとこが10だから……リザには70返った計算か。まあ、おっさんの商売にしては、それなりに良心的ではあるけれど。全財産はたいた女子供にやっていい商売ではないとは、やはり思う。というか10と20でも普通の殺しの依頼の十倍は平気である。


 「ざけんな、これ以上減らしたら赤字だよ」


 「いや、馬代込みでもそこまではならんだろ……」


 なにせ元の金額が馬鹿みたいに大きいのだ。今俺が抱えている中身だって、袋大きさの割にやたらと重い。仕事前におっさんが言ってたが、普通にこれで年単位で仕事を止めても支障がない。


 「先行きの収入が減るんだ。これでも釣り合い取れてないくらいだよ」


 「はあ……? おっさんの商売の先行きがこれと何の関係があるんだよ?」


 「大ありだばーか。人の気も知らねえで。親の心子知らずなのは何年経っても変わんねえなあ」


 そう言いながらおっさんは唾を飛ばしながら、俺にがなり立ててくる。ああ、スラム育ちはこれだからいけないや。声がでけえしきたねえし、耳を塞いでないとやってられない。あんまり見苦しいから、お嬢様が楽しそうに笑っちまってるじゃあねえか。まあ、俺もスラム育ちなんだがね。


 「残念、俺、親いないんでわかんねえわ」


 「うるせえばーか、俺が居なかったら野垂れ死んでたくせに。ほら、それ食ったら支度しろ。今日一日は寝てていいが、明日には出発の準備を始めろよ」


 「…………出発? なんのことだよ」


 鼻をふんと腹だし気に鼻を鳴らすおっさんを見て、俺ははあと首を傾げる。


 にやりと笑った笑みがどことなく不安でぞわりと背筋がざわめく。リザは困ったように笑っているが、なんだか嫌な予感がしてならない。


 「ああ、そういや言ってなかったな。お前、もうここらじゃ仕事出来んぞ? 何せすっかり有名人になったからな、え? 『


 そう言った後、おっさんは俺の膝に新聞を投げてよこした。


 …………はあ?


 訳も分からないまま、膝に乗せられた新聞を手に取って捲ってみる。



 ―――見出しにはでかでかと『『英雄殺し』により惨殺! 鋼腕のルドウィック堕つ!』……と書かれていた。



 ………………はあ?


 「…………………………」


 「色々と隠ぺいしてはいたんだがなあ、さすがに今回のは無理だった。お前ら二人連れで消えたのは明らかだったし、やった相手が前回の戦役で大層活躍した御仁だったからな、話題性も抜群だ。しかも滞在した時期が長かったから人相書きまで出回ってる始末だよ」


 「………………マジで言ってる?」


 「マジもマジの大マジだ。しかも過去の仕事も洗われて、大層な持ち上げようだぞ。まあ、そこで過去の事件としてあげられてる中のお前の仕事は……よくて四割ってとこだけどな」


 「半分強別人じゃねえか……」


 どうにも胃がきりきりと痛みだすのを感じていた。


 これ、仮に誰かが復讐で俺を襲ってきても、六割くらいの確率で、謂れのない恨みになってしまうわけだ。理不尽だ、勘弁してくれ。


 「まあ、お前の仕業もそれなりの数だからな。そこまで間違ってるわけでもない」


 「無駄な恨みに違いはねえよ……」


 そうやって溜息を付く俺に、おっさんはげらげら笑いながら、事の顛末をべらべらとしゃべくり倒す。


 一体、どれほど俺の所業が知れ渡ったか、ついでにどれだけの冤罪を背負い込んだか。まあ、20人殺そうが、30人殺そうが、五十歩百歩に違いはないんだが。恨みを買う相手が増えようが、顔も知らない神様の教えの中で地獄の深さが変わろうが、もはや知ったことじゃない。というか、路傍の石にそこまで背負わせないで欲しいもんだと想うわけだが。


 ただ同時に、ああとも得心する。


 「…………今回の仕事が終わったらしばらく休めって言ったの……ここまで見越してやがったな……」


 俺の言葉におっさんがゲラゲラと笑い返してきた。非常に腹が立つ、殴りたい。


 「ああ、察しがいいようでなによりだ。まあ条件的に顔が割れるのはわかってたし。お前の名前も、そろそろ変えて誤魔化すには限度があったからな。『溝鼠』も使い始めて結構立つだろう? 三年くらいか?」


 そう言っておっさんは、俺の気など知らずに、楽しげに笑っていた。こんにゃろう、他人事だと思いやがって。


 しかし、これはいくら報酬がそこそこあったと言っても、今後生活厳しくならねえか?


 「まあな。しかし、……ほとぼり覚めて仕事始めるまで、どんだけかかんだよ……ったく。これ数年で戻れるか……?」


 そんだけ離れると、仕事の勘を取り戻すのも難しくなる。はあ、途端に先行きが不安になってきたもんだ。やっぱ報酬下げるって言ったのは間違いだったかもしれない。まあ、今更言ったところでどうにもならんだが。


 そうやってため息をついて顔を上げると、リザがどことなく申し訳なさそうに顔をうつ向かせていた。


 ああ、そうか。そりゃそうだな。こんな話を目の前でしちゃあ罪悪感が湧いちまうわな。俺はやれやれと肩をすくめる。


 復讐に取り憑かれていたころと比べて大人しくはなったけれど、強引さもついでになくしてしまったようだ。


 さあ、なんと声をかけてやればいいものか。お前のせいじゃない……は、違うしなあ。気にしなくていい、もなんか違うし。お前が気負っても何も解決しない……は、冷たすぎる気もするが。……それにしても、なんで俺はもう終わった依頼人にこんなに気を遣ってるんだか。


 何度目かもわからないため息を吐いたところで、おっさんと目が合った。


 どうにかしろよと目線で訴えてみるけれど、おっさんは眼を閉じてゆっくりと首を横に振るだけだった。


 はあ……ったく。これだからがさつなおっさんは―――。



 「ああ、お前は




 そう、言った。



 「………………あ?」




 口から零れた言葉なんでか妙に熱を持っているように感じられた。



 おっさんが何を言おうとしているのかは、よくわからない。



 よくわからないが、その言葉は聞いてはいけない。



 何故だかは、わからないが。



 そんな気がした。



 「知ってるとは思うがリザ様はやんごとなき身分の方だ。これから不逞の輩に狙われることもあるだろう。国外への逃亡の際にどうしても信用できる身辺の警護が必要だ。だから―――」



 「おい―――」



 おっさんがどうにもらしくない、朗々とした言葉を紡いでいるのを無理矢理断ち切る。



 だがおっさんは、そんな俺も無視して最後まで言葉を垂らし続けた。



 「だから、お前はもうこの街から離れろ。そんでリザ様と一緒に―――。



 よその国で



 ―――---。



 「何言ってんだ?」



 そう尋ねた。




 「言ったとおりだ。殺し屋なんて辞めて、ボディガードでもしてろ。数年たってほとぼりが冷めたら、あとはそこに根を下ろして。普通にくらせ」



 「だからさあ…………、何言ってんだ聞いてんだよ」



 声に、怒気がこもり始めた。



 「今、言った通りだろうが。もうお前にここらで仕事なんてできねえよ。顔の割れた暗殺者だぞ―――お前」



 おっさんは、嘲るように俺を見た。




 喉の奥が熱くなる。




 「ああ、そうだね。だがな―――俺は殺し屋だぞ? 薄汚い人殺しだ、普通になんて生きていけるわけねえだろうが。それにボディガード? 俺のことを、騎士様か英雄か何かと勘違いしてねえか?」



 腹が、立っている。



 今、この瞬間、鼻を鳴らしてこちらから視線を逸らしたこの男が。



 このおっさんが。



 何よりこいつが告げた言葉そのものが。



 無性にむかついて仕方がなかった。




 「俺が殺し屋以外なんてできるわけねえだろうが」




 「俺がそんな―――『普通』になんて、生きていけるわけねえだろうが」





 「俺は、俺はさあ、あんたの息子を殺した『人殺し』なんだぞ?」

 




 「俺がそんな風に、幸せになんて生きていけるわけ―――ないだろうが」

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