第14話 殺し屋と復讐

 「よう兄ちゃん、わりい深酒しちまった。水持って来ててくんねえかな。おぅええ…………」


 「はいはい持ってきますよ。汚れるんで、店の外で吐いてくださいね」


 「おう……すまんね、わりい、お前らちょっと……出てくる」


 「だっはっは、珍しいじゃねーか隊長。リザちゃんに振られでもしたかーい!?」


 「お前らとは違うっての、ったく、うぇ…………」


 「はーい、ささと外行ってくださいな」


 「はっはっは、兄ちゃんすまねえなあ、うちの隊長がよ」


 「いーえお気になさらず、じゃあ、俺は水持って追いかけますんで、みなさんはごゆっくりー」


 「おう、隊長によろしく言っといてくれ、またブランデージョッキに入れて待ってるってよ」


 「まーた、潰れますよ……ったく」


 店を出て空を見上げた。


 綺麗な星空だ、綺麗の月が出た満月の日だ。


 そういえば、満月の日は魔女が出るとかおっさんが言っていたっけ。


 普段はそういうの大して信じもしない癖に、なんでかその話だけはやけに真剣に喋っていた気がする。


 昔、魔女に腕を焼かれて大やけどをしたとかどうとか。ちなみにおっさんの腕に火傷の跡なんて一つもない。


 まあ年食っていると色々あるんだろう。今回のあついらの隊長も、まあ上の仕事で色々とあったのかもしれない。深酒をする理由なんて、当人にしかわからないもんだが、なんか上司とのやり取りで嫌なことでもあったのかね。それか本当に女にでも振られたか。


 水を瓶にいれて持っていくと、路地の隅っこで、かの英雄はぼどぼどと吐しゃ物をまき散らしていた。これは水の瓶一つじゃ足りねえな?


 俺は軽くため息をつきながら、俺は背を向けてうずくまる近くまで歩いていく。


 あと数歩ってところで、男はこっちをばっと振り向いた。


 急に振り返ったもんだから、俺は思わずおおうと身を仰け反る。


 「ああ、悪い。つい癖でな、背後に立たれると警戒しちまうんだ」


 そう言うと、男は軽く笑った後、またげぼげぼと吐き出した。


 大層な警戒心だと呆れながら、俺はそっと水を差しだす。


 背中でも撫でてやろうかと思ったが、そのままゲボの海に背負い投げでもされそうなのでやめておいた。


 「英雄さんも大変ですね、はい水。レモン絞っといたんで、ちっとは気分がマシになるかも」


 「まじっかあ、助かる……いやあ、さすがに飲み過ぎた」


 そう言うと男は地面に腰を下ろして、俺が渡した水を呷った。俺は男が巻き散らかしたゲロをみながら、どうしたもんかなと首を捻る。さすがに店の近くにこれを置いとくの、きたねえしなあ。土でも掘り返して埋めとくか、臭いが残らないといいんだが。


 「まあ、大丈夫ですけど。加減は考えてくださいよ。さすがにうちのお嬢にこれの世話をさせるのは気が引けるんで」


 おれはそういってから、近くに置いてあった木片でがりがりと土を軽く掘る。そこらへんの木片の割に、似たよう汚れがついてるから、恐らく俺と同じことを考えた奴がいるのだろう。つまりこの近辺にはゲロが大量に埋まってるわけだな。あんまり想像したくねえ。


 「たはは……リザちゃんにその世話は確かに悪い……いや、でも美人にゲロの世話されるのも、それは乙なもんだが……」


 「…………勘弁してくださいよ」


 これ以上、要らんストレスをかけたくないんだが。はあと軽くため息をついて、とりあえず掘れた穴に英雄のゲロを流し込んでいく。英雄のゲロも当然人と変わらぬただゲロだ。まあ、そりゃそうだがな。


 「……ふう、ところで兄ちゃん、結局リザちゃんはどこのえらいとこの娘なんだい?」


 水を軽く飲み終えた男は少しだけ息を吐いて、そんなことを聞いてきた。


 俺はやれやれと軽くため息をつきながら、ゲロを埋める穴に蓋をしていく。


 「…………気づいたんですか? 本人には言わないでくださいね、あれでも結構、町娘のふり頑張ってるんで」


 「はは、いやあんな器量と頭のキレる子、町にいねえよ。んで、どこの子なんだい? 隣町か、隣国か、どこぞの令嬢か、はたまた……姫か? 聖女か?」


 「…………前も他のやつに聞かれましたけどね、俺は知らないですよ。仕事で世話してるだけですし」


 「あら、そうなんか? 一緒に住んでるっつーから、てっきり駆け落ちかと。なかなか度胸のある兄ちゃんだなって、一目置いてたんだぜ?」


 「そりゃあ、残念、目の置き損でしたね。残念ながら雇われです」


 「そうかあ、そりゃ残念。正体を知られたからには生かしておけねーとかないのか?」


 「ないですよ、腕っぷしに自信はないんで。それに仮にそうでも、あんたをやれる人なんてそうそういないでしょ」


 「っはっはっは、買ってくれるのは嬉しいがね。兄ちゃん、英雄なんぞ名前よりは泥臭いもんだぜ? 俺なんか、前の隣国との戦争の時、将軍と一騎打ちしたんだが、二回もこけちまったのに、そのたび見逃されちまってよ。最後は足でけり上げた砂で目くらましして勝ったんだぜ? 勝負なんてその瞬間にしかわからんもんだよ」


 「だからって、俺があんたに勝てるなんて万に一つもありませんよ。それより、ゲロ埋めるの手伝ってもらっていいですか?」


 「おう、わりいなあ。うぇ……」


 「ああ……また。仕方ない。水持ってくるんで、そこで待っててください」


 「おう…………すまん」


 「ああ、そう言えば想い出したんですけど、さっきそちらの兵隊さんが呼―――」







 男とすれ違う時に、振り返りざまに後頭部を狙った小剣が折れていた。



 さっきまで木片を持とうとしてはずの奴に、腕の小手を使って、背後からの一撃を防がれた。というか叩き折られた。



 根元から折れた神授の剣のレプリカってやつが、俺の手から零れ落ちる。ああ、やっぱり鈍らだなこれ。



 溜息を付く前に、二の手で懐から抜いておいた小剣を、奴のわき腹に向けて突き通す。入ったと一瞬確信するが、瞬時に固い何かに防がれる。



 男が即座に脇と腕を閉めて、鎧の継ぎの部分を挟んで防いだのだと知る。



 しかも、そのまま身体を捩じって剣を折りにきたので、諦めて持っていた小剣を手放した。



 腕と胴の鎧板で挟みつけられた小剣が、飴細工みたいにぐしゃりと曲がる。



 やれやれ正気かよ。二つ名は覚えちゃいないが、剛力とかそんなんだろうなあ、一体その怪力で戦場で何人吹っ飛ばしてきたのやら。



 軽くため息をつきながら、捩じり終わった奴の背中にそっと手を添える。剣を折るために咄嗟に捩じられた身体は、それ以上は同じ方向に回らない。



 伸びきった筋肉は反動が付けられないから、簡単な力でその動きを止められる。



 このまま刺す? 無駄だ。鎧の隙間なんてそんなわかりやすいとこ、わざわざ狙わしてなんてくれやしない。



 なので、背中を押さえたまま、空いた手で奴の肩を掴んだ。そのまま重心を崩すように、こっちの体重ごと下に滑り落とす。合間に足を払うのも忘れない。



 普通の組技は大前提がある。「俺はこけないがお前はこけろ」だ。



 ただまあ、そんなもともな技は、ある程度体格が同じだから効くのであって。



 俺みたいなちっこい体に非力な奴では、こんな大柄で鎧を着込んだ奴を一方的にこかすことなんて、できやしない。ましてや相手は歴戦錬磨。



 だから、一緒にこけてやる。



 俺とあいつの重心を一体化させて、二人合わせて無理矢理転ぶ。鎧につぶされないようにだけ注意しながら。



 さあ、一緒にゲロダイブでもしゃれ込もうぜ。



 埋めかけの土くれの中に二人揃って肩を浸す。酷い匂いがするはずだが、熱を帯びた脳みそは、そんな不必要なもん処理してくれない。上に打ちあがった最初の剣の切っ先が懐を掠めたが、そんなもんも気にしてられない。



 半端な奴ならこけた時点で隙を作ってくれるんだが、まあ、そこは期待薄だな。



 二人揃って地面にしこたま肩を打ち付ける。ただ、背中側から落ちた向こうの方が若干だが動き出しが遅い。



 狙いは首だ。さっきはわき腹を狙ったが、よっぽど深く刺さないと、鎧の隙間から致命傷を入れるのは難しい。兜は外してるから頭も狙えるが、頭は動く、避けられる。確実に行くならやっぱ首だ。



 こけながら懐から三本目の小剣を抜いた瞬間、全身が怖気だった。



 慌てて丸まるように身体をひっこめた。


 瞬間、さっきまで俺の頭があった位置に、鉄塊じみた小手付きの腕が裏拳の要領で振り下ろされる。



 ただ、寝転がりながら振り向きざまに裏拳をかましただけだ、しかしそれだけで地面に異様なへこみが残る一撃になる。頭なんぞあったら赤く潰れること請け合いだ。



 奴は転がるようにして、続けざまに逆側の腕をこっちに振り回してくる。ただ若干狙いがずれているから、これは避けなくても俺の頭の上を掠める程度で済んだ。



 何とか這い上るようにして奴の身体にかじりつく。



 死に掛けの敗残兵みたいに、這いつくばりながら奴の首に縋りつく。



 振りかぶっている隙はないから、刃を寝かせたまま首へと向けて、刃先と柄を両手でつかんで無理矢理に奴の首に押し付ける。





 切れ目が入る。




 血が滲む。





 あと一押し。





 刃先を持つ方の手が、刃に食い込んで血が滲むが、そんなの知ったことじゃない。





 片手の先が潰れようが構やしない。今、こいつを殺して命が拾えるならそれでいい。





 奥歯が噛み割れるほど噛みしめた。





 

 細腕にあらん限りの力を込めた。







 骨がきしむ、筋が千切れる。






 眼前が揺らぐ、視界が滲む。






 死ね。





 死ね。





 死ね死ね、死んでくれ。






 くそったれ。首に力とか込めてんじゃねえよ。抵抗なんかしてんじゃねえよ。さっさと死ね。






 頼むから、さっさと死んでくれ。







 頼むから。






















          土が見えた。






              あ?






      頭が揺れる、視界が淀む。







    なんだ、  吐きそうで、       全身が震えて気持ち悪い。







      あ、やばい。






殴られた。





         あの鉄塊みてえな馬鹿力で。





   マウントとってんのに、その下からの一撃なのに。





 頭が、       潰れかねないほど殴られた。




          指が震える。




     剣に手を伸ばすが力が入らない。



ごぼりごぼりと口から何かが漏れ出している。




         平衡感覚が全部壊れて、どっちが上かもわからない。





 「いやあ、マジで死ぬかと思ったぜ」





 「文字通り、首皮一枚だな。本当にあとちょっとで死んでたよ」





 「すげえな、兄ちゃん。さすがは『英雄殺し』だ。あんた界隈じゃちょっと有名だぜ? 顔は知られてねえが、酒場や便所や、ふと気を抜いたときに死神みてえに殺しに来る凄腕だってな」





 「まあ最初は気づかなかったんだがな、あの嬢ちゃんを不審にばっか思っちまった。なにせあれは本当の上玉だ。それがなんでこんなとこにってな。ただ、それにしちゃあ妙だと想ってよ。あの嬢ちゃんの出自は確かに気になるが、どうにもそこに眼が行きすぎる。まるでに誰かにそう仕組まれているみてえな感じがした」





 「そんで考えた。やべえのはほんとは兄ちゃんの方じゃねえかってな。そう仮説を立てて、酒場でのあんたの振る舞いを注意深く観察してきた」





 「そのおかげで気づけたよ。いやあ、実際大したもんだ。わかってなかったら、あの初撃は絶対防げなかった。それにしてもいつもは懐に四本、剣を入れてたろ? それが今日は三本じゃないか、もう一本はどうしたよ」




 「なあ、兄ちゃん、そろそろ頭はまともに戻ったかい? 話、聞こえてるよな?」




 奴は俺に跨ったまま、俺の小剣をこっちの首に当ててそう尋ねてきた。




 吐きそうだ。脳みそが揺れるのもそうだけど、頭につくゲロの臭いも、この他人に好きなように命を握られている瞬間も。




 なにもかも吐き散らかしてしまいそうだ。




 「なあ、兄ちゃん。依頼者は誰だ、あの嬢ちゃんかい? それかもっと上の奴か? あんたは生かしておいてやる、喋りな」





 切っ先が俺の首筋にじわりと当たる。痛みより熱が滲むように湧いてくるだけだ。



 切っ先はどうしようもなく熱いのに、胸から下は急速に血が冷水にでも入れ替わったみたいに冷えていく。




 「信用の問題で言えねえか? ……それならうちの斥候として働くかい? いい機会だ、殺し屋なんぞ足を洗っちまいな。俺は結構、あんたのことは買ってるんだ。腕がいい、考え方も結構、俺好みだ」





 そう言ってやつは、さっきまで殺し合いをしていた割に、どこか楽し気に笑いかけてきた。



 人懐っこい笑みで、首筋から血を垂らしながら、酒場で見たのと変わりない顔で笑いかけてきやがる。



 ああ、もう、これだから英雄って奴は気持ち悪い。



 人に好かれ、人を取り込む。皆に望まれ、皆を望む。



 普通はできないようなことを平然とやってのけやがる。



 この状況で、狙いに来た暗殺者とかスカウトするか普通?



 はあ、ろくでもねえ。


 

 というか、まあ、正直、正体がバレてる時点で勝負なんて端からついていたようなものだ。



 

 俺は所詮、不意打ちが仕事の暗殺者、まともな勝負になった時点でこんな化け物どもに勝ち目なんかありはしない。




 初撃が防がれた時点で、即逃走が正解だったわけだ……。




 「どうする、兄ちゃん。十秒だけ答えを待つぜ」




 首筋には元俺の剣、命の危機に変わりはない。



 神授のレプリカは根元から折れてやがる、何より遠い。



 奴に挟まれてひしゃげた一本も、俺の手からは遥か彼方。まあ、手元にあったところで、あれは使い物にはならないだろう。



 万事休す。打開手なし。



 窮鼠は猫を噛むものだが、溝鼠にだって嚙める時と噛めない時がある。何より猫が鎧を着てたら、噛んだところでこっちの歯が折れるだけだ。




 どうしようもねえなあ、これ。




 俺は諦めて両の手を上に上げた。





 「降参だ。好きなようにしてくれ」





 そんな俺の言葉に、対面の英雄は酷く嬉しそうに顔を綻ばせた。


 ああ、ほんと気持ちわりい。



 「賢明だぜ、兄ちゃん。いや、『英雄殺し』か。まあ斥候としては名前がちょっと仕事に不向きだがなあ」


 俺はため息をつきながら、奴から目線を逸らして自分の懐のうちに残ったものから目を逸らす。



 「名乗った覚えがない。というか、俺がその『英雄殺し』とやらの保証もない。誰かの他の仕事かも知らんぞ」


 「まあ、かもな。だが、通り名っていうのはそういうもんだ。巷で、ふと気を抜いた瞬間に訪れる死神のような理不尽な死、そこに時々現れる影。手練れだっていうのは仕事を見たらわかる、兄ちゃんがその何件かを担ってるのは確かだろう。まあ、いろんな噂の集合体かもな、もしかしたら」


 「じゃあ、俺じゃねえかもしれねえじゃん……」


 「そうか? てことは、逆に名乗っちまえばあんたが『英雄殺し』だよ」


 「そうやって名乗る時点で暗殺者としては破綻してるよ」


 「はは、確かに」



 そう言ったあと、英雄は俺の上からゆっくりと身体を退けると、ふうんと軽く鼻息を吐いた。



 「じゃ、改めて仲間に紹介と行こうか」



 そう言ってから俺を立たせると、無理矢理にその鎧で肩を組んできた。俺は軽くため息をつくと、ゆっくりと懐に手を伸ばした。












 人には必ず隙がある。



 どんな奴だって、常には警戒してはいられない。



 例えば、酒場で人の喧嘩を眺めてる時。



 例えば、好きな相手と抱き合った時。



 例えば飯を食ってる時。



 例えば。



 





 懐に手を伸ばした。




 さっき、丁度、もみ合いの最中に俺の懐に落ちてきた。




 最初に折れた剣の切っ先。



 それを―――。



 奴の―――。



 鎧の、隙間から――――。








 「兄ちゃんは、もうちょっと利口な奴だと想ってたぜ?」







 

 

 ―――ああ、俺もだよ




 俺の切っ先が奴の脇に刺さるその前に。




 奴が持っていた剣が俺の肩に突き刺さっていた。



 

 腕が振り切られる、その前に、筋肉が断裂して強制的に腕の動きを止められる。




 「ほんっと……何やってんだろうなあ、我ながら」




 肩の痛みに叫び出したいのを抑えながら、倒れないように、どうにか足を踏ん張った。







 「あ?」








 「なあ、








 剣が。




 刺さっていた。




 奴の、後頭部に。




 弱弱しい少女の手によって。




 しかしそれでも両手で無防備なその場所を、全力で突いてしまえば誰だって、英雄だって死んでしまう。




 力も要らない。技術も要らない。ただその瞬間さえあればいい。




 類まれな剛力も、堅牢な鎧も、張り巡らされる警戒心も、大勢いる奴の仲間も何もかも。




 その瞬間をついてしまえば、何一つだって役には立たない、誰だって死んでしまう、女子ども一つの手で。路傍の石のような一撃で。




 全部が全部、台無しだ。ものの見事に、あっけなく。


 


 その剣は、神授の剣。




 どこぞの国の神様から授かったとか言う、由緒正しき王政の剣……の、少年製のレプリカだった。




 いやあ、軽くなるように造っといてもらってよかったな。




 女子供でも扱えるくらい、まあ、目の前でやるって条件だったから、こういうことも想定……は、正直してなかったが。




 うまいこと、役に立つもんだ。さすが、少年。いい仕事だ。




 軽く息を吐きながら、奴を支えていた力を抜く。




 あまり大きな音が立たないよう、奴の身体をそっと下ろした。




 指先一つだって動いてない、間違いなく即死だ。




 自分の肩に刺さった剣を抜きながら、俺は軽くリザに声をかけた。




 「大丈夫か?」




 そう問うてこそみたけれど、肝心のリザは剣を取り落として震えるながら泣いていた。まあ、声を上げてないだけ、上等だ。


 いったいいつから俺たちの戦いを窺っていたのやら、奴に肩を組まれた時、陰から剣を構えて出てきたときは冷や汗かいた。まあ、うまいこと気を引いて、とどめを刺すことはできたわけだが。


 少女は死体に向かって何かを言おうとして、わなわな口を動かすけれど、うまく動いてはくれていない。


 恨み節でも言いたかったのか、それとも亡きお兄様に復讐の報告でもしたかったのか。


 わからいままに俺はリザの手を引いた。



 「逃げるぞ、街の外れにおっさんが馬を用意してる」



 リザはぼろぼろと零れる雫を零しながら、俺は肩の血が地面に落ちないように服の裾で縛りながら。



 満月がぽっかりと浮かぶ、夜の街を二人でひた走った。



 街の外れで紐に繋がれた馬を叩き起こして、そのまま星と月の光だけを頼りにして街道に向かう。




 しばらく走って、もう街からすっかり離れてきた頃に。




 後ろで俺の身体に手を回して落ちないようにしていたリザが、急に泣き声を上げだした。




 ただかまってやるわけにもいかない、逃げれる所まで逃げなければ。




 満月の夜、馬の背に二人乗りながら。




 少女の泣き声と、蹄の音だけを聞いていた。




 肩の傷は何故か不思議と痛まなかった。

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