第12話 少年と英雄-Ⅱ

 次の日、僕は路地のすきまから丘を伝って、見知らぬ人の家の屋根に上った。


 そこからスラム街を見渡して、傭兵もどきのやつらを探した。


 やつらはよく表通りにつながる路地のすきまに陣取っている。表通りで盗みを働いてきたやつから、わけまえを奪うためだ。


 僕は気づかれないように、屋根の上からじっとやつらをかんさつした。


 それから、えいゆうが言っていたように『すき』を探した。


 あいつらの力が、にんすうが、たたき合いのうまさが、なんの意味もなくなる瞬間を。


 やりかたはどうしよう。


 上から飛び降りてぼうでなぐる? そのあと囲まれたら意味がない。


 パチンコか何かをつかう? ねらいがそれたら意味がない。それにパチンコはそんなに痛くない。


 つるで首をしばる? 目にすなをかける? 足でこかんをける? さかみちでおもいっきり背中を押す?


 考えた。考えた。どうすれば、どうすればあいつらを痛めつけられるだろう。


 えいゆうは、一度痛めつければ充分って言ったけど、僕はそうは思わなかった。


 だって一度、やったらやり返される。だったらもう二度とやり返されないようにする必要がある。


 もう二度と、僕の、僕達の目の前でコインを振りながら、表か裏かではしゃいでいるあいつらの顔を見たくない。


 だって殴られるのはいたいから。


 だって蹴られるのは辛いから。


 だって食べ物をうばわれるのはひもじいから。


 だって棒で殴られるのは苦しいから。





 だって殺されるのは。





 怖いから。





 何度も。



 何度も。



 あいつらが殺してきた人を。



 殺されてきた友達を。



 僕は、僕達は。



 ずっと。ずっと。



 見てきたんだから。



 頭から血を流した人を見るたび、喉の奥が破けて千切れてしまいそうだった。



 骨が折れる音を聴くたび、叫んだのに喉が震えて声も出なかった。



 小剣でめった刺しにされた友達を見るたび、自分の頭にも何かが刺さったような気がして、抉るような痛みがずっとずっと残ってた。


 

 寝てるうち、自分が剣で刺される夢を、僕の目の前でコインが裏返るその夢を。



 何度、何度、見てきたんだっけ。



 だから、僕は。



 やるしかないんだ。



 僕が殺されないために。



 あいつらを殺すしかないんだ。



 そうかんがえた。



 そう決意した。



 方法は石がいい、そう想った。


 簡単だし、どこにでもあるし、高いところから落とせば人は死ぬ。


 加えて、ぼくがやったとは絶対バレない。もし運がよければ、二・三人は殺すことだってできる。


 狙った場所は、やつらがよくたむろする、街の丘に面した路地の隙間。


 街を見下ろす広場から見下ろした、丁度下の、ちいさなたまり場。


 丘の上から石を落とす。崖みたいになってるから、あいつらは直前まで石が落ちてくることなんて気づかない。


 あいつらがいない時間に何度も試す。どこから、どれくらいの石をおとしたら、丁度あいつらの頭がある位置にきれいにおちるか。


 僕の小さな腕で精一杯抱えるだけの大きさの石を、何度も、何度もころがした。


 何週間もかけて、ようやくそのいちを確かめる。


 僕の腕一杯ほどの石を、丘の斜面からそっと転がす。


 コツはあまり押さないこと、重さに任せてころころときれいにころがるのを待ち続ける。


 何度も何度も転がしたから、石はすっかり丸くなって、丘の斜面にもちいさなみぞができていた。


 だから綺麗に転がっていく。ぼくの狙った場所にあいつらの頭がいつもある場所に。


 決行を決めたのはよく晴れた日のことだった。


 土が乾いて、石がよく転がる日。


 暑さを避けようとあいつらは崖にめんした日陰の場所によく居座っている。


 屋根を伝ってあいつらが、たむろ場に入って、狙った位置に腰を下ろしたのを見届ける。


 それから一目散に丘の上に走った。


 いつもの場所、いつものいち。


 決まったたみちに、なんども転がした石を、そっと転がす、ただそれだけ。


 息が浅くて、ほそくて、とぎれそうになる。


 指がふるえて、目もふるえて、気をぬいたら吐きそうになる。


 こみあげてくる吐き気をおさえながら、力加減をまちがえないように、爪一つ分だってずれないように。


 汗が額からおちて目を滲ませる。それをぬぐって、浅い呼吸のまま、ふるえる肺を、ちぢむ心臓を、どうにか、どうにか、ふるいたたせる。


 やれ。


 やれ。


 やれ。


 食いしばった歯がおれそうになる。


 もし失敗したら。そんな想いに身体が食いつぶされそうになる。


 剣でさされる夢をみた。


 コインの裏が出る夢をみた。


 いつかのせいけんのえいゆうが、僕に掛けた言葉を見た。



 死んでしまう、僕を、見た。



 指でそっと石を押した。



 ごとんと。



 石が転がる。



 ごとんごとんと。



 なんども聞いた音が僕の目の前で鳴っている。



 だんだんだん、はやく、はやくなっていく。



 やがてごろごろとごろごろと転がっていく。



 そこまで来て僕は慌てて走り出した。



 ここにいてはいけない。



 だれかが石を落としたことに気が付いて、ここまで登ってくるかもしれない。



 逃げろ。逃げろ。



 バレてはいけない。



 殺される。



 逃げろ。逃げろ。



 僕がしたことを知られては誰にも行けない。



 走った。走った。



 息が切れるほど。



 汗が渇くほど。



 喉が渇いて、涙が渇いて。



 喉も、目も、肺も、心臓も、なにもかも、なにもかもが痛みをうったえているのに無視して走った。



 ここにいてはいけない。



 バレてはいけない。



 だって死にたくない。



 だって痛いの嫌だ。



 だって辛いのも、苦しいのも嫌なんだ。



 逃げろ。逃げろ。走って逃げた。



 街の反対側まで、もしぼくのことを追ってきた誰かがいても、見つからないようにずっと、ずっと。



 ずっと、ずっと逃げ続けた。


























 そうして、一人の英雄が死んだ。





 彼は聖剣の英雄と呼ばれる、災禍の国をうち滅ぼした唯一無二の存在だった。


 そんな彼は、ある日、生まれのスラム街を訪問していた際に、落石からスラム街の子どもをかばって死んだ。


 後頭部に落石が直撃し、ほぼ即死だったと思われる。


 竜を屠り、闇を断ち、魔の一撃に耐えたはずの彼は、なにげない落石一つであっけなくその命を落とした。


 事後、状況を検分していた彼の所属していた騎士団は、石が何度も何度も丘の上から転がされた形跡があったことから、これを計画的な暗殺と断定。


 敵対する傭兵団、敵国の暗殺者、彼に恨みをもつ貴族など多数の人間が嫌疑に掛けられ、そのうちとある貴族が状況証拠不十分ではあったものの処断された。彼は英雄の活躍を目の敵にし、何かと嫌がらせをしていたことで有名だった。


 聖剣の英雄の養父ということで、町長となっていた男は、後ろ盾を失くし以降失墜。スラム街に身をやつすことになる。


 時期を同じくして、スラム街に少しだけ彼の死を悼む金が流入し、少しだけ住民の暮らし向きがよくなる。


 数年後、聖剣の英雄を奉る像が建立され、街を臨む広場に建てられる。かの聖剣は街の象徴として保管されるが、未だに彼と同じように異能を扱うものは現れない。


 英雄がかばった少年たちは数年後、傭兵としての初陣に出る。が、そのさいに、装備が壊れことごとくが不幸の死を遂げる。英雄の遺した意志として期待していた街は多くの悲嘆を背負うことになる。まあ、数か月もすれば誰もが忘れてしまったけど。


 さらに数年後、英雄の日記が公開されその中に、自身の死を臨む文や、『災禍また現れる。聖剣の担い手がいるから』など不可解な文章が見受けられ、物議をかもす。


 ただ、既に終わった伝説の疑惑は、数年もすれば語り草から落ちてしまい、彼の縁者が少し記憶に止めるだけとなる。


 



 そうして俺は殺し屋となった。





 『濡鴉』『油虫』『雨蚯蚓』『溝鼠』。



 おっさんに拾われて、数年に一度、名前を変えながら、生きるため、飯を食うために人を殺した。



 人を殺すたび、あの時の自分が抱いていた恐怖が、何度も何度も蘇ったが。



 何度も何度も蘇っているうちに、やがてそんなことも忘れてしまった。



 そうして俺は生きるため、飯を食うために、血も涙もない殺し屋になったのだ。




 そうやって何もかもを、今まで台無しにしてきたのだ。






 ※





 朝、起きた。



 リザはまだ起きていない。



 「今日、殺すか」



 独り、そんなことを呟いた。



 早く終わりにしたかった。



 とにもかくにも。



 この仕事を。



 早く。



 早く。

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