第11話 少年と英雄-Ⅰ

 ひとを殺せることにどれだけの価値があるのだろう。


 だれかがしぬことにどれだけの意味があるのだろう。


 スラム街というものは、あたりまえのように人がしんでいく場所だった。


 飯をうばうためにころされる。


 金をうばうためにころされる。


 仕事のためにころされて、しゅみのためにころされる。


 とくに、りゆうもないのに、ころされる。


 数年まえには、このまちをとりしきる、『かおやく』ってい人がいたらしんだけど。


 その人がこのスラム街を見放してからは、それがもっとひどくなった、らしい。おとなたちとか、すこしの背ののびた子どもがそんな話しをしていた。


 ひとをころすのがうまいやつは、おおきくなると傭兵になる。


 手先のきような子どもは、うまいこと鍛冶やのひとにみつかると鍛冶しになれる。


 それいがいは、まあ、スラム街で一生をすごすのがふつうだ。だいたいみんな、病気で、さっさと死んでしまうけれど。


 ひとをころすのがうまかった傭兵は、すごいたくさんひとをころすとえいゆうになる。


 からだがおおきいやつや、ちからがつよいやつはそうやって、自分はえいゆうになるんだと笑ってた。


 からだがよわいやつや、ぼくみたいなどんくさいやつを踏みつけながら。


 そういうやつらは集まって、ぼくみたいなやつらを捕まえては、傭兵になるれんしゅうだと言ってぼこぼこにしてくる。


 まだひとをころしたことが無いやつがいると、『なれるため』といってころさせる。


 ごにんくらい、ひとがいたら、だいたいコインを投げてうらが出たやつがころされる。


 ぼくはそういうめに、ごかいほどあってきた。


 ごかいとも、たまたま、ぼくより前のやつがコインのうらを出したから、ぼくは生きている。


 よくもわるくも、それだけだ。


 たぶん、いつか、ぼくがコインのうらをだす。


 そんなときがを来るのをぼくは知ってる。


 あしたかもしれないし、きょうかもしれない。あさってかもしれないし、一つきごかもしれない。


 なつかもしれないし、ふゆかもしれない。


 でもいつか、その時はくる。


 ぼくのかわりにころされた、ごにんが、そうだったように。


 その時は、いつか、かならずくるんだろう。


 そんなことを、ろくどめのコインで友達がうらをだしたとき、ぼくはずっとかんがえていた。










 ※









 傭兵もどき、とぼくはそいつらのことを呼んでいた。


 傭兵になるれんしゅうといって、いろんなやつらをぼこぼこにするやつら。


 かずがおおいし、力はつよいし、おかげでだれもかなわない。


 傭兵もどきのやつらは、えいゆうのはなしをするのが好きだ。


 今、はやりなのは、少し前のせんそうでかつやくした『せいけんのえいゆう』。


 そのひとはこのスラム街のしゅっしんみたいで、ときどきここに顔をだしていた。


 もう、お金もいっぱいかせいだのに、どうしてこんなところに顔を出すのかはわからないけど。


 ときどき一人でふらーっとスラム街にやってきて子どもたちと何やら話しては、ふらーっといつのまにか帰っていく。


 そんな不思議な人だった。


 いつもは傭兵もどきの連中がとりかこんで、今度のせんそうの話をせがむ。他の子がえいゆうの近くに行こうとすると、えいゆうに見えないところでこっそりと、そいつらをぼこぼこにして独占する。


 そんなだから、ほっとくとえいゆうは、傭兵もどきたちにかこまれてずっとスラム街で過ごすんだけど。


 たまにするーっとそこからも抜け出して、僕やほかの力のない子どもたちとお話をしたりしていた。


 自分のせたけほどもおっきな剣をせおって、綺麗なカッコをしているものだから、このスラム街ではすごく目立っている。なのにどうやってか、傭兵もどきたちをこっそりまいて、僕たちとはなしができるのかいつも不思議だった。


 それを一回聞いたら、えいゆうは「君たちが使う隠れ家を僕も昔よく使ってたからだよ」といった。たしかに、からだの小さな子しか入れない、路地の隠れ家でえいゆうはよく僕達とであっていた。


 えいゆうはたまに、自分がたべているごはんをわけてくれる。ぼくたちじゃ、とても買えないような、表通りのろてんにうってる肉まんとか、クッキーとか、にくぐしとか。


 それがうれしくて、けっきょくのその隠れ家でも、こどもたちはえいゆうに群がってしまう。


 それから、こどもたちはえいゆうに話を聴く。


 せんそうのはなし……は、傭兵もどきたちがしていて嫌いだから、違う話。


 どこのくににいったーとか、どこのものをたべたーとか。


 となりの河のくにには、国中に張り巡らされた河があってみずに困らないとか。


 となりの森のくにには、木の上に家が建っていてそこでひとばんすごしたとか。


 となりのかみさまのくにには、かみさまをまつる像があって、それがめちゃくちゃおおきかったとか。


 そんな話をきいていた。


 でもでもやっぱり、みんなさいごには、えいゆうの戦いの話をききたがった。


 どくりゅうの首をきりとばしたお話を。


 万のけものをうちはらいつづけたお話を。


 ひと月ものあいだ、さいかの国で戦い続けたお話を。


 将軍との一騎打ちの話をするのが、えいゆうはすきだったけど、こどもたちはみんなきらいだった。


 だって、あんまりえいゆうらしくない。


 てきの将軍の剣が重すぎて、五回も吹っ飛ばされた話とか。


 自分の剣が重すぎて、三回もこけて、そのたびに首が飛ばされそうになった話とか。


 それでも立ち上がって、ふらふらになりながら、最後の一撃でなんとてき敵の将軍の首を切った話とか。


 りゅうを倒せるえいゆうが、人間の将軍にくせんするなんて、うそっぽい。


 それになにより、かっこいいはずのえいゆうの、どうにもしまらないかっこわるい話が嫌だった。


 それを伝えると、えいゆうはこまったような顔をして笑ってた。そのかおが、まるでふつうの人みたいで、みんなあんまり好きになれなかった。


 えいゆうは、かっこよく、つよくて、むてきで、みんなの憧れで。


 だというのに、その瞬間だけは、どうにもそうじゃあないみたいで。


 一度だけ、ぼくがかくれがで独りで座っていたら、えいゆうがきて、ぼくのとなりにこしをおろした。


 それから、まわりをしばらく見て、だれもいないことを確認してから、二人でぼそぼそと話をした。


 そのときは、なんでかめずらしく、えいゆうのはなしじゃなくて、ぼくのはなしばかりをしていたっけ。


 なんでないてるのとか。


 あいつらがこわいとか。


 もういやだ、おなかへったとか。


 いつか、コインのうらがでたらぼくは死んでしまうんだとか。


 そんなはなしをしていた気がする。


 どうにかしてよ。えいゆうなんでしょ。


 そんなことを言った気がする。


 えいゆうはこまったように笑った後、背中の大きな剣を正面にかまえると、それをじっとながめてから話をしだした。



 ごめんな、僕はずっとはこの街にいないから、君の助けにはなれないんだ。



 あの子達にも話をしたけどね、どうにも聞きやしない、よくよく聞いてみたら、近くの傭兵崩れがあの子たちに要らないことを吹き込んでるみたいだし。


 それにあの子たちは事実として強くなって傭兵になるから、誰も止めない、止められない。この街が、この世界が、そういうものをまるで歯車の一つとして望んでるみたいでさ。


 昔は僕の養父がこのスラム街とりしきってくれていたから、少しはマシだったんだけど。僕の仕送りで生活がよくなって、とうとう町長になってから、スラム街のことはちっとも見向きもしなくなってしまったんだ。


 だから、ごめんな、僕には君は救えない。


 …………一つだけ、気休めにいいことを教えてあげる。


 君はあの子たちのことが怖いだろう。なんでだい?


 力が強いから? 一杯いるから? 怖いことをするから? 武器を持ってるから?


 なるほど、確かに怖い。一歩間違えれば殺されてしまうよね。


 でもね、君から反撃することだってできるんだ。


 どうせ力で負けてしまう? そうだね、じゃあ力で勝負しなければいいんだよ。


 僕が最初に戦場で戦った兵士は、他の兵士との戦いに夢中でそもそもこっちを見ていなかった。


 僕が一騎打ちした将軍は、聖剣の光に目が眩んで、一瞬僕から目が離れた。


 僕が知り合った中で一番強かった槍使いは……酒場の裏で酔っているところを、後ろから酒瓶で殴られて死んだ。


 どんなに凄い武器を持っていても、どんなにすごい力をもっていても、どんなに重い鎧を着ていても、どんなに周りに仲間がいても、どんなに斬り合い上手くても。


 それが意味がない瞬間ってのは絶対あるんだ。


 その瞬間を見極めるんだ、あいての腕っぷしが、握っている棒きれが、周りにいるたくさんの仲間が、そいつを守れない瞬間を、ずっとずっと探すんだ。


 それはどこかに必ずある。


 その瞬間、君にはすごい力も、大層な武器も、おおげさな名前も必要ない。


 小剣一つ。酒瓶一つ。石ころ一つ。


 たったそれだけで君は誰かを倒すことができるんだよ。


 …………それでも『聖剣の英雄』は倒せないだろって?


 ……はは、そんなことね……ないんだよ、実はね。


 ……これ見える? そう剣の内側に打ち込まれてる。そう、その板。


 それがね、聖剣の『本体』なんだ。周りのでっかい剣はタダの見せかけ。普段は重くて僕なんかの力じゃ使い物にならない。


 昔、冒険をしてる時に、とある人に渡されてね『人の願いを叶える』ものなんだって。よくわからない? はは、僕もよく分かってない。


 よくわからないけど、とりあえずわかることはね、この剣は『化け物を相手にしてる時しかちゃんと力を発揮しない』ってこと。


 しかもその化け物も、どうもこの剣から…………いや、この話はまあいいか。


 とりあえず、僕が竜を切れるのは、相手が竜だからだ。人外の化け物相手でしか、この剣は本気を出さない。


 なんで将軍相手に、あんなに苦戦したか、わかっただろ? でもあれは唯一、僕だけの力で勝った戦いなんだよ。……いや、目くらましは使ってるから、厳密には僕だけの力じゃないけど……。


 とりあえず、まあ、その気になればね。君にだって僕は殺せるんだよ。


 だって君は人外の化け物じゃない、ただの人間の子どもだからね。聖剣も本気を出してくれない。


 わかったろ、聖剣の英雄だって、つけ入る隙はある。その気になれば、君にだって倒せるんだ。


 スラム街の子どもくらい、なんてことはない気がしてきたろ?


 一回ね、手痛い反撃をすればそれでいい。


 最初は怒って、もっとひどいことをしてくるかもしれないけれど、一回、痛いことをされたって記憶は絶対残る。


 そうするとね、君には手出ししにくくなる。


 だからやってみる価値はあると想うよ。


 僕も昔はいじめられる側だったけど、そうやって反撃したもんさ。


 それで必ずしもうまくいくかは……ごめん、わからないけど。


 …………じゃあ、僕はそろそろ行くよ。


 あ、そうだ。できたら……でいいけど、この剣の話は秘密にしといてくれると助かるな。


 この世の中で、僕と君しか知らない秘密だからさ。


 じゃあね、ばいばい。


 また会える時まで、元気でね。

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