第10話 少年とおとぎ話

 「過去に下らない意味をつけるな」というのが、うちの斡旋屋のおっさんの口癖だった。


 人を殺した後に、俺が暗い顔をするたびに、そう言って、露店のパンと茶を押し付けてきた。暗い顔をするのは腹が減ってるからだと、勝手に決めつけてきるのもよくセットになる。


 曰く、既にしてしまったことは帰ってこない、まして俺に仕事をしない選択肢などないわけだったし。今日の飯を食うために人を殺す、それはどう頑張っても抜けられない歯車の一つでしかないのだ。


 だから、下らない意味をつけるなと。精々、ありがたく感謝して飯を食って金を貯めろと。


 それがおっさんがよく口にする理屈だった。


 過去に意味はない。してしまったことはしかたない。他に選択肢もなかったのだし。


 だから精々ありがたく飯を食う。それだけだと。


 路傍の石の人生とはつまり、そういうことだと。


 俺はよくその顔を無言で眺めていた。


 ―――自分の子どもが死んだあんたは、それをどんな気持ちで俺に言ってるんだと。


 もう二度とこの世には生まれない宝石を、路傍の石に砕かれて、あんたは何を想っていきてるんだよと。


 そう想うことは何度もあったけど、それを口に出せたことはついぞ一度もなかったな。


 ある日の就寝間際、仕切りの向こうから響くリザの静かな寝息を聞きながら。


 そんなことを考えていた。




 ※




 ある小さなまちに、『えいゆう』がいました。


 聖なる剣をえいゆうは冒険のはてに見つけ、それを生まれこきょうの鍛冶屋できたえ直し、まさにえいゆうと呼ばれるにふさわしい力を手に入れたのです。


 聖剣のえいゆうとよばれるその人は。


 とうじ、周辺のくにからとてもとても恐れられていた『さいかの国』との戦争のせんとうにたって戦いました。


 『さいかの国』はその名の通り、おおきなわざわいを兵器としてまわりの国へとしんりゃくをしていました。まわりの国たちはめつぼうを待つばかり。


 でも、せいけんのえいゆうが現れてからは、じょうきょうは一変しました。


 東にしんりゃくしていた、どくの竜はえいゆうとのしとうの末に打ち破られました。


 南にひらいしていた、おぞましいまぞくたちの群れはせいけんの光によって浄化されていきました。


 西をおそっていた、おびただしいかずの万の獣は、せいけんによってことごくが切り殺されました。


 北のすべてを終わらせようとしていた闇は、えいゆうが七日七晩戦い、最後の朝にようやく空の闇が払われました。


 そうして全てのさいかを打ち払い、えいゆうは進軍します。


 しゅとのてまえで残った国の軍の将軍と一騎打ちをして、軍は戦うことなく敗北をみとめました。


 さいごのさいご、しゅとの空をおおった無数の竜があらわれました。そして、およそひと月にわたってたたかい続け、さいごのりゅうの首をおとした時、ようやく戦争は終わったのです。


 なにも知らない人は言うでしょう、この世にりゅうなどいるわけがない。


 なにも知らない人は言うでしょう、この世にせいけんなんてあるわけがない。あいつはこの世で一番のペテン師だと。


 だけど、どれだけ馬鹿にされたって、どれだけ嫌なことを言われても、せいけんのえいゆうとともに戦った兵士たちのしんらいはゆらぎません。


 たとえ、それがどれだけ夢物語のようだとしても。


 彼らは事実としてそのこうけいを見ていたのですから。


 目の前で打ち払われるりゅうの姿を。


 そして何よりをそれをうちはらいつづけた、せいけんのえいゆうの姿を。


 かのえいゆうとともにたたかった、たくさんの兵士たちが、戦士たちがその証人なのですから。


 これはまるで、おとぎ話のようなれきしのお話。


 たったすうねん前におこった本当のはなし。


 このまちで、えいゆうが生まれたお話。






 そしてこれは、さいごにぼくが―――どこにでもあるような、石ころみたいなそんなぼくが、ぜんぶぜんぶこわしたお話。


 なにもかもがだいなしになった、そんなお話。

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