第4話 殺し屋と依頼人

 自分の仕事は好きかと聞かれたら、「嫌いだ」と迷いなく答えるだろう。


 ただ、この仕事をしているうちに、高揚感というか、感情が昂る瞬間はどうしても感じてしまうのも確かだった。


 歴戦の勇者が、無敵の英雄が、高名な将軍が。


 俺みたいな適当な石ころに殺される様は、愉快で痛快だ。


 嗤い転げたくだってなるさ。


 いつかの憧憬が心に写る。


 輝かしいばかりの名前も知らない英雄の姿が。


 いつかの光景が瞼に映る。


 無力で哀れな少年のくだらない一撃で何もかもを台無しになる様を。



 俺はずっと心に映したまま。


 

 「注文は二つ。その剣神授の剣であいつを殺すこと」



 今日も息をする。



 「そして、私の――—―であいつを殺すこと」



 ああ、今日も世界は下らない。


















 ※



 待ち合わせの貸馬屋について一目見た瞬間に、とりあえずまずいと思った。


 そこは街道の中間にある、比較的さびれた村。


 そこに薄茶色のローブをまとった待ち人が立っていた。


 立っていただけだ。話し掛けてはいないし、確認も取ってない。


 だけれども、そいつが待ち人であることはあまりにも明白だった。


 貸馬屋なんていうのは、大概の人間が、用さえ済んだらさっさと旅に出ちまう場所だ。当然、大概汚いし大した掃除もされてない。ある程度金があるやつはそもそも自前の馬を持ってるから使いもしない。


 ましてここはあまり人通りの多い街道でもない。そういった人間が来る可能性はさらに低くなる。当然、そんなところで小綺麗な奴は嫌でも目についてくる。


 そいつが着ている薄茶色のローブは、地味目な色で顔を隠して目だないようにしよう……という配慮の賜物だろうけれど。残念ながら、その配慮はちょっと想定が足りてない。子どもがこっそり家の戸棚で猫を飼って親にバレないと想ってるくらい、考えが足りてない。


 なにせあまりにも


 それだけだ、でもそれがあまりにも致命的だ。


 しかも遠目に見てもわかるが、あれはきめ細やかな工芸布だ。何処の誰があんなもんを、風除けの外套なんぞにするものか。勿体ないにもほどがある。なんにしても、とりあえずさっさと安全を確保しないと依頼どころの話じゃない。


 呆れをどうにか抑えながら、俺は路地の裏から小さな小石を放り投げた。


 最初はそいつは飛んできた小石を不思議そうに眺めていたが、こちらに気付くととことこと無防備に歩いてきた……。本当に大丈夫だろうか。


 「あなた―――『溝鼠』であってる?」


 まだ人目があるのに、通り名なんぞ口にしないで欲しいものだ。


 俺は軽くため息を吐くと、手招きをしてそのまま路地裏に歩いて行った。


 小綺麗なローブのそいつは、俺の後ろをとことこと歩いてくる。


 ……こいつ、俺が追い剥ぎか強姦魔だったら、どうしてたつもりなのだろう。


 一応、数件ある家の隙間に入って、周りに人の気配がないことだけを確認してから足を止めた。


 それと同時に茶色のローブも足を止める。少しだけ、緊張にも似た感情が、ローブの向こうから伝わってくる。


 俺はとりあえず息を整えながら、言葉を吐いた。言葉尻に苦々しさが混じるのは少し勘弁してもらおう。


 「……依頼人、でいいのか?」


 「ええ。やっぱりあなたが『溝鼠』なのね?」


 若い女の声を聴きながら、俺は渋々頷いた。あまり好きじゃないのだ、その通り名は。


 「どうして、依頼人が私だとわかったの?」


 「…………格好で丸わかりすぎる。そんな小綺麗な格好をした旅人はいない」


 俺の返答にローブが驚いたようにびくりと揺れた。機嫌が悪くなって言葉尻に怒りが滲んだから……とは思いたくはないのだが。


 「そう……、案外難しいのね。平民に扮するのも」


 「……悪いが、後で少し着替えてくれ。一応、知り合いに言って服だけは見繕ってある」


 俺がそう言って、ため息をつくと、ローブの向こうからむっとした感情が伝わってきた。顔が見えなくてもそれが解る感じが、どうも……あれだな。うん。


 「必要? 結構無理言って作らせたのよ、このローブ。宮廷御用達の職人に頼んだんだけど」


 「…………さっき、あんたのことをこっそり窺ってた人さらいの集団がいたよ……」


 今のところこの路地に気配はないが、一つ道を抜けたら囲まれてたなんてオチも正直ありうる。それくらいには、眼はつけられていた。


 「…………そ、そう。でも……」


 「……そこが飲めないんなら、この仕事はなしにしてくれ」


 俺が最後にそう言うと、ローブの女は黙って肩を落とした。やれやれ。……というか、察しはついていたが随分と身分の高い奴が依頼主になったもんだ。


 世間知らずというか、住んでいる世界が違うというか。


 気も、我も強そうなのが、余計不安をあおってくる。


 はあ、無事に終わるといいんだけどな。


 「とりあえずここは危ないし、宿をとってあるからそっちに場所を移す。異論は?」


 「………………ない」


 明らかに渋々と言った感じだが、どうにか主導権は渡してくれた。


 はあ、この手の交渉事は苦手なんだ。基本的に俺の仕事は斡旋屋のおっさんに任されるものだから、依頼人と顔を合わすなんてこともほとんどなかった。


 本当に何から何までとんでもない依頼だ…………。




 そうして、あまり人目につかないよう、宿の裏口から部屋に戻った。


 安宿だけど、部屋の音が漏れない程度には壁がしっかりしている。


 その分、色んな取引に使われる場所だから、あまり宿全体のガラはよくないのだが。


 俺が連れ込んだこのローブにも、宿の主人は何も言わず部屋に通してくれた。多分、逢引きか何かと思われたのだろう。まあ、仮に誘拐でもあの主人気にせず通し層ではあるが。


 とりあえず部屋のカギを閉めてから、俺は自分のローブのフードをとった。


 女は最初部屋の汚さにでも嫌がっているのか、少し困惑したような感じだったが、やがて意を決したように椅子の一つにどかっと座った。


 安物の椅子がぎしっと軋む。それを見ながら、机を挟んで俺も対面の椅子に腰を下ろした。


 「じゃあ、改めて。あんたの仕事を受けたものだ……念のためだが、あんたが依頼したおっさんの伝言を聞かせてくれるか」


 「『三時から四時の間に休憩』……これどういう意味?」


 「ただの符合合わせだ、意味なんてない。……ただ、まあこれで改めて確認がとれた。じゃあ、仕事の話をしようか」


 俺の言葉に女はこくりと頷いた。


 「相手はここから二つ離れた街の軍団長。名前は……『ーーー・ーーー』。依頼金は……—-。で間違ってないか?」


 「ええ、大丈夫」


 低く、でも確かな声で女は頷いた。


 「オーケー……で、ここからの詳細なんだが。……条件があるんだな?」


 俺はそう口にしながら少年に仕上げてもらった、小剣のレプリカをそっと机に置いた。女はそれをしばらくじっと見た。そのまま検分するように何度か剣を見ていたが、やがて納得したように頷くとそっと剣を机に置いた。それから何かを決意したように顔を上げた。


 そうすることで、ローブの中からあまり垣間見えていなかった、素顔が少しだけ窺えた。窺えてしまった。


 「注文は二つ。一つはその剣神授の剣であいつを殺すこと」


 はあ、わかってはいたがろくな仕事じゃない。


 「そして、



 さらりと流れるような金の髪。


 整いすぎるほどに傷一つない白い肌。


 血の色をそのまま溶かしたような赤い瞳。


 この国では紛れもなく貴人の象徴。


 選ばれた一握りの宝石のような人種。


 そしてその凛とした全てが、震えていた。


 燃えるような怒りに。


 堕ちるような憎悪に。


 


 「これは私の―――復讐なのよ」

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