第2話 殺し屋とおっさん

 何日か経って、生まれ故郷のでかい街に戻ってきた。今回は、えらく長旅だったから、正直それだけで骨が折れた。その上、あまり報酬もいいものでもなかった。


 久しく戻ってきた自分の部屋で軽く、ひと眠りだけして街を回ってから、生まれの貧民街に戻ってきた。


 ここは傭兵と鍛冶師の街、鉄と血と、おやじどもの匂いがきついそんな街。



 「ほい、次の仕事だ」


 その街の沿革にある貧民街の路地裏で、俺は仲介役のおっさんから汚い紙束を受け取っていた。


 描いてあるのは、人相書きと名前、主な徘徊場所と依頼料。


 要するにまあ、殺しの依頼の紙束だ。


 場末の酒場が巻いてるチラシの裏に、おっさんの汚い字で書かれたそれを眺めながら俺は軽くため息を吐いた。


 「また、どこぞの英雄様か……」


 「まあ、英雄なんぞ、街が違えばいくらでもいるからなあ」


 書かれているのは、ここから三つほど離れた街の軍団の兵団長。何をどうしたの噂が軽く書きこんであるが、正直、あまり興味もない。


 なにせこの手の話は、ありふれているというか、なんというかパターンがある。


 どこぞの強い奴と一騎打ちで勝っただの、劣勢でうん十人に囲まれて尚生き残っただの、どこそこの将軍に一目置かれてるだの。正直、ありふれている。一つの街では価値の高い宝石も、広い世界では所詮量産品だ。


 ただ今回の英雄様は、前の隣国との戦争で結構な戦果を挙げたということだった。大層な褒章も貰ったし、それ相応の実力もあったのだろう。


 結構でかい戦争だったから、まぐれで生き残って戦果を挙げたとも考えにくい。つまりまあ、骨のある方の量産品なわけだ。


 嫌だねえ、勘弁願いたい。


 溜息を着く俺の前でおっさんは汚れた煙管を吸いながら、軽く曲がった鼻をこっちに向けた。


 その鼻に促されるまま、紙束を読み進めて、はてと腕を止める。一応、他の誰にも見られてないことを路地の地べたに座りながら警戒しておく。


 一応、誰もいないことを気配で確認してから、おっさんを藪にらみする。声は少し抑えながら。


 「なんか妙に……報酬高くないか?」


 「ああ、向こうがいくつか条件つけてきたからな。必要経費だって言って分捕った。向こうも景気よく払ってくれたよ」


 いつもの依頼とはいささか……というか桁が二つも違う。どういう理屈だ。政府の要人の暗殺ってわけでもないし。


 このおっさんのやってる暗殺の斡旋屋の依頼料は時価だ。要するに、相手をおっさんが値踏みして報酬を決めている。


 つまりそれだけ金をふんだくる相手は、大体金持ちというのが相場が決まってるわけだ。ただ、それにしても、ここまでの高額は見たことが無い。


 しっかし、英雄様を殺すのなんてただでさえ大変なのに、めんどくさい条件を出すと言うのが、いかにも金持ちっぽい注文の付け方だ。あの人らは、権威だ、作法だ、聖地だの、歴史だの、どうでもいいことにばかりこだわる節がある。前の戦争も確かそういう理由でおっぱじまったんじゃなかったか。


 どんな意味を勝手につけようが、人が死ぬことに変わりはないっていうのにな。


 俺はおっさんに指さされるままに、紙を一枚軽くめくった、さっきとは打って変って清廉な字で書かれていた。紙の質も明らかに違うが、そこはおっさんが上手く紙を汚して誤魔化してる。元はさぞ綺麗な依頼書だったのだろう。


 その手紙を軽く眺めて、はあと思わず口を曲げる。


 「何だこれ、何の意味がある」


 「俺も知らん。ただ、まあ注文だからな、仕方ない」


 ひらひらと首を横に振るおっさんを横目に、俺はさらに口をへの字を曲げた。


 描かれていたのは、王宮の画家に描かせたんじゃないかってくらい精密に描かれた一つの小剣の図面。


 そして手前の紙にはおっさんの汚い字で、「これを使用して仕事を行うこと」と書かれている。


 「これ……剣の調達も俺がするのか?」


 思わずそう問うた俺におっさんは軽くこちらに目線を向けてくる。


 「ああ。俺がしてもいいが……お前、嫌だろう? 武器を他人に選ばれるの」


 「………………まあ」


 その図面には色彩や、重さ、縮尺に至るまで、えらく緻密に描きこまれてあった。再現可能な職人は当然そこそこ腕がよくなくてはならない。


 「ちなみに、『とある国の神授の剣』……の模造品だそうだ。一応、レプリカそのものは貰ってる……まあ、言っちゃあ悪いがこんなんで人は殺せねえがな」


 そう言っておっさんは、懐から油紙に包まれた小剣をすっと出した。油紙をそっと解いて中身を見ると、いかにもな丁寧な装丁がちらっと見えた。それは確かに、今持っている紙に描かれたものと同じものだ。


 わざわざこれで殺ることに意味があるらしい。嫌だねえ、政治的な匂いがぷんぷんする。どこぞのえらい方なら、そんな高尚なことに路地裏の殺し屋なんて頼らないで欲しいものだ。


 しかも軽く手渡されたその宝剣の柄を握らされて、想わずうえっと顔をしかめる羽目になった。


 小剣の癖にくそ重い。しかも、触っただけでわかるが重心がめちゃくちゃで、鋼鉄としての精度も甘いというか、本当に鉄か? 儀礼用の別の金属だろこれ。耐久も甘いから、恐らく想定している使い方をすると簡単に曲がる。加えて取り回しもしにくいときている。本当に装飾用の剣って感じだ。


 ……多分、本業は鍛冶師じゃない誰かが創ったのだろう。よくて銀細工の職人か誰か、意匠自体はシンプルなのがせめてもの救いというか。まあ、控えめに言ってこれで人を殺すのは骨が折れる。まだ割れた酒瓶の方が、注目されない分やり易いまである。


 はあ、東の国には、偉い神官はペンを選ばないと言う諺があるらしいが、こちらとら凡百な殺し屋なのだ。使う武器くらい選びたい。


 「…………自分で用意するよ」


 「ま、俺もそれがいいと想う。前金はふんだくっておいたから、それで鍛冶師に言ってこい。ああ……念のためだが、あんまりでかい鍛冶屋で頼むなよ」


 「わかってる、…………そうだな、裏通りのいつものとこで頼んでみる」


 「お前、あそこの剣好きだなあ」


 おっさんも正直、困っているようで、一緒に軽くため息をついた。まあそれでも、積まれた金の分は仕事をしないといけないのだ。


 俺は渋々そのレプリカと依頼書を懐に入れた。


 「で、条件の二つ目だが―――」


 「……まだ、あんのかよ」


 言われるまま紙束の次をめくる……が、特に何も書かれていなかった。場所や時間でも描いてるのかと思ったが、まあ、そんな証拠に残ることわざわざ書いて残さねえか。


 おっさんが軽く手招きしてきたので、俺は小銭を出すふりをしてそっと握った掌を出した。おっさんはそのまま、俺の手を取ると、指で手のひらにすらすらと文字を書き連ねた。


 おっさんが、本当に誰にも聞かれない時のためだけに使う暗号だった。


 使われるのは、仕事の進行、あるいは依頼者の素性に関わる致命的な情報を扱う場合のみ。


 しばらくおっさんの乾いた指が掌をなぞるのを感じながら、俺は段々と嫌な汗がじわりと滲んてくるのを感じた。


 内容に、思わず絶句する。


 「……正気かよ」


 「ああ、だから桁二つ違ったろ? 剣で桁一つ。それで桁二つだ」


 一応、確認のために、俺はおっさんの指に文字を描き返した。伝達ミスってこともある、ただ、おっさんは間違いないという風に確か頷いて返すだけだった。


 「……冗談だろ」


 「…………まあ、その分の報酬の多さだ。この仕事が無事終わったら、しばらくゆっくりして暮らせ。それくらいの金にはなる」


 「……無事終わったらな」


 ため息をついた。何度目かもわからないため息だ。お陰様で、胃がきりきりと痛んで仕方ない。


 ただまあ、やらないという選択肢がないのも事実だった。それくらいには、依頼の報酬は法外なのだ。前金まできっちり払っていると来ている。


 何件か仕事をこなすための確認と伝手を頼んでから重い腰を上げる。


 「おっさん、解ってると想うが。俺は無理そうだったらこれ、投げるぞ」


 「構わん、これに関しちゃ向こうの無茶だ幾らでも言い逃げてやる」


 「なら、安心……ってならないのが怖いとこだな……」


 去り際におっさんが少し大きめの革袋をそっと俺の手に乗せてきた。


 前金兼必要経費ってことだろう、想ってた三倍は重いから、これは金貨まで入っているとみた。本当に……ろくでもない仕事を引き受けたかもしれない。


 「…………じゃ、剣の調達にいってくる」


 「おう。……あ、そうだ―――」


 踵を返したところで、おっさんは想いだしたと言うように、俺を呼び止めた。


 ただ、質問の内容は振り返るまでもなく、解ってる。


 たまさか想いだした体で言ってるが、実際にはおっさんがそのやり取りを忘れたことは一度もない。


 何度となく繰り返し慣れたやり取りだ。


 「―――最近、よく夢は見るか?」


 いつもの問い。


 「よく見るよ」


 いつもの答え。


 「何を見た?」


 いつもの疑問。


 「覚えてない。大体そうだろ」


 そして、いつもの返し。


 毎度毎度、去り際だったり、出会いがしらだったり、仕事の話の途中だったり、よくわからないタイミングで聞かれる。そんな恒例の問いを、俺は欠伸をしながら返答を終える。


 ああ、胃が痛い。頭も痛い。


 おっさんの言うように、この仕事が終わったならしばらくゆっくり過ごしてみようか。



 ………………。



 一瞬だけそう考えてから、俺はため息を吐いて、その考えをごみ箱に捨てた。


 全く何考えてんだ。くだらねえ。


 そうやって気が緩んだ奴から死んでいくのだ。


 というか、まあ、そうやって気が緩んだ奴を今まで散々殺してきたんだ。


 どこで誰が死ぬかなんてわかったものではない。


 人が死ぬのに意味も、前触れもないのだから。


 当然それは俺も同じだ。


 通りすがりの少年とすれ違う時に、懐の小剣を握りしめながら、そんなことを考えた。

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