殺し屋男と台無し少女

キノハタ

第1話 殺し屋と標的

 何かを『台無し』にするのが好きだった。


 なんで暗殺なんてものを生業にしだしたのかと聞かれたら、そう答えるしかない。


 とある勇者が積み上げてきた功績が、培ってきた信頼が、磨かれてきた武装が、鍛え抜かれた肉体が。


 たった一つの油断で、何もかも全部台無しになる。


 途方もなく手が届かないくらいに恵まれたそいつらが、俺のような木っ端にも満たないくだらない奴に、少し不意を突かれただけ死んでいく。その様があまりにも滑稽だったから、俺はこの仕事を始めたのだろう。


 路地裏のおっさんに拾われた物乞いの餓鬼が、二十と数年。


 最初に殺したのは傭兵団の一人の男。


 その次は、とある軍の兵士。


 期待の新入り。熟練の老兵。異国の武芸者。町一番の力自慢。異名持ちの遍歴騎士。あとは西の方から遠征に来ていた、どこかの国の英雄。


 仕事の数は、しめて四十と七人。


 依頼の数は百と五十三。


 実現が困難だったり、金銭関係がはっきりしなくて、実際に受けたのは、六十四回。


 途中で依頼人が消えたのが、十二件。


 依頼の時点でそもそも嵌められてたのが、五度。


 やりそこなって諦めた奴は記憶の中じゃ一つだけだ。


 暗殺、という界隈の中では、充分上々な方だ。


 まあ、暗殺稼業が上々な時点で、世の平穏には何も貢献してないわけだが。


 まあ、そんなことはどうでもいいし。


 世の中がどうなろうが俺の知ったことじゃない。


 そんなことを考えながら、いつものように、俺は標的の後ろにぼんやりと立った。


 ここは砂漠の西にある商人の街、その中央通り。


 活気と金と、砂の匂いに満ちたそんな街だ。


 夕暮れももう随分前で、すっかり日も落ちたそんな頃。


 荒くれの多いその界隈じゃそこそこ人気な、酒屋の店の軒先。


 いつものように酔っぱらいが喧嘩を初めて、それを腕っぷしの強い店主が叩きだすのが恒例だ。それでも尚、笑いながら喧嘩をするのが日常だ。


 何度となく繰り返された日常と喧騒の中、喧嘩を囲む人混みができた、そのタイミングで。


 俺はそいつの肩に軽く手を乗せた。


 ぽんと軽く、友人が誰かを呼び止める、その程度の力で。


 手に乗せる指の一つまで、殺気が零れないよう慎重に、それでいて自然に。誰も彼もが目の前の喧嘩と喧騒に、意識を飲まれたそんな隙間。



 そいつが何気なく振り向く。



 その動きに合わせる形で、俺も身体を捩じる、丁度バランスを崩した片方をもう片方が支えるみたいな恰好になる。


 そして、その身体捩じれの内側にローブに隠した小剣をそっと



 後は簡単で、反射的に仰け反らないよう肩を軽く押さえたままにする。



 そうしてうっかり転んだかのように、軽く体重を乗せて小剣を押し込む。



 背中のほぼ中央、肩甲骨の内側からやや下の部分。



 筋肉の流れに逆らわないよう、刃は寝かせて可能な限り抵抗がないように押し込んでいく。



 肋骨と肋骨の隙間。



 頑強に鍛え抜かれた筋肉の間を縫ってその奥の肺腑と心臓へ。



 小剣は敢えてすぐは引き抜かない。ただ、柄の部分を軽くいじって、



 理解が及ばないままにそいつの身体がビクンと痙攣した。



 これでもう終わりだった。


 

 そいつは突然のことに声すら上がらず、身体が振り向ききってないから小柄な俺の顔すら伺えていない。



 俺はそのまま、膝を少し落として、そっとそいつの体重を受け流す。



 大きな音が鳴らないように、酔っぱらいがうずくまっていくかのような速度でそっと倒す。



 まあ、十秒もすれば、誰かが気づいて声をかけるだろうが、その頃にはもう俺はとっくに人ごみの中だ。


 

 こうしていつものように、あっけなく仕事は終わる。後金がちゃんと受け取れれば記憶に留めておく意味すらない。



 やられたあいつからは、何をされたかもわからないだろうし、あいつの仲間も気づいたときにはもう手遅れだ。



 それは、灰獅子と呼ばれた英雄で、ある戦場では三十人の兵士をたった一人でなぎ倒した、らしい。まあ、良くある話だ。



 その剛腕は、大剣を振り回し、相手の鎧を引き裂き、人を小石のように吹き飛ばした―――――と、されている。まあ、今となっては語る意味もない英雄譚だ。



 積み重ねた経験も、鍛え抜かれた肉体も、豪華絢爛な武具たちも。



 時と場所を選ばなければ何の役にも立たない無用の長物に過ぎない―――だから俺みたいな路傍の石みたいな奴にこうもあっさりと殺されてしまうのだ。



 こうやって―――何かを『台無し』にするのが好きだった。



 誰かが必死に積み上げてきた何かが、あっさりと呆気なく、積み上げてきた時間も、価値も、想いも、全部何もかもなくなってしまう。



 小さな蟻の一噛みのような、くだらない綻びで崩れ去ってしまう。



 そうやって――――何かを『台無し』にする自分が嫌いだった。



 なにせ、どれだけ綺麗な何かを壊しても、石ころは結局ただの石ころのままなんだから。



 どれだけ綺麗な宝石を壊しても、俺はいつまでも宝石になんかなれっこないわけだ。


 まあ、それすらどうでもいいが。






 ※





 

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