【完結】父さん…死なないで…父さん、私を許して…

 「正直、危険な状態です。どうぞ何か、話しかけてください」


 言い慣れてるのだろう。医師は、淡々と私に言った。


 私は父に近付いた。


 ー父さん、父さん……おとーーーさーーーん!

 死なないでーー死なないでーー。帰ってきてーーーーーーーー。父さん…

 今まで本当にごめんなさい。父さん許して、ごめんなさい、許して…


 涙なんて流したことなかった。でも今は違う。涙腺が完全に崩壊していた。私は、父さんをこの世に取り戻そうと、必死になって叫んだ。


「すみません、お嬢さん、一旦退室してください。状態を再確認します」


 廊下では、2人の女性が私を待っていた。私の涙は、止まることがなかった。2人の女性の涙腺も、間もなく崩壊した。

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「亜矢子さん、ですか?」 …知らないおじさんが登場した。


「私は、あなたのお父さんが仕事しているホテルの責任者です。救急を呼んだのは私です。今回はこのように残念な…、いや、武志さんは必ず目を覚ますと思っています。それで、このようなタイミングでお渡しするのが良いかどうか迷ったんですが…武志さんから預かっているものを、あなたに渡します。『もし自分に何かあったら、娘に渡してほしい』そう言われて、私が預かっておりました」


 ー 一冊の銀行通帳が差し出された。私の名前が記載されている。何度も記帳したのであろう、黒ずんでボロボロになっていた。最初の入金は去年の9月。以降、週におよそ1回のペースで入金されていた。一番最後、昨日の日付、入金2万5千円。残高、324万2500円…父さんの努力と私への思いが、数字となって示されていた。


 ー と、父さん、父さん、感謝しても足りないよ…私、このお金…使えないよ…どうすれば…でも本当にありがとう、父さん…

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 救命室のドアが開けられた。中から担当医師と何人かの看護師が、ゆっくりと私に近付いてきた。



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死なないで、父さん。父さん、おとうさーーーん! 叙述トリック大好きギャル…満74歳現役女 @tata_tata

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