【その5】ご家族の方、いらっしゃいますか…

 病院の受付で名乗ると、救命救急センター(ICU)に案内された。


 くも膜下出血。開頭による動脈瘤どうみゃくりゅうクリッピング手術が終わったところだそうである。この病気は、死亡率50%、生きていたとしてもさらに20%が後遺症を発症するという説明を受けた。


 私は、まだ状況を理解していなかった。あれほど嫌い、憎んだ父。話すらしなかった私。一方で、し尿処理の仕事とラブホテルの清掃を父が内緒でやっていたという事実…。私の将来に向けた貯蓄…。


「あ、あなた、タケシさんのお嬢さん、…亜矢子さんね」


 廊下の椅子に座っていると、また別のおばちゃんが駆け寄ってきた。


 「あなた、みすずから事情聞いた?お父さんの仕事のこと、理解した?中学生のあなたは混乱すると思うけど、あなたのお父さん、立派な人だったわよ…あっゴメン。立派な人なのよ…」


 さんは、さきほどみすずさんから聞いた話を繰り返した。父さんの、私への懺悔ざんげの気持ち、そして中学卒業以降の私が生活するための貯金…」


 ー ウチのお父さんは、毎日いろいろな女性と、ホテルで遊んでいたって思ってました…。


 「冗談言わないでよ。あたしもも、あなたのお父さんをずっと応援してきたの。でも出来ることは限られていて、せいぜいご飯や汁もの、それとお惣菜を渡すくらいしか出来なかった。でもあなたのお父さん、すごく感謝してくれたのよ…なのになぜ、こんなことに…」


 明美さんは泣きだした。私は初めて知った。そうだったのか…私が食べていた惣菜や汁物のご飯、この人たちが作ってくれたものだったんだ…

 やがてみすずさんも加わり、女3人で椅子に座って、経過を見守っていた。


 「すみません、ご家族の方、おられますか…? あっあなたお嬢さんですね。お入りください」

******************************************************************************

 …医師に呼ばれた。覚悟を決め、救命室に入った。今朝見た父が、鼻や口にチューブのような色々な何かを付けて、眠っていた。


 「手術は終わりましたが、予断を許しません。本人の意識が戻るかどうか…正直言いますと、危険な状態です。お嬢さん、お父さんに呼び掛けてみてください」

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