【その4】あなたの父さん、素晴らしい人よ

 「あなた、亜矢子さんね。あたしは「みすず」と言って、タケちゃん、いや、あなたのお父さんと同じホテルで働いてる従業員なの。今すぐ私の車に乗って。病院へ行くわよ」


 …みすず、何か聞いたような名前…、あっそうだ。あの日、父のスマホに電話してきた女だ。確か私が一方的に電話切っちゃった時の女。


 私は半ば強引に、みすずさんの車に乗せられた。

 片手ハンドルで、みすずさんは運転を開始した。


 「亜矢子さん、あなたのお父さんから口止めされてたけど、この際話すわね。あなたのお母さんが生前働いてたホテル覚えてる?お父さんね、1年くらい前から、そのホテルで夜勤の掃除バイトしているの。昼間はし尿処理の仕事やって、夜間はずっとホテルの掃除だったの」


 …何を言われてるのか、全く分からなかった。父さんが夜勤?ホテルで遊んでたんじゃないの?…えっどういうこと?


 「あなたのお父さん、すごく無理して働いてるのを、周りの従業員スタッフも心配してたのよ。だって、寝る時間がほとんどないのよ。あなたが学校から帰ってきた頃、お父さん、お風呂に入ってたでしょう。あれは、ホテルの部屋に、自分の臭いが付いちゃうのを避けるためって言ってたわ。そして、あなたの夕食の準備ができたら、すぐにホテルに来るの。なるべく多い時間働きたいって。あなたのために、貯金を少しでも多く残したいって」


 みすずさんの目から涙がこぼれ、ハンドルに水滴を付けた。


 …どう受け止めて良いか、分からない…


 「あなたのお父さん、本当に素晴らしい人よ。あなたのこと、いつも言ってた。小さい頃から苦労掛けて、母親も失って、月に1万5千円しか渡せなくて…本当に申し訳ないって…。幸せを与えることができなかったから、自分の睡眠時間を削ってでも、あなたのために貯金をしていたらしいの」


 ………。


 「あなた、4月から高校生よね。高校は義務教育と違い、お金が必要だって。そのための貯蓄を、一番に優先するんだって、よく言ってた」


 ………。


 「お父さん、スマホ持ってたの知ってる?あれはホテルの経営者から持たされたものなの。従業員同士ですぐに連絡できるようにって。この仕事、結構大変で、勤務シフトがころころ変わるのね。だから私も明美あけみも、あっ、明美っていうのは、あたしと同じ従業員ね。私たちお父さんとペアで仕事をするから、今日は何時にホテルに入るのか、お互いに連絡していたの」


 ………。


 「タケちゃんね、あなたにはホテルの夜勤を絶対に知られたくないって言ってたわ。知れれば、さらに心配掛けちゃうからって。あなた、今日まで知らなかったわよね。だからお父さん、この1年間、必死に頑張ってきたんだと思う。あっ…そろそろ着くわ、病院。すぐに行ってあげて」


 みすずさんに礼も言わないまま、私は車を飛び出した。

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