店長さん 🍨
上月くるを
店長さん 🍨
いらっしゃいませ。(*'▽')
お好きなお席へどうぞ~。
ただいま満席ですので、お名前を書いてお待ちくださいませ~。
☆◇さま四名さま、お席が空きましたのでご案内いたします~。
この道六年目のナルミは、自分がAIになったのかと思うときがあります。(笑)
白のポロシャツ、黒のエプロン、頭には水玉もようの三角巾をきりっと締めて。
全国チェーン店共通の制服で、朝八時から夕方四時まで、立ちっぱなしの接客。
最初は足がむくんだり、腰に来たりして困りましたが、いまはすっかり慣れて。
毎朝、一女二男を学校へ送り出してから出勤すると、母親から店長に早変わり。
七時の開店から少人数でがんばってくれていたスタッフに明るく声をかけます。
――大きな声じゃ言えないけど、店長がいないと、店の雰囲気がちがうんだよ。
あんたが顔を出したとたんに、沈んでいた店内に灯りがともるんだよね~。
朝の内は高齢者がほとんどの常連さんにお世辞を言ってもらうこともありますが、まあ、店長というポジションはどこでもそういうものだよねと聞き流しています。
🐹
娘時代、自分がカフェで働いているなど、想像してみたこともありませんでした。
学校の成績も器量もまあまあ、どこといって取り柄のない、ぼうっとした少女で。
そんな自分にも人並みに青い鳥が来てくれるのだろうと、漠然と思っていました。
職場で出会った夫があんなに早く逝ってしまうなんて、そんな不幸は少しも……。
いまのままがいい、なにも変わらないで欲しいと思っても、そうはいかないのだ。
状況はいつだって流動的で、つかまえたと思った青い鳥は、さっと逃げてしまう。
生きてゆく意味を問い直す間もなく、三人の幼子に食べさせなければならず……。
スタッフ募集の貼り紙を見てアタックしたのが、アパートの近くの喫茶店でした。
最初はパートで保育園の送迎に合わせていたのですが、やがて店長を命じられて。
学童や居残り保育をやり繰りしてルーティンをつくり、今日に至っているのです。
🎢
オーダーを客席へ運んで行くとき、トイレへ立った高齢男性とすれちがいました。
いつもナルミの動きを目で追っている、正直、あまり近寄られたくないひとり客。
――よくまあ、そんな細い腰をして……。( *´艸`)
案の定、耳もとに口を近づけるようにして明らかなセクハラ文言を囁いて来ます。
うわ……肌が粟立っても目だけにっこり、こういうときマスクは便利です。(笑)
――あなた、わたしと子どもたちを守ってね。
早く逝った責任とって。(´;ω;`)ウゥゥ
清楚でにこやかな店長がじつは胸で泣いていること、だれにも知られていません。
自動ドアが開きます、いらっしゃいませ~、いつもの本好きなおひとりさまです。
ナルミは素早く店内を見まわしました。
よかった、明るい窓際が空いています。
初老の女性は視力が弱くて、奥まった席では持参した文庫本を読みづらいようで。
「いつも気をつかってくださって……」女性はそっと手を合わせてくださいます。
もうそれだけで十分です。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
だれかと心が通えば、いやなことは帳消し。
爽やか店長にもどったナルミは、厨房のスタッフに「いつものね」と告げました。
子どもたちのために、ささやかな家を買う……それがナルミの当面の青い鳥。🦜
店長さん 🍨 上月くるを @kurutan
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