第7話 もう一度逢えたなら

***


 蒼汰と省吾は約束通り、プレジャーボートによるクルージングを敢行した。


「お兄ちゃん、気持ちいいね!」


 ――どき。


 蒼汰は目線を空に向けて、ビールを呷った。


(カナのやつ、マリンルック似合いすぎ。ずれたショートパンツが可愛いったらねーよ)


「そっか? 僕は慣れているからな」


「感動してるのに! 省吾さんと運転代わる気まるでなし! 飲んじゃって、ヨットから落ちちゃえばいーんだ」


「ははは」


 右手に江ノ島と逗子マリーナ。もうすぐ行くと、灯台を通り越して、実は鳥居がある。

 赤い鳥居の立つ名島(菜島)だ。葉山沖約500メートルに浮かぶ無人島で、龍神が祭られていると聞く。


「カナ、龍神の祠だよ」


 風と波の間を走りながら、蒼汰はカナをデッキに呼んだ。借り物のクルーザーはさすがの省吾の運転で、軽やかに水面を滑っている。


「源頼朝は森戸海岸に別荘を建て、よく来遊した。名島は昔、海岸と陸続きでさ、島には頼朝の泉水と言われる井戸の跡まで残ってる」


「良く知ってるね」


「商売だからな。ディンギーやってるのも観光業の一種だから」


 へええ、とカナが目の中に星屑を溜め始めた。妹の尊敬の目というのは、どうも、煽られる。また甘えた口調で「お兄ちゃん」と言われ、追い詰められる前にと、運転席の省吾に逃げた。


「地球最後の女のエンディングだぜ。あ、おまえ、もう飲んでるのかよ!」


 くううっとクルーザーの操縦舵を握りしめた省吾の前で、壁に寄り掛かって飲むビールは旨い。


「クルーザーに乗ってると、あれ思い出すよ。なんだっけ。パーフェクト・ストーム?」


「ああ、あの、漁船がぺって引っ繰り返る漁業のおっさん船の」


 蒼汰は頷いて、は~と息を吐いた。


「……カナ、やばいよ。どうして水際の女の子ってああ、愛らしいんだ。濡れても平気で喜ぶんだぜ? は~~~~」


「俺から見りゃ、おまえがやばい。っと、そろそろ森戸へ向かうか。こいつ、返さなきゃなんないし」


 一日だけのレンタルのプレジャーボートは逗子マリーナからの貸し出しだ。葉山マリーナのディンギーもそろそろ運ばれているはずで。

 省吾の運転は巧い。先日まぐろ漁船のおっさんたちに誘われていたが、分かる気がする。


(俺も、今夜はゆっくり、頑張らないとな)


 蒼汰はデッキではしゃぐ二人を優しく見詰めた。


 ――このままでいいはずがないから。


〝葉山の奇跡の人魚姫〟

 もう一度逢えたなら、僕はきっと吹っ切れるのに――……と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る