第4話 相変わらずの風巫女教

***

「おまえの妹、可愛いな~。俺、立候補してい?」

「バカ言ってんじゃねーよ。おまえの妹のほうが可愛いって。省吾、もっとタッキング。持ち替えて右舷注意」

 風を睨むと、少々ひねているような雰囲気だ。

「風の巫女がご立腹だぜ。左舷を傾けよう。すなわち、おまえ」

「へいへい」

 ぎりぎりまでクロースホールド(クローズ)「Closehauled」させて、風位(風の吹いてくる方向)に対して最大の約45度の角度で航行する(のぼる)算段を取ると、ヨットは風を受けて、速度を上げ始めた。


「相変わらずの風巫女教」


 省吾はからかうと、ヨットのスキッパー(ヘルムスマン)「Helmsman」(主に舵取りを担当する人員のこと。艇長。ディンギーではメインセールの操作と舵取りの役割を担う)の役割に戻り、海の一員になった。

「だいたい、風が見えるなら、おまえがスキッパーだろ」

「僕は後ろで指示する、裏番性格だって知ってるだろ。率先するより、タイミングを見るほうが好きなんだよ」

 ヨットは軽やかに進み、穏やかな海面で一時止まった。

「ブイ浮かべとけよ」と省吾に指示して、引っ繰り返る。

 頭上には瑠璃の空だ。こんな風に海に引っ繰り返っていると、世界に二人きり(注:僕とカナ)な気がして悪くない。


 ――お兄ちゃん、なんて笑顔で呼ぶな。僕は妹萌えなんだから。知らんぞ。


 と、海面がぱあっと明るくなった。


「やべ、漁船のおっさんとかち合った!」


 大漁、大漁、大漁だぜい~♬ 葉山漁業組合元気~♬ vまぐろに、かつお、なんでもござれ。俺たち最高。ほーいほーい。


 適当な歌詞と歌が聞こえて来る。


「どうりで波が品無く荒れてると思ったよ。省吾、左舷!」

「あいよっ」とタッキングを始めたヨットがゆっくりと動き始めた。「ほーい」とおっさん漁船が上機嫌で通り過ぎて行った。

「俺もあんなんなるんかな」ぼけっと呟く省吾の頭を叩いて、また引っ繰り返る。とは言え、そう永い時間じゃない。

 海面は月と共に荒れ始める。夜の渡航は危険だ。

「岬だぜ」夜の岬の影に、蒼汰は「ストップ」と手を挙げた。

 静寂が満ちる。

 夏の月はどこかいじけているように思うは、太陽が主役の季節だからか。ふわり、と夏の海風が蒼汰の柔らかい前髪を浮き上がらせる。


 場所はあっている。


 ――今夜も、逢えなかった――。


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