第3話 ディンギーといちごとうさぎ
***
「あ、いたよ!」ときゃぴっとした声が港に響いた。
(女子高生……)
マナと、カナ。
「うるさいのが来た」と蒼汰は省吾に向いた。
「さっさと出そうぜ。――またお袋の小言届けに来たんだろうから」
「おにいちゃん! マテこら!」
頭の両端をちょこんと縛った妹、城嶋夏南が砂地を走ってやって来た。桟橋にした蒼汰は「無視」とばかりにマリナーズスーツのチャックを上げる。
(友人のマナは可愛いのだが、僕の妹はどうしてこう……)
「ぎゃっ」
「おい、カナ!」
ずだーん。
言わんこっちゃない。砂地に足を取られて、カナは派手に転倒した。目の前を「ウケケ」と笑いたそうにヤドカリがササーっと通り過ぎていく。
いちごとうさぎ。
インプット完了。
「あーあー、何やってんだよ。おまえ。兄にパンツ見せて」
「いたたた」
けほっと咳込む頭の砂を払ってやる。「大丈夫? カナ」と親友省吾の妹、茉奈が世話をやきはじめた。
めそっとしている間に、そ~っとディンギー(主に1人〜2人乗り)に乗り込む。
ディンギーは一人乗りから二人乗りのヨットで、比較的見る機会が多いものとしては「FJ級(2人乗り)」「420級(2人乗り)」「シーホッパー級SR(1人乗り)」「スナイプ級(2人乗り)」などがある。
日本では、海沿いの高校、大学でヨット部がある学校などには、大抵はこの3つのクラスの艇が備わっている。また、大学の体育会ヨット部では「470級(2人乗り)」と「スナイプ級(2人乗り)」を所有し、全日本インカレ等が行われる。小・中学生のヨットクラブでは小型の「オプティミスト(OP)級(1人乗り)」で練習を行うところもある。
蒼汰と省吾が操るのも、このディンギーだ。
一番風を感じられるのも、このディンギー……と言うわけで。
「じゃあな、カナ~~~」
「あ! お兄ちゃん!」
ドルルルルル。夕暮れも終わり時。しかしヨットはスイ~と云うわけには行かない。 かつての英国戦隊やスペイン戦隊の偵察に使われた「バタチェ」が元で、軽量とは言えど、操作も、方向変えも気を遣う。
「省吾、OKだ。出そうぜ」
「……いいのか。弁当持ってきてくれたのに?」
見ればカナは赤いギンガムチェックの包みを掲げて振り回している。
「もう! おかあさんが心配するってば! せっかくお弁当作って来たのに……! お兄ちゃんの大好きなレモン塩唐揚げ。火傷しちゃったけど!」
(要らないよ。食べたら後に引けなくなるだろが。カナが作ったならウマいに決まっているよ)
カナと蒼汰は実の兄妹ではないけれど、一つ屋根に住んでいるなら、配慮は居るだろう。カナは……亡くなった母にそっくりなのも気にかかる。どこかが似ている。顔立ちというより、雰囲気が。
――誰にも言えない、妹への想い。いちごとうさぎ。
「おい、タッキング(向きを変えろ)」
「わり」
ロープを掴んで、ディンギーの帆先を変えた。
(バイ、カナ)
寝静まる頃にヨットはまた埠頭につくだろう。この季節は台風もなく穏やかだ。
「お兄ちゃんの……ばかああああああああ! 全部食べちゃうからね!」
それは、葉山の夕暮れの美しさに言葉が出ないような、そんな心境で。腹が鳴った。
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