第2話 城嶋蒼汰と夏の海
***
「蒼汰、そっちのクラスの進捗は?」
ふう、とヨットの舫い結びを外していた城嶋蒼汰が顔を上げた。
葉山生まれの葉山育ち。父親の影響で、ヨットを操って早10年。背はちょっと小さめだが、まあ、標準。性格は割とドライだと思う。
彼女歴……まあ、いいじゃないか。
点検を始めながら、また蒼汰は教則を口にした。
インストラクターとしては言わせて貰いたい。水上バイクの規定は、厳しい。
「ボートの大きさは総トン数20トン未満。プレジャーボートは24m未満(水上バイクは操船出来ません)航行区域:平水区域および陸岸より5海里。取得年齢:満16歳以上」
「また、違反者か」
蒼汰はまいった、と端正な顔を夕陽に向けた。昨今のマリンブームで興味をもつはいい。しかし、海の怖さや、危機感を持たない男女が多すぎる。
ヨットは二人で乗るので、相方との切磋琢磨になるが、その点、高校からタッグを組んでいる砂山省吾との相性は最高だった。
良く、男女のベッドの相性うんぬんが囁かれるが、あれに近い。一人がタッキング、一人がリードして、海を走るヨットレースの発祥は「葉山港レース」である。
***
ヨットが歴史に初めて登場するのは、14世紀のオランダ。当初は、その高速性や俊敏さから海賊を追跡したり、偵察などに用いられるために建造された高速帆船で、jaght schip、略して“jaght”と呼ばれていた。
「17世紀には金持ちの娯楽としてセーリングが大々的に流行するようになり、スペールヤハトと呼ばれる専用のプレジャーヨットが作られるようになった。1660年にイギリスで王政復古に成功したチャールズ2世は――」
ハイハイ、と砂山が髪を束ね始めると、夕刻の日課。
「そろそろ陽も落ちるな……波も穏やかだが、潮汐が激しそうだ」
教則本から顔を上げると、蒼汰は頷いた。
「今日こそ、逢えるといいんだけどな。いつまで続くんだか」
空には藍色の銀河が広がり、燃え尽きようとしている空をまた塗り替える。葉山の夜空の入れ替わりは早く、表情もくるくる変わる。
春の海は優しく、夏の海は、逞しい。秋の海は寂しそうで、冬の海は厳かで、元気な葉山には似合わないから、やはり、夏だろう。
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