第43話 戦いは続く

「せい君、海いかない?」


 夏休み三日目。


 俺は初めて素のまま紫苑の中で果てたあの日から、ちゃんと着けるものは着けている。

 紫苑はそのたびに不機嫌そうになるが、これは未来のためだと割り切って欲にも恐怖にも屈せずここまできた。


 ただ、一度覚えた快感は俺の脳を刺激する。

 もっと気持ちのいい行為があると、俺の悪意を刺激する。


「まあ、いいけど。暑いぞ?」

「海って開放的だから、せい君の気分も解放されないかなって。ね、どうかな?」

「俺は別に開放も解放も望んでないが」

「えー、最近ちょっと昔のせい君の戻ってるもん。頭で考えるより本能のまま生きた方が楽しいと思うけど」

「……」


 紫苑のいいたいことはわかる。

 わかったうえで俺は誘いに乗らないように自制心を高める。

 が、崩しにくるのもまた、紫苑だ。


「せい君、海に行って、ホテル泊まろ?」

「だ、だめだって。それに、外泊は許可がいるし、高校生二人を泊めてくれるホテルなんて」

「パパが経営してるところがあるの。それに、学校へは別々で外泊の許可とってあるし」

「で、でも」

「せい君、もしかして責任とるつもりない?」

「え?」


 ニコニコだった紫苑が、ゆっくりと目を細めて俺をにらむ。


「つけてするのって、それが誠意とは限らないんだよ? やりたいけど、子供はできてほしくないとか、それってただ遊びたいだけじゃん。どうなのかなあその辺って」

「だ、だけど俺たちは高校生だし一応卒業するまではだな」

「じゃあ卒業したらいいんだよね? 絶対だよね?」

「……それは、まあ」

「まあ?」

「い、いいよ。卒業したら大人だし、それでいいと思う」

「うん、わかった。じゃあ、せい君に任せるね」

「……」


 なんかすごい詰められた。

 でも、紫苑の言うことは一理ある。

 女性側が望まないならともかく、望んでるのに敢えてそうしないというのは、まあ甲斐性がないというか……いや、もちろん経済的な理由とか色々あるんだろうけど。


 と、なぜか本気で将来について考えさせられて。


 結局、海へ行くこととなった。



「あー、風が気持ちいいねえ」


 プライベートビーチ、とかではなく普通の海水浴場。

 ただ、田舎の浜辺とあっているのは中高生がちらほら程度。


 カップルは俺たちだけだ。

 

「紫苑、海って随分近くのとこなんだな。だったらそう言えよ」

「せい君の覚悟が知りたかったの。でも、ちゃんと卒業と同時に子供ってことで理解してくれたからよかった」

「まあ、卒業してからそういうことを始めても、できるかどうかはわからんぞ」

「始める? 卒業するときにはせい君はパパになるんだよ?」

「ん? いや、だからそれは卒業してから」

「ふふっ、勘違いしてる。卒業と同時に出産できるように、この冬には仕込み開始するんだよ。そうしたら、卒業の時には私のお腹はもうおっきくなってるから」

「……え?」

「そう言ったよ? あれ、また言い訳するの?」

「そ、そうじゃないけど」

「よかったあ。じゃあ、身軽なうちにいっぱい二人だけの思い出を作っておかないとね」

「……」


 どうやら俺のタイムリミットは卒業までと思っていたがそうではないようで。

 十月十日とつきとおかを逆算すれば、たしかに次の春には俺の青春は終わる。


 まあ、それでも半年以上は寿命が延びた、か。

 ていうかよく納得してくれたもんだ。


「せい君、私ちょっと太ったかな?」

「そ、そんなことはないんじゃないか?」

「そうかなあ? なんか最近太ったような」

「気にしすぎだって。紫苑はスタイルもめちゃくちゃいいし」

「そっかな。うん、ならよかった」


 ちなみに紫苑は一切太ってはいない。

 むしろスタイルが良すぎて水着姿の彼女は視線を集めてしまうほどである。


 だから何の心配なんだろうかと思いながらも、結局二人で海を楽しんだ。


 普通のカップルらしく、泳いだり浜辺で会話したりして。


 こういうのが続けばいいなあと思いながら、夏休み最初の海水浴は終わった。



「ねえせい君」


 海から帰った翌朝。


 泳いだせいか、体が重い俺をゆすりながら紫苑が起こしてくる。


「ん……どうした?」

「ね、せい君、体調がおかしいの。私、妊娠したのかなあ」

「……え?」

「ねえ、もし妊娠してたら、学校辞めて、結婚してくれる? ねえ、私と一緒になってくれるよね?」

「い、いや、まだそうと決まったわけじゃない、だろ?」

「でも、多分してるよ? わかるもん、私の体だから」


 もう、動揺なんてレベルでなく焦る俺は何をどう反応したらいいのかもわからないまま。


 呆然と紫苑を見ていると彼女はゆっくり検査キットを取り出して、何かを調べ始める。


「これ、結構すぐわかるらしいよ。線が入ったら、おめでただって」

「な、なんでそんなものを」

「だって、そうだったらいいなってずっと思ってたもん」

「……」


 多分この時、頼むから何もなかってくれとか、そういう甲斐性のないことを願っていたと思う。


 で、結果を待った。


 少しして、振り返った時の紫苑が笑顔だった。


「ど、どうなんだ?」

「んー、結果はねえ」


 と、何かを言った紫苑の言葉は聞き取れず。


 俺は、


「はっ!?」


 目が覚めた。


「……夢、だったのか」


 隣ですやすやと紫苑が眠っていた。

 どうやらさっきのは夢、だったようだ。

 しかしリアルすぎる夢だ。

 

「あ、せい君起きたの? どうしたの、酷い顔だよ?」

「いや、変な夢見てさ」

「怖い夢?」

「あ、ああ」


 すぐに紫苑が起きて俺を心配してくれる。

 ただ、さっきまで寝ていたような寝ぼけ眼。

 やっぱりあれは夢……。


「せい君、覚悟はできた?」

「覚悟? いや、なんの?」

「えー、決まってるじゃん。私と結婚する覚悟だよ」

「……それは、いや、まだ高校生だし」

「高校生だけど、立派な大人だよ。やることやってるし」

「まあ、そうだけど」

「それに」


 紫苑は俺の肩にもたれかかってから、おなかをゆっくりさすって笑う。


「もし本当にできてたら、覚悟なんて言ってられないよね?」

「え?」

「あはは、なんちゃって。じゃあ私、ご飯作ってくるね」


 紫苑がその場を去る。


 そして、俺は一人考えさせられる。


 さっきのが夢とか夢じゃないとか、そういう話じゃなくて。


 もし、出来ちゃってたら俺は、果たして覚悟を決めるのだろうか。


 いや、決めなければいけないのだろう。

 

 ただ、そう思うとやっぱりあれが夢であってくれと。

 そして夢の続きだけは見たくないと。


 願いながら、もう一度布団の中へもぐっていった。



おしらせ



ここで第一部完結となります。


一度休載しますが、また再会目途が立てば近況ノートにてご報告します。


よろしくお願いいたします。

 

 

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生徒会長になったんだけど、副会長に任命した学校屈指の秀才美女が病んでいて仕事にならない件 明石龍之介 @daikibarbara1988

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