第42話 もう一度抗う
「えー、陸上競技大会につきましては予定通り来週行いますので、皆さま怪我に気を付けて精一杯楽しんでください」
連休明けの学校。
全校朝礼で俺はありきたりな挨拶をして、呆けたように壇上から降りると紫苑が笑顔で迎えてくれる。
「せい君、お疲れ様」
「ああ、ありがと」
「そういえば陸上大会で競争する話、どうする?」
「もう、どうでもいいな。晩飯の献立でも賭けるか」
「ふふっ、そうだね。じゃあ、そうしよ」
勝負の行方がどうでもよくなった以上、あれほど張り切っていた陸上大会も俺の中ではどうでもいい消化イベントになった。
さっさとこなして、終わればいい。
そんなことよりも、早く夏休みにならないかなと、一般生徒のようなことを考えている自分がいた。
毎日紫苑とだらだら過ごしたい。
来週からは引っ越しもするし、同棲だし、どうせ勉強したって大して評価されないし、大学もぼちぼちなところを受けて適当に就職しよう。
もう、志なんてどこかに忘れてきた。
今は目の前の快楽におぼれたい。
「せい君、生徒会室行く?」
「あ、ああ。行くけど」
「行って、何する?」
「え、それは、まあ、仕事とか」
「ほんとに?」
「……任せる」
「ふふっ、いいよ。きもちよーくしてあげる」
「……うん」
最近の俺は乱れている。
というより狂っている。
以前の厳格な自分がみたら卒倒しそうなほど、ただのヤリチン状態だ。
所かまわず紫苑とやりまくり。
堂々と彼女を隣に引き連れて学校を練り歩く。
羨ましそうに皆が見てくることも、なんだか快感になって。
ヤリチンと呼ばれてもそれは勲章だと思うようになった。
狂ってる。
だからやめないと。
すっきりした後、いつもそう思うのだけど時間が経てばムラムラして。
また、狂う。
性欲とは人の考えも価値観も狂わせるのだと知ったけど。
知ってどうにかなるものでもなかった。
◇
「せい君、新しい家も慣れてきたね」
「そうだなあ。狭い部屋もいいな」
「ね、言ったでしょ? ずっと一緒なんだから、広い部屋なんていらないの。私、すごく快適」
「俺も。そういえば仕事、どこまでやったっけ」
「今年の資料作りはもう、全部終わったよ? あと、来年も生徒会長する? するなら来年分も作るけど」
「どうしよっかな。もう、どっちでもいい気がする」
まだ見慣れない新しい部屋の天井を見上げながら、横にいる紫苑と語り合う。
この時間が俺は好きだ。
前は早く寝てくれと思ってたのに、今となれば先に寝られると寂しいとすら思ってしまう。
俺は生徒会長である前に男だったと。
紫苑を受け入れてからずっとこんな感じだ。
そして堕落した日々は続く。
毎日毎日、紫苑とイチャイチャするだけの日々。
そんな幸せな日常はあっという間に過ぎていき。
期末テストの時期になった。
「えー、それではテストを開始してください」
先生の合図に、いつもなら胸が躍るのだが今回は違った。
モチベーションがないというか、別に一位である必要はないとすら思えてしまい、適当にわかるところだけを埋めて見直しもせず。
こんな適当な試験は初めてだった。
ただ、なんとなく思ったことがある。
一夜漬けで詰め込んだ知識と違い、遊びの合間に集中した勉強の内容はしっかり頭に入っていた。
で、元々の積み重ねもあって、案外できた。
結果は、以前とそう変わらず。
なんなら一位だった。
「せい君、やっぱり一位とかすごいね」
夏休み直前の日の夜、ベッドで紫苑がぽつり。
「いや、そんなこともないよ。それに、次はこうはいかない」
「そう? あんまり勉強しなくてもせい君は頭いいんだって」
「二年と三年じゃ勉強の内容も全然違うだろ」
「せい君もそれだけ成長するんだよ。それに、せい君はもう大人だもん。私もね」
にやりと、紫苑が口角を上げてから俺にすり寄ってくる。
「ね、せい君。大人だから、そろそろつけなくてもいいよね?」
「い、いやそれはさすがにまずい」
「今日は安全だよ? それに、すっごく気持ちいいって聞くけど、興味ない?」
「な、ないことはない、けど」
「ダメ? 私、せい君なら何されてもいいよ? 一緒にやったことないこと、してみよ?」
「……うん」
流されるまま。
今日はまた一歩、大人の階段を昇った。
昇りきったあと、俺はまた冷静に将来について考えた。
ただ、このままたどり着く近未来は、おなかの大きな紫苑とバイトに勤しむ俺の姿しかなく。
そこでいったん冷静になって、踏みとどまった。
このままじゃやっぱりだめだ。
紫苑の虜では、豊かな老後までたどり着けない。
だから意志を強く持って、明日からは勉強に励む毎日へ戻ろうと。
そんな決意を持って、夏休みに突入した。
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