第6話 橙野原(だいだいのはら)と星の獣(ほしのけもの)

「このバスは橙野原だいだいのはらを出ますと、次は終点、終点のイギリス公園です。ながらくのご乗車、誠にありがとうございました」


 橙野原だいだいのはらのとても濃い橙色だいだいいろの正体は、ヒマワリを小さくしたような、姫ヒマワリの花だったのです。

 お父さんとお母さんがこの花が好きで庭に植えていたので、セイジ君はすぐに分かりました。

 姫ヒマワリがたくさん、たくさん咲いていたのです。

 でも、庭に咲いている花と違って、暗闇の中でぼんやりと橙色だいだいいろに輝いていて、それはそれは綺麗でした。それと同時に、その姿が炎のようにも見えて、薄気味悪うすきみわるくも思うのでした。


 セイジ君がそんなふうに両親のことを思い出しながら景色けしきながめていると、子熊のバスはゆっくりになり、やがて止まってしまいました。


「お客様にお知らせいたしまーす」


 バスの車内に、マイクを通した子熊の運転士さんの声がひびきます。


「子熊のバスはただいまエンジン故障により停車しています。運転士が一生懸命、修理しますので、ご乗車のままお待ちください」


 どうやらエンジンが故障してしまったようです。

 子熊の運転士は工具と脚立きゃたつを持ってバスを降り、ボンネットを開けました。

 その間、セイジ君は飽きもせずに、姫ヒマワリの花畑を眺めています。


 そのときでした。何か大きなものが遠くから近づいてきます。

 よく見えませんが、それに隠れた姫ヒマワリがたくさん見えなくなるので、とても大きいことは分かりました。

 心配になったセイジ君は慌てて外に出て、子熊の運転士に教えます。


「運転士さん、何か大きなものが近づいてきてるけど、大丈夫?」

「え? 大きいもの? どこにいるの?」

「あっちだよ」


 セイジ君がさっき見た大きなものを指さすと、そこには子熊のバスと同じくらい大きな、ライオンのような動物が少し遠くの街灯に照らされておりました。

 真っ黒な毛の立派なたてがみに真っ赤な二つの目、口には大きな牙、手や足には尖った爪がありました。


「あれは、星の獣ほしのけものだよ! とっても恐いんだ! 早くバスの中に逃げよう!」

「うん! 分かった!」

「ガオー! 食べちゃうぞー!」


 セイジ君と子熊の運転士は、星の獣の恐い声にもめげずに、すぐにバスの中に入りました。

 体が大きくてバスの中に入れない星の獣はバスを揺らしたり叩いたりして、二人をおびえさせます。


「ガオー! 出てこないと食べちゃうぞー!」


 二人は肩を寄せ合い、ブルブルとバスの中で震えました。


「ガオー! 出てこい!」


 しばらく時間がちましたが、星の獣はまだ諦めずにバスを叩いたり揺らしたり大きな声で吠えたりして二人を怖がらせました。

 星の獣はなかなか外に出てこない二人にしびれを切らせたのか、バスの扉から顔だけを無理矢理入れてくるではありませんか。

 もう、これまでかと子熊の運転士が諦めかけましたが、セイジ君は違いました。バスの中にあったほうきを持って、星の獣の顔を叩き始めたのです。


「痛い! ガオー! 痛い! 食べちゃうぞ! ガオー! 痛い!」


 星の獣は痛がっているようでしたが、まだ諦めてはいない様子で、顔を引っ込めません。


 そのときでした。星の獣の顔が引っ込み、その体が倒れたのです。

 何が起こったのかと外を見れば、子熊の運転士をそのまま大きくしてヒゲを生やした、大きな熊の運転士がそこに立っていたのです。


「お父さん!」


 子熊の運転士がたまらず駆け寄ります。

 そうです。ヒゲを生やした大きな熊の運転士は、子熊の運転士のお父さんだったのです。


「我が息子よ、大丈夫か?」

「うん! ありがとうお父さん!」


 子熊の運転士はとても元気に返事をしました。

 そうして、今度は3人で星の獣と立ち向かいます。

 お父さん熊の運転士は、星の獣の頭を拳骨げんこつでゴツンとし、セイジ君はほうきで叩き、子熊の運転士はポカポカと足を叩いています。


「痛い痛い! 降参! 降参だよ!」


 星の獣はたまらず降参しました。

 そしてみるみる内に小さくなり、子熊の運転士と同じ大きさになりました。


「子熊君、ごめんなさい。君と友達になりたかったんだけど、よく分からなくて恐がらせちゃって」


 星の獣は涙を流しながら子熊の運転士に気持ちを伝えました。


「そうだったんだね。じゃあ、今日から友達になろう」


 そう言って子熊の運転士はすっかり恐くなくなった星の獣の手を取ります。


「え? 良いのかい?」

「うん! だって君は僕と友達になりたいって言ってくれたじゃないか。だからもう僕らはすっかり友達だよ!」

「うん、分かった。ありがとう」


 そう言って、星の獣はまた泣き始めるのでした。

 そんな二人を頷きながら見ていたお父さん熊の運転士が、今度はセイジ君に向かって言います。


「息子と遊んでくれてありがとう。ただ、君にはどうやら悩みがありそうだ。そんなときは、大人に助けてって言っても良いんだよ。まだ子供なのだから」


 自分の心を見透かされたような言葉にドキッとしながら、セイジ君は返事をしました。


「でも、助けてって言った大人が助けてくれなかったときは、どうすればいいんですか?」

「子供を助けない大人なんて、大人じゃないんだよ。だから、別の大人に助けてって言えばいいんだ。それだけのことさ」


 その言葉にセイジ君の悩みは吹き飛び、今日の星空のように透き通りました。


 そして修理が済んだバスで無事にイギリス公園に帰ってくることが出来ました。


「セイジ君、バイバイ」

「セイジ君、元気でね」

「セイジ君、私の言ったことを忘れずに元気でやるんだよ」

「うん! みんなありがとう!」


 そう言って3人と元気に別れたセイジ君は、いつものベンチに腰掛けると、幸せな心地ここちですぐに眠ってしまうのでした。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



「……いじ! 誠二! 起きて! 起きて! しっかりして!」

「誠二! 起きろ! 大丈夫か!」


 誠二君はとても心配そうな声で目を覚ましました。


「あれ、お母さんと、……お父さん、帰って来てたんだ。それに一星いっせいお兄ちゃんもいる。みんなどうしたの?」


 寝ぼけまなこの誠二君の目の前には、心配そうな家族がいます。


「どうしたもこうしたもないわよ! 川で溺れたときみたいに、呼んでも全然反応しないんだから! お母さん、誠二が眠ったまま起きてこないんじゃないかと思って心配したのよ!」


 そう言ってお母さんは泣きながら誠二君を抱きしめました。

 見上げると、もう空はうっすらと明るくなっています。


「そうだったんだ。あ、お母さん」

「うん? どうしたの?」


 誠二君は何かを思い出してお母さんに話しかけます。


「お母さん、昨日はひどい事を言ってごめんなさい」

「良いのよ。私もあなたの気持ちを考えずに言ってしまってごめんなさいね」


 そう言ってお母さんは抱きしめるのをやめて、今度は肩に両手を置いて話し始めました。


「それでね、一星いっせいお兄ちゃんとも話したんだけど、今の学校が合わないのなら転校とかフリースクールも良いんじゃないかって。ほら、お兄ちゃん高校で生徒会長をやってるでしょ? 色々な相談を受けてて詳しいのよ」

「うん、考えておくよ。ありがとう。お母さん、お兄ちゃん」

「ところで誠二」


 会話の少ないお父さんが珍しく話しかけてくれました。


「お前、もしかして学校でいじめられてるんじゃないか?」


 誠二君は胸を締め付けられながらも、コクンとうなずきます。


「先生には相談したのか?」

「先生は……、相手にしてくれなかったんだ」

「そうか。それは辛かったな」

「うん」

「そうだ。今度お父さんと一緒に弁護士の先生のところに行こう」

「弁護士?」

「ああ、最近は弁護士の先生に相談して解決するケースがあるみたいなんだよ。ダメもとで行ってみようじゃないか」

「うん、分かった。お父さんもありがとう」

「お前はまだ子供なんだから、親を頼って当然なんだぞ」


 家族4人の顔はとても穏やかになりました。


「さ、ちょっと早いけど、みんなで朝ご飯を食べましょう。お母さん、頑張っちゃうから」

「あはははは」


 誠二君はなぜか笑ってしまいました。

 でも、誠二君の笑顔につられて皆も笑います。

「あはは」

「うふふふふ」

「あはははは」


 朝日に照らされた家族はとてもとても幸せそうに見えました。


 さようなら。


 そして、おはようございます。


〔おしまい〕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【童話】ロング,ロングロングサマーナイト,グッデイ 津多 時ロウ @tsuda_jiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ