Ⅵ
ステージのすぐ下のオールスタンディングのスペースはまだ少し余裕があった。
さらに囲いで区切られた、ジェシカに連れてこられた空間は、どうやら特定の人間しか入れなくなっているようだ。
ユーパンドラが振り返ると、大きなスタジアムは人でぎっしりと埋まっている。
この星の異常な生命体の密度を想像し、ユーパンドラは首を振った。
「どうしたの? 大丈夫?」
ジェシカが心配そうにユーパンドラの顔を覗き込んだ。
「ああ。うん。実はこういうの初めてで」
「そっか」ジェシカがぎゅっとユーパンドラの腰に手をまわした。「じゃあ、思いっきり楽しもう!」
★
突然始まった演奏に、ユーパンドラは圧倒された。
降り注ぐライトの光と、音の洪水。
そして、体の奥深くまで届いて来るボーカルの声。
楽器を演奏しているのは――たった六人だ。そのうち、メインで演奏しているのはバンドメンバーの四人。たったそれだけの人間が発する音が、どうしてこれほどまでの影響力を持つことができるのか。ユーパンドラは不思議だった。
「あの人たち、私のおじいちゃんと同い年なんだよ」ジェシカが耳元で叫んだ。「信じられる?」
ユーパンドラにはその感覚は理解できなかったが、どうやらこのバンドは長い期間をサバイブしてきたみたいだ。最初の体験をこれにしてよかった、とユーパンドラは思った。
やがて曲が進むにつれて、ユーパンドラは自然に体が動き出していることに気付いた。
隣ではすでに、ジェシカが大胆に腰を揺らして踊っている。
ユーパンドラもそれをまねて踊ってみた。
それは不思議な感覚だった。
ステージ上の人間たちが創り出すリズムと、自分の体の中にある何かが共有し、共鳴し、増幅する。それは言葉では説明できない心地よさと高揚感を生み出した。
「なにこれ」ユーパンドラは思わずジェシカに寄り掛かった。「すっごく気持ちいい」
「彼らの曲の根っこにはブルースがあるからね」ジェシカがいった。「古い黒人音楽が持っている、アフリカの土着のリズムが内包されているんだよ」
静かな曲では、スタジアム中がその曲と一体化したような、幸せな気持ちになった。
そして、ある曲が、ユーパンドラをさらに惹きつけた。
それは、故郷を遠く離れた人に贈られた歌だった。
故郷から二千光年も離れてしまった人の寂しさを歌った歌だった。
ユーパンドラはつぶやいた。
二千光年どころじゃない。
私たちはその何倍も、何倍も遠い、三億光年も遠く故郷を離れてしまったんだよ。
ユーパンドラの頬に、涙が伝った。
この星の知的生命体が、なぜ正気を保っていられるのか。
そのヒントが、音楽や絵画や文学や映画や――そんなものたちのなかにあると考えたユーパンドラは、自分の直感が決して間違っていなかったことを、このとき実感した。
それをちゃんと分析できるかどうかはわからないけれど、でも、少なくとも、この星の知的生命体が生み出すものに、価値はある。
いつか、キラシャンドラといっしょに、経験したい。
いつか、キラシャンドラといっしょに、この曲を歌いたい。
スタジアムに集うたくさんの人たちの感情のうねりを感じながら、ユーパンドラは微笑んだ。
あまたの星、めぐり往きて Han Lu @Han_Lu_Han
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