ステージのすぐ下のオールスタンディングのスペースはまだ少し余裕があった。

 さらに囲いで区切られた、ジェシカに連れてこられた空間は、どうやら特定の人間しか入れなくなっているようだ。

 ユーパンドラが振り返ると、大きなスタジアムは人でぎっしりと埋まっている。

 この星の異常な生命体の密度を想像し、ユーパンドラは首を振った。

「どうしたの? 大丈夫?」

 ジェシカが心配そうにユーパンドラの顔を覗き込んだ。

「ああ。うん。実はこういうの初めてで」

「そっか」ジェシカがぎゅっとユーパンドラの腰に手をまわした。「じゃあ、思いっきり楽しもう!」

     ★

 突然始まった演奏に、ユーパンドラは圧倒された。

 降り注ぐライトの光と、音の洪水。

 そして、体の奥深くまで届いて来るボーカルの声。

 楽器を演奏しているのは――たった六人だ。そのうち、メインで演奏しているのはバンドメンバーの四人。たったそれだけの人間が発する音が、どうしてこれほどまでの影響力を持つことができるのか。ユーパンドラは不思議だった。

「あの人たち、私のおじいちゃんと同い年なんだよ」ジェシカが耳元で叫んだ。「信じられる?」

 ユーパンドラにはその感覚は理解できなかったが、どうやらこのバンドは長い期間をサバイブしてきたみたいだ。最初の体験をこれにしてよかった、とユーパンドラは思った。

 やがて曲が進むにつれて、ユーパンドラは自然に体が動き出していることに気付いた。

 隣ではすでに、ジェシカが大胆に腰を揺らして踊っている。

 ユーパンドラもそれをまねて踊ってみた。

 それは不思議な感覚だった。

 ステージ上の人間たちが創り出すリズムと、自分の体の中にある何かが共有し、共鳴し、増幅する。それは言葉では説明できない心地よさと高揚感を生み出した。

「なにこれ」ユーパンドラは思わずジェシカに寄り掛かった。「すっごく気持ちいい」

「彼らの曲の根っこにはブルースがあるからね」ジェシカがいった。「古い黒人音楽が持っている、アフリカの土着のリズムが内包されているんだよ」

 静かな曲では、スタジアム中がその曲と一体化したような、幸せな気持ちになった。

 そして、ある曲が、ユーパンドラをさらに惹きつけた。

 それは、故郷を遠く離れた人に贈られた歌だった。

 故郷から二千光年も離れてしまった人の寂しさを歌った歌だった。

 ユーパンドラはつぶやいた。

 二千光年どころじゃない。

 私たちはその何倍も、何倍も遠い、三億光年も遠く故郷を離れてしまったんだよ。

 ユーパンドラの頬に、涙が伝った。

 この星の知的生命体が、なぜ正気を保っていられるのか。

 そのヒントが、音楽や絵画や文学や映画や――そんなものたちのなかにあると考えたユーパンドラは、自分の直感が決して間違っていなかったことを、このとき実感した。

 それをちゃんと分析できるかどうかはわからないけれど、でも、少なくとも、この星の知的生命体が生み出すものに、価値はある。

 いつか、キラシャンドラといっしょに、経験したい。

 いつか、キラシャンドラといっしょに、この曲を歌いたい。

 スタジアムに集うたくさんの人たちの感情のうねりを感じながら、ユーパンドラは微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

あまたの星、めぐり往きて Han Lu @Han_Lu_Han

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ