終
「うわー、足の裏にめっちゃ砂入ってるじゃん。さいあく」
俺が仕切っていたバーベキューコンロの周囲は、気づけば誰もいなくなっており、俺と鷹宮の二人きりだった。
一体なぜ、彼女はこんなところに来たのだろう。俺なんかよりも、親交を深めるべき奴らがいるんじゃないか。石川とか池田とか、高村とか、藤沢桜華の生徒たちとか……里崎とか、中島とか。自分で考えていて気が滅入りそうだった。
とりあえず彼女も腹が減ってるだろうと思い、大量に余っている食材を網の上に広げ、うちわであおぎ始める。彼女は食材を見ながら、そんなことを言って、立ったまま脚を折り曲げて足とビーサンの間に指を突っ込んだ。
ビーチサンダルを持ち上げる足の指から浮き出す筋張った骨と、滑らかな彼女の肢体とがいやに対照的だった。
俺はかけるべき言葉を探すのに精いっぱいだった。
「鷹宮、まだ腹減ってる?」
「うん、ずっと喋ってたから食べ損ねてさ」
「まあ……あんだけ人来てりゃあな」
集団の中にいて孤立していた時も、意識せず鷹宮の姿を目で追っていた。
試合の最中とは打って変わって、平塚第一か藤沢桜華かを問わず、彼女の周りには人が集まっていた。中島や池田などの顔なじみから知らない男女に至るまで、ワチャワチャしている中で、鷹宮は相変わらずの泰然自若っぷりを見せており、変な安心を覚えたものだった。
「はあ~、つっかれたぁ」
「……椅子座るか? そこ、使ってないのあんだろ」
「そうする」
手近にあったカーキ色の椅子に深々と腰かけ、両脚をパタつかせる。
「笠井は椅子使わないの? さっきめっちゃ走ってたじゃん」
「あんなんでへばるほどヤワじゃねえよ」
とはいえ、現役時代の筋肉からは程遠く、家に帰ったらしっかり柔軟体操をしなければ筋肉痛になることが予想できるくらいには疲労がたまっている。
しいたけをひっくり返し、藤沢桜華の生徒が持って来たらしい岩塩をかけていると、それを見ていた鷹宮が、
「ほんとキノコ好きだよね、アンタ」
「うまいからな。肉よりも」
「アタシにも一個ちょうだい」
「ほら」
ちょうどいい具合に焼けた一つを見繕い、トングで未使用の皿に取り分けて渡すと、鷹宮は親指と人差し指でつまんで口へほうった。
「あっふっ!」
「行儀悪ぃぞ」
「ほっはっ……箸なかったもん。うまっこれ」
「しいたけ食えたっけ? お前」
「小さい頃はダメだったけど、小6くらいから食べれるようになった」
「へえ」
豚肉が食べ頃になった。塩コショウを両面にまぶして鷹宮の前にある皿に置くと、鷹宮は不服そうな表情を浮かべた。
「んだよ?」
「箸ないんだけど」
「つってもな、もう割り箸なさそうだし……」
調子に乗ってはしゃいだ奴が何本か落としたり、自分の割り箸が分からなくなった奴が新たに取り出したりして、最初は余剰が出そうなくらいだったのが、もう1ストックも残っていない。
「ふう〜ん……じゃ、じゃあさ」
「アン?」
「あ、あ〜んして」
「……は?」
暑さで脳がやられたのだろうか?
しかし、聞き間違いでもなかったのか、彼女は俺に向かって気持ち顔を上向けるように傾け、目を瞑って口を開いた。
俺はどうしたらいいか分からず、トングを持って呆然とする。
「……ちょ、ちょっと。早くしてよ。流石に恥ずかしいんだけど」
「それやった時点で最初から恥ずかしいだろ」
「るっさいな!いいからホラ、食べさせて!」
「……まあ、お前がいいならいいんだけどよ」
鷹宮の口腔内を見ていたら、なんだか変な気分になってきた。
やましい気分を拭い去るように、団扇をパタパタとさせてから、トングで豚肉をつまみ上げ、口の中へ放る。
「どうよ?」
「……美味しい。博人ってバーベキューなんかやったことあったっけ」
「親父がたまに友達と行くからな。俺もついてったりしてたら覚えた」
後はサッカー部時代にもこんな集まりがちょくちょくあって、その時に男子の味覚を満足させるバーベキュー料理は何ぞやを学んだ気がする。
……ん?
「なあ、今博人って」
「……ごめん。ダメだった?」
「ダメじゃねえけど……あの日、あんなことなったじゃん。俺ら」
今更、どのツラ提げて名前呼びを享受できるというのだろうか。
沈黙が降りる。
鷹宮は今、どんな表情を浮かべているのだろうかと、コンロから目を転じると、ちょうど同じくらいに彼女も俺に目を向けてきた。
そして、白い膝に手をつき、頭を下げてきた。
「ごめん」
「え?」
「中学から今までのこと。暴言吐いたり無視したり、ひどいことした。博人のせいじゃないのに」
「……この前も言っただろ。むしろ俺はそれで――」
「ううん、それでも」
鷹宮が顔をあげた。
目が潤んでいる。
「自分勝手だと思うけど、アタシが後悔してるから。幼なじみだったのに……一番支えてあげないといけなかったのに。だから、謝らせてほしい」
「……」
真剣な目の鷹宮を見ていたら、なんだかむずがゆくなり、茶化すようなことを言ってしまった。相手の誠意をどうしても正面から受け止めることができない。いや、誠意のみならず、他人と正面から向き合ったことが俺にあったかどうか。中学最後の試合だって、結局逃げるように退部したわけだし。
コンロを見ると、肉が焦げ付き始めていた。
鷹宮は続ける。
「確かに中学のあの頃に、アタシたちの関係は一回終わったんだと思う。それはほんと」
「ああ」
「でも、さ……またやり直せないかな? これから、一からやり直せない? デュナオンで偶然繋がったわけだけど、アタシ……離したくない……」
最後の方は途切れ途切れになっていた。喉の奥から絞り出すようなかすれ声だった。
顔を俯けた鷹宮の肩に降りる茶髪が、満開の
そんな彼女を見て、なんで今更俺なんかに話しかけてきたのだろうとか、もう無理に関わろうとしないでくれよなどと考えていた自分が、ひどくみみっちく思えた。
「情けないな、俺」
「え?」
「こんなこと、鷹宮の方から言わせるんじゃなかったってことだよ。元はと言えば俺の腐った根性が原因なんだからな……俺も、また鷹宮と仲良くしたい」
鷹宮は何も言わず、俺の言葉を待っているようだった。
「どこか、ずっと頭の奥に引っかかってたよ。これでよかったのかって。これで鷹宮とはもう赤の他人になっちまっていいのかって。……俺、めんどくさいことはやりたくないし」
「知ってる。デュナオンでも、採集とか全然やってなかったもんね」
「……めんどいことは嫌いだから、一回こじれた人間関係も、今まで放置してきた。元四中の奴らともほとんど口きいてないしな。俺の人生そんなもんだと思ってた……だけど」
俺は鷹宮の目を見て、逃げなかった。
「俺の方こそ、今まですまなかった。また、幼なじみやってくれるか?」
「……新しくやり直そうって言ったじゃん」
「いやでも、いいだろ。幼なじみ。特別感あって」
「なにそれ――博人がいいならいいよ」
そう言って、鷹宮は笑った。今までの人生で見た何もかもの中で、一番綺麗だと思った。
エリンギがちょうどいい焼き加減になった。網の上で塩だれをかけると、炭にかかったタレが蒸発し、煙となって日差しの中へ昇っていく。
「食うか?」
「博人も食べてよ。アタシばっかじゃ悪いし」
まさか俺にそんな配慮を示すとは思わず、エリンギを落としそうになった。
「ちょっ、危ないじゃん!」
「すまん。まさかお前が俺に配慮するとは思ってなかったから」
「馬鹿にしてるでしょそれ……てかさ、お前って言うのやめてよ。前も言ったけど」
「……鷹宮」
「違う」
「違うって……じゃあなんて呼んだらいいんだよ。アネモスさん?」
「アタシ、博人って呼んでるよね?」
「…………いや、それはまだ早いんじゃねえか? リスタートっつってるのに名前呼びってのも」
「博人」
「……」
太ももの上に肘をつき、頬杖をしてニヤニヤ笑う鷹宮を見たら、胸の奥のモヤモヤが晴れ……むずがゆさが生まれた。
人と向き合うということは、自分の全存在を晒すことなんだ、と直感的に理解した。真っ向勝負をするということは、自分の顔を前半分のみならず、後ろ暗い――人には言いたくない自分をも晒すということ。だから難しい。普通ならやりたくないし、一生を通じてしなくてもいいならしたくない。でも、俺は……鷹宮天音という女の子となら、ちゃんと向き合えるという確信があった。10年以上も付き合っていたから。なにより、彼女も俺に全部さらけ出してくれるんじゃないかと思ったから。
羞恥心と歓喜で緩みそうになる涙腺をこらえ、
「……天音」
蚊の鳴くような、情けない声で呟くと、天音は満面の笑みで笑った。
「なに? 博人」
「いや呼べっつったから……あ、肉焦げそう。食え食え」
「ちょっと、アタシ残飯処理係じゃないんだけど!?」
どこまでも広がる砂漠。
海がいて、パラソルがいて、肉と野菜と清涼飲料水がいてもなお砂漠と呼べる広がりに、誰かがピリオドを打つ音が聞こえた。
了
――――――――――――
これにて『MMOで仲の良いフレンドとオフ会したら、疎遠になっていた幼なじみギャルが来た件』は一旦完結となります。応援してくださった皆様ありがとうございました!
もちろん、この後には他のコンロにいた石川や池田に二人していじられたり、リアルと融合したデュナオンのサマーフェスに二人で参加したり、その過程で残りのパーティーメンバーと出会うことがあったり、ヒロのハンティングを諦めきれない橘先輩が学校に押しかけてきて修羅場になったりなどなどあるわけですが、キリが良いのでここまでとさせていただきます。
現在次回作を執筆中です。そのうち投稿しますので、よければ読んでくださると大変うれしいですm(__)m
MMOで仲の良いフレンドとオフ会したら、疎遠になっていた幼なじみギャルが来た件 國爺 @kunieda1245
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