霧の竜(短編版)

鳥皿鳥助

復讐者と裏切り者






 故郷が燃えている。

 ただその様子を前に、ジミーは叫ぶしかなかった。


「どうして……こんな事にッ!」


 彼の見つめる場所はかつて一匹の竜が死に絶え形成されたと言い伝えられる霧の里。

 その地に住む人々は争いを嫌い、抗う為の技術力とそれを活用した武力を抱えて霧の中に引きこもった。


 一方の外界では五つの巨大国家が常日頃から戦闘を繰り広げている。

 里の民はやがて他者までも拒むようになり、人の出入りと共に情報の出入りが失われてしまう。


 完璧に断絶する事を恐れたジミーは外交の真似事をする為にクエイク王国へと向かった。

 そしてそこで“霧の里が襲撃される”という情報を入手し、慌てて帰ってきたのである。


「あの旗……やはりアヴェルス軍ですか」


 アヴェルスは五大国家の中でも特に好戦的な国家である。

 好戦的過ぎるが故に軍事力は常に不足しているようだが、それでも霧の里を包囲して放火するだけの兵力は保有していた。


「今すぐにでも全員殺したいですが、流石に厳しいですね……」


 真正面からの突破が難しいのであれば絡め手を使うしか無い。

 ジミーは一人逸れていた兵士を殺して装備を奪い、アヴェルス軍の簡易拠点内部へ侵入した。


「お疲れ様です」

「うむ、ご苦労」


 多少鎧が汚れていようと自然にしていれば怪しまれる事は無い。

 ここで情報を集めても良いが、今は里に残っているかもしれない人を助けるのが優先事項である。


 ジミーは行動のチャンスを探った。

 戦闘は一見アヴェルス軍が有利に進めているように見えるが、実際は彼らも相応の被害を受けている。

 いくつかの部隊が壊滅状態か分断状態となっていると言う現状にこそ付け入る隙きがあるのだ。


「おーい! 補給を終えた奴はこっちに来い、臨時部隊を編成するぞ~!!」

「了解です!」

「あ、俺も行きます!!」

「お前……鎧がボロボロだが大丈夫か?」

「ちょっと油断しちゃって、あはは……」

「そうか。まぁ来れる所まで付いて来いよ」

「感謝します」


 臨時編成された部隊に組み込まれたジミーは身内の行動に誇らしさを感じながら、積み上がった死体と共に燃える里を歩く。


 彼はその全てに見覚えがある。


「……っ」

「俺達の仕事は里の中に生き残りが居ないか探すことだ。多少の物色はしても良いが、本来の仕事は忘れるなよ」

「「「了解」」」

「……了解」


 中央の広場までは全員で向かい、そこから二人一組に分かれての探索が始まる。

 他の隊員の見えなくなった所でジミーは相方となった兵士を始末した。


「さて……」


 里は特殊な地形をしている。

 通路はそんな地形に合わせて這うように敷設されているのだが、長が住む場所は入り口から最も近い場所にあった。


 これは霧の里がこの場所で戦闘を行ってこなかった事の証拠。

 普通であれば不利に働くこの条件も、戦い慣れたアヴェルスは『重要拠点は奥地にある』と思い込み有利条件へと変えていた。


「センゲさん!」

「なっ……何じゃぁ!? アヴェルスめ、もうこの場所を嗅ぎつけたか!!」

「俺ですよ俺! ジミーです!!」


 センゲは里の長であり、ジミーの顔見知りである。

 だが返り血まみれの鎧を着込んだ状態では認識出来なかったらしく、センゲは手元にあったナイフを向けてしまった。


「ジミーは自分を俺と言わん。どこで名前を覚えたか知らんが……ッ!!」

「ちょっ、待って下さい!!」

「ん? 何をして……お前さんは、ジミーじゃないか!!」

「だからそう言ってたでしょう」

「いやぁすまんすまん」


 どうやら神経が張り詰めた状態では声だけで誰か判断出来なかったらしい。

 ジミーが慌てて鎧を外す事で、センゲはようやくナイフを手放すことが出来た。


「それで……これは一体どういう状況なんですか?」

「そうじゃのう。どこから話したモノか……」


 事の発端は数日前。

 突如として現れたアヴェルス軍が里に対し、全住民の退去と技術の無条件譲渡を要求して来たらしい。


 当然里は相手を侵略者と判断し徹底抗戦の構えを取った。

 だが数時間前に焼き討ちが始まった事で形勢は一気に崩れ、戦士の多くが死亡。

 里の住人は何とか逃したが行き先はどこにも無く、最後まで里に残ったセンゲは最後の役目として秘密兵器を起動しようとしていたようだ。


「ワシはもう若くない。だから死んでも良いと思っていたが……今この時、貴様がここに来たのは運命じゃ」

「運命……?」

「あぁ。こっちじゃ、付いて来い」

「分かった……」


 センゲは隠し通路を通り、地下倉庫へ向かう。

 その内部は入り口と反比例するような広さがあった。


「昔は本棚しか無い小さな倉庫だったはずですが……」

「お前さんがクエイク王国へ言った直後に拡張したんじゃよ。少しそこで待っておれ」

「分かりました」


 センゲが移動して明かりを灯す。

 その中には竜の死骸とも思える程に巨大な物体が安置されていた。


「これは……?」

「霧の里が磨いた技術の到達点、それが霧の竜をモデルに作り上げた機竜じゃ」

「機竜……」

「名をレイズと言う」


 アヴェルス軍は技術と里の土地を要求してきた。

 彼らは好戦的で力に貪欲なのだから、本当に欲しい物がジミーの前に鎮座する機竜である事は明白だろう。


「何故こんな物作った……いえ、何故レイズの存在が嗅ぎつけられたのですか?」

「もちろん情報統制はしっかりしておったよ。じゃがあまぁ、里の中に裏切り者が出たんじゃろうて」

「やはり……」


 開発と保管は別々の場所で行い、組み立てもセンゲが一人で行っていた。

 故にレイズを奪われてこそいない現状があるのだが、機竜……レイズがあるからこそ襲われているという結果もある。


 ジミーはアヴェルスが求める程の力を秘めた機竜の全周を眺めた。

 骨だけのようではあるが、彼の目にはその機竜がほぼ完成しているように見える。


「……センゲさん、何故レイズを動かさないのですか?」

「機竜を動かすには竜脈のエネルギーを受け取り制御する人間が必要となる。じゃが今の里にその人材は居ない、つまり動かせないんじゃよ」

「竜脈の力と制御……」

「竜の使者になろうなどという者は早々居らんかったんじゃわい」


 竜の使者となるには資質が必要となる。

 資質が無ければ竜脈内部を駆け巡る膨大なエネルギーに押し潰されるのだが、それは一部の例外を除いて事前に分かる物では無い。


 文字通りに命を賭け、後戻りの出来ない挑戦をしなければ結果が分からないのだ。


「ワシの爺さんの代で悪しき風習はほぼ全て断ち切られた、だが伝承は残っておる」

「本当ですか?」

「あぁ。確かその辺りに……」


 センゲはレイズから離れて本棚を漁る。

 残された資料によれば竜の使者の資質はある程度遺伝するらしく、その末裔がジミーであると示されていた。


「俺が……竜の使者の末裔?」

「そうじゃ。力を必要としない現代では不要と考え伝えずにいたが、この状況ではそうも言っとられん」


 里の長はその役割を引き継ぐ際、残された書物の全てを読み解き理解する義務がある。

 そうした役割も無いのに膨大な資料を読み解くのは余程の暇人か物好き程度。


 だがそんな人物は霧の里に存在せず、この情報を知るのはセンゲとジミー自身の二人だけだ。


「貴様は不条理に抗う資格がある。覚悟があるのであれば、竜脈へと身を投じ再びここに来るが良い」

「……分かりました」






 ――――――――――――――――――――






 里を探索していたアヴェルス兵は補給を受ける為、簡易拠点へ戻っていた。


「隊長、二人ほど帰ってきてませんが……」

「どこかで迷ったか野垂れ死んだか、もしくは“お楽しみ中”か……どちらにせよ我々の行動に変わりは無い。次の作戦の準備を進めろ」

「了解です」


 彼らは今回の任務を“森に潜んだ蛮族を狩る簡単な任務だ”と聞かされている。

 相手が蛮族であるかどうかはさておき、実際に苦労はしていない。


 その一方で里の持つ技術力には驚かされていた。


「コイツら結構いい暮らししてたんだな」

「壊すのがもったいないくらいですね」

「気持ちは分かるが上層部の命令だ、徹底的にやるぞ」

「「「了解ッ!」」」


 散り散りに逃げた住人の追撃は別部隊の仕事であり、里に残った彼らの仕事は住居を破壊することにある。

 帰る場所を無くす事で難民化した人々をアヴェルスが受け入れた……という体で技術力を強制的に吸い上げる予定だったからだ。


「それで隊長、どこから壊すんですか?」

「そうだな……まずは入ってすぐの建物からで良いだろう」


 そこはセンゲがジミーを待っている場所。

 彼らが行動を起こす原因となった機竜が安置されている場所である。


 臨時編成された隊員は全員で破城槌を構え、扉へと向けた。


「「「「せーのっ!」」」」


 破城槌が意気揚々と振り上げられたその瞬間。

 建物が爆発した。


「何だ!?」

「隊長、全然前が見えません!」

「んな事は分かってる!!」


 大量に巻き上げられた土煙と霧がアヴェルス兵の視界を遮っている。

 彼らは事態の把握を急ぐが、煙と霧の向こうに現れた影を把握してしまえばさらなる混乱が巻き起こされるだけであった。


「……なっ、何だあれは!」

「化け物だ!!」

『アヴェルス兵の皆様、ようこそ我が故郷へ。そしてよくもここまでボロボロにしてくれましたね……!!!』


 霧の里の技術を結集し作られた機竜は、龍脈から舞い戻ったジミーという主の命令で起動した。

 骨だけだった身体には霧が纏わり付き竜としての姿を形成している。


 自分の身体を確かめるように蠢いたレイズは翼を大きく広げ、主の怒りと同調するように強烈な雄叫びを上げた。


「狼狽えるな攻撃だ! 攻撃しろッ!!」

「「「りょ、了解!!」」」


 指示を受けたアヴェルス兵は破城槌をレイズへと向けた。

 周囲の兵士も騒ぎを聞きつけて集まりつつある。


「「「「せーのっ!!」」」」


 破城槌が骨を砕く鈍い音が聞こえる――


「何だと!?」


 ――はずだった。


 実際は破城槌が当たった瞬間、霧が衝撃をほとんど吸収して音すら発生させなかったのである。


「破城槌を捨てろ、総員待避だ!」

「「「りょっ、了解!!」」」


 アヴェルス兵は散り散りになって逃走を開始し、レイズはその後ろをゆっくりと追う。

 足元に転がった破城槌は踏み潰した。


『今度はこちらから行くとしましょう』

「うっ、うわぁぁぁぁあ!! 来るな!!! 来るなぁぁぁぁあ!!!!」


 レイズの腕が伸びる。

 人の足では機竜から逃げる事は出来ず、その腕力からも逃げる事は出来ない。


 レイズは一瞬にして三人の兵士を手に掛けた。


「やっ、やめろ……やめてくれ!」

「誰か助けてくれぇぇぇえ!!」

「お前の……お前の目的は何だ!!!」


 ただ一人逃げ延びた隊長も攻撃を行う事は出来ず、部下が殺される様子を見るしか無い。


『復讐ですよ』

「喋っただと!?」

『人が操っているのですから、当たり前じゃないですか』

「くっ……ならばこれが情報にあった里の秘密兵器か!!」


 隊長は真っ直ぐに簡易拠点へと向かう。

 それを達成させるまいと、レイズは兵士の死骸を投げるが命中する事は無い。


『ッチ、まだまだ調整が甘いって話でしたね』


 今のレイズは大きな動作も精密な動作も出来ない。

 ただ動くだけという状態だが、それは強大な力と不意打ちが組み合わさり問題とならなかった。


 早期の追撃を諦めたレイズはゆっくりと里の外、そしてアヴェルス軍の設営した簡易拠点へ向かう。

 そこでは既に多くの弓兵が集まり矢を構えていた。


「放て!!」


 人が操っているのであれば操縦者を殺せば良い、そう考えたアヴェルス兵は大量の弓矢を曲射した。

 だが全ての矢は霧に取り込まれると、ジミーに掠りもせず地面へと静かに落下した。


「嘘だろ……」

『これで終わりですか。それではこちらからも、行きますよ?』

「総員待避だ! コイツは我々の装備では勝てない!!」


 逃げ惑う兵士を前にし、レイズが四肢を大地に食い込ませ翼を大きく広げる。

 大きく広げられた口腔内には酸性の霧が集められた。


 零れ落ちた霧は地面に落下すると煙を上げて地面を溶かす。


『さぁ放ちなさい、レイズ!』

「ぎゃぁぁぁああ!!!!」

「痛い痛い痛い!!!」

「っく……撤退するぞ」


 ジミーの言葉と同時に放出された大量の霧は前方に居た者を溶かし、周囲の人間にもダメージを与えた。

 幸い範囲外に居た者は無傷であったが、反撃をする事は出来ない。


 彼らは辛うじて生き残った者だけを連れて走り去った。

 レイズは当然ながらそれを追撃しようと動く。


『逃げても無駄ですが……おや?』


 だがレイズの霧は離散し、ジミーは骨組みだけとなった機竜の下に投げ出されたのだ。


「調整不足と言った所ですかね……」


 青年は木々に衝突しそうになりながらも何とか着地すると、静かにレイズを見上げた。






 ――――――――――――――――――――






 ジミーはレイズの微調整を行う為に煙の燻る里で一晩を明かした。

 製作者たるセンゲは戦闘を行っている内に行方不明となってしまっており、資料を元に自分で調整をった結果である。


『さて……』


 万全の状態となったレイズはアヴェルス軍の追撃に向かっている。

 以前とは異なり四肢を使っての疾走も可能となったレイズだが、追いつくには相当の時間を要するだろう。


 その時間で彼にはいくつかの思考を巡らせる事が出来る。


『レイズの力は強大。扱いを間違えない方が良さそうですね……』


 手に入れた力で自分が何を成すのか、それはアヴェルスへの復讐に決まっている。

 だが国を相手に個人が戦いたいのであれば味方を作る必要がある。


『その相手を誰にするか、そこが問題ですね……』


 真っ向から敵対しているアヴェルスは論外である。

 他の国も戦いに関わろうとはしないのだからこそ味方を作る事が重要という話でもあるのだが、問題はループして一向に解決する兆しを見せない。


 だが別の兆しは見つける事が出来た。


『……む、森を抜けた先に何か居ますね。読みが当たりましたか』


 霧の里から逃走したアヴェルス軍は、急増した負傷者を抱えてクエイク王国方面へと逃走している。

 森を囲んでいた部隊とも合流して数だけはかなりのものだ。


『今回は真正面から行くとしましょう』


 完全となったレイズがある以上、ジミーが敵を恐れる必要は無い。

 勢いよく近づけばすぐに上空から矢が降り注ぐも、レイズは前脚を上げて防御する。


『こんなもの……』

「今だ、突撃開始!!」


 数というのは存在するだけで驚異となる。

 度重なる戦闘でそれを実践してきたアヴェルス軍は、槍や斧を持った兵士にレイズを囲ませた。


「首の下を狙え! そこに操縦者が居る!!」

『おやおや、もうバレているのですね』


 霧の里で会敵した兵士の一人はジミーが霧の中から現れた場所を覚えていた。

 彼らはそこを必死に攻撃しようとするが、レイズの抵抗も激しい。


 暴れる四肢と尻尾が次々と敵兵を粉砕した。


「こんの……野郎ぉぉぉぉおおおお!!!」

『おっと』


 霧は深く強固であり、破城槌の衝撃をも吸収する性質を持っている。

 だが必死に押し込まれた武器はジミーのすぐ近くにまで迫る事が出来るだろう。


「届いた!!」

『そうですね、届きましたね』


 だが刺さってはいない。

 ジミーは片手で槍を掴み、レイズの胸元にある霧を離散させた。


「えっ……えっ、嘘だろ。何なんだよお前!?」

「私はただの復讐者ですよ」


 アヴェルス兵は姿を晒した操縦者に注視し、我先にと刃を突き付ける。

 一方のジミーは竜の使者となった事で強化された肉体を活かして格闘戦を優位に進め、敵の数が十分に集まった事を確認すると再び霧の中に収まった。


『さて、ボーナスタイムはここまでです』


 レイズは四肢を地面へと食い込ませ、翼を左右のやや前方に展開する事で逃げ道を塞ぐ。

 大きく開かれた口腔内には流動性と酸性の高い霧が大量に集まっていた。


『不用意に近づくからこうなるのです』

「……攻撃が来るぞ! 今すぐここから離れろ!!」

「なっ、何だ!?!?」

「ぎゃぁぁぁぁああ!!!!」


 アヴェルス兵の一団は正面から酸性の霧によるブレスを受けた。

 数秒続いたそれが作り出すのは死体の山ではなく、死体だった物の赤い池である。


『グロいですね~』

「化け物め……!」

「だがあと少しだ。あと少しで……」


 彼らの戦闘音とは別に、丘の向こうから人の大群が近づく音が聞こえる。

 それはレイズや霧の里……ましてやアヴェルスの味方では無い。


「こちらはクエイク王国軍国境警備隊だ、今すぐ戦闘を中止しろ」

『む?』

「今だ! 総員離脱だ!!」

「「「了解!!!」」」


 アヴェルス軍の指揮官は警告を聞くと同時に指示を出す。

 すると兵士はいくつかのグループに分かれて移動を開始し、散り散りとなった。


 その場に残されたのは守るべき物がある国境警備隊。

 そして彼らの安全を脅かすほどの力を秘めたレイズである。


 アヴェルスの目的はクエイク王国を今回の戦闘に巻き込む事であった。


『なるほど、そういう事ですか』


 事態を把握したジミーはすぐにアヴェルス兵を追おうとする。

 だが国境警備隊の動きは素早く、レイズが動く前に周囲を取り囲んだ。


「貴様は何者だ?」

『霧の里のジミーです。俺に皆さんへの敵意はありませんよ』

「ふむ、敵意が無い事は了解した。だが貴殿からの事情聴取を行わなければならない、その化け物から降りてもらえるか?」

『仕方ありませんね。大人しく従いましょう』


 眼の前の彼らを蹴散らしてアヴェルス軍を追撃しても良いが、ジミーとて無闇に戦闘を行いたい訳では無い。

 レイズから霧を離散させた彼は両手を上へ伸ばし、行動でも敵意が無い事を示した。


「協力感謝する」

「勿論です。俺としてもクエイク王国は敵に回したくありませんから」


 こうしてジミーは事情聴取の為に近くの街へ向かう事となった。


 だがレイズは彼にしか動かす事が出来ない。

 結局はもう一度乗り込んで操縦し、国境警備隊の誘導で門の近くに駐機させた。


「――もう一度確認したいのだが、貴殿は我々への敵意は無かったのだな?」

「はい。俺はただ里を燃やしたアヴェルスに復讐したいだけですから」

「そうか……」

「協力感謝する」

「いえいえ、こちらこそお騒がせして申し訳ない」






 ――――――――――――――――――――






 ジミーは国境警備隊に一通りの事情を説明し終えた。

 それが終わる頃にはすっかり日が傾き、アヴェルス軍も遥か遠くに行ってしまっている。


 彼は即座の行動を諦めて国境警備隊の手配した宿で休む事にした。

 長時間拘束した事に対する謝礼の意味もあるが、監視の意味も大きいだろう。


 そうして多少のトラブルがありつつも体調を整えたジミーは相棒の機竜へと乗り込み、再び移動を始める。


『さて……クエイク王国がこっちで里がそっちなら、アヴェルスの一番近い街は向こうですね』


 里の代表として外交の真似事をしていたジミーは各国を巡った。

 そのおかげで各地の地図は頭に入っており、足取りに迷いは無い。


『彼らは一番近くの自国領内に逃げ込んだはず。であればこの方向で合っているはずですが……』


 それだけ足が早かろうと、大軍の痕跡を消すのは難しい。

 違うならヒントを集めつつ全ての拠点を虱潰しに回るだけだ。


 幸いにもそうした選択肢が現実的な程に機竜という存在は大いなる力を持つ。

 最初はただ地面を走るだけであったが、ジミーは次第に翼の使い方をも会得した。


『空の旅は気持ちいいですね』


 ジミーは一人、いつか空を飛んで各地を巡ろうと心に決めた。


『おや、読みは当たったりましたか』


 眼下にアヴェルスの街が広がっている。

 その壁外には破壊された装備等が無造作に積まれていた。

 酸で溶かされた物も混じっている事から、里を襲った部隊が居る事は間違い無いだろう。


 だがこちらから視認出来ると言う事は相手からも視認出来ると言う事であり、壁に設置されたバリスタがレイズへと向けて放たれた。


『当たりませんよ』


 それでもレイズへ命中させるには弾速が足りず、アヴェルス軍はレイズの侵入を許してしまった。

 着地点は街の中央にある広場だ。


『さて。出来れば無関係な人を殺したくは無いので、軍関係者の皆様は速やかに首を揃えて頂けると狩りやすくて助かります』


 ジミーはそう宣言したが、兵士達が領主の館に集められているであろう事は上空からの観察で理解している。

 レイズはメインストーリーを歩いて領主の館へとゆっくり近付いた。


『返答は無しですか。それはで――』


 ジミーが最後の宣告をしようとしたその瞬間。

 領主の館は爆発した。


『――なっ、何ですか!?』

『ハーッハッハッハ! これが我が機竜、スモッグである!!』


 スモッグと名乗る機竜はレイズに装甲を追加したような見た目をしているが、装甲の各所から漏れ出した黒い霧は周囲の物を溶かしている。

 それは基本的に無害なレイズの霧と大きく異なった性質だ。


『レイズ以外の機竜があったとは……!』


 だが機竜は霧の里の技術で作られた存在。

 アヴェルスに属する者が持っているのはおかしい、ジミーはそう考えた。


「やぁ~、久しぶりだねぇジミー。そろそろ来る頃だと思ってたよ」


 メインストーリー側にある建物の屋根からレイズへと大声を上げる青年。

 答えはジミーの見知った彼が持っている。


『ヤマさん、何故そこに……まさかッ!?』

「何故かと言われれば、何人か居た内通者の一人だからかな? まぁ首謀者はボクなんだけどね」

『一体どうしてそんな事を!!』

『えーいお前達! このマクシム様を無視するでなーい!!』

『今アナタに構っている暇は……うわッ!?』


 黒い霧を纏うスモッグがレイズへと突進する。

 互いの霧は干渉し合いどちらにも届く事は無いが、周囲の様子は違った。


「うわぁぁ!! あ、足がぁぁあああ!!!」

「誰か助けてくれぇぇぇ!!」


 黒い霧は流動性が高く、スモッグが動くたびに散らばっている。

 それは市民へと襲いかかり多くの犠牲者を作り出しているのだ。


「うーん、やっぱこうなるよねぇ」

『ヤマさん……こうなる事が分かってたなら、何故止めなかったんですか!?』

「必要が無いからね」

『クッ……!!』


 ヤマは最初からこうなる事が分かっていた。

 だが今までもこれからも止めるつもりは無いらしく、ジミーがこれ以上の被害を抑えるにはスモッグの方を止めるしか無いだろう。


『そこの機竜、アナタは街をメチャクチャにするつもりですか!』

『ふん! 下民共の生活がどうなろうと知らんわ!!』

『本気ですか……っ』


 交渉は一瞬で決裂し、レイズは真正面からタックルを受けた。

 相手が自分とは完全に異なる思考の持ち主である事を確認したジミーは覚悟を決める。


『それなら……俺がアナタを止めてみせましょう』

『無理だな。機竜のスペックは我がスモッグが上、そして操縦者の素質も上! 当然ワガハイが勝っているぅ!! 故に貴様の敗北は必然であ~る!!!』


 スモッグが真正面から首を狙う。

 レイズも必死でそれに対抗するが、単純な力比べでは徐々に押し込まれるしかない。


 そしてスモッグは攻撃の度に黒い霧を撒き散らし、多くの人や物を溶かした。


『少しは周りを見なさいよ……!!!』

『知ったことでは、なぁぁぁぁぁあああい!!!!!!!!』

『うわぁぁっ!!』


 尻尾による強烈な一撃がレイズに当たる。

 その勢いは数軒の建物を貫き、半壊した領主の館へとぶつかる事でようやく止まった。


『くっ……』

『さて、そろそろ仕留めるとしよう』

『俺はそう簡単には仕留められないですよ』


 辛うじて霧は保持しているが、レイズの四肢は動かない。

 唯一翼は動くがこの状況では意味が無いだろう。


 ジミーはマクシムと言い合う間にも頭を必死で回し、この場を切り抜ける方法を探している。


『特に名残惜しくは無いが、この一撃で……おさらばである!!』


 スモッグは大きく後ろに飛び退いて助走を始める。

 レイズを仕留めようとしたその動きにこそ逆転のヒントはあった。


『…………これだっ!!』


 レイズは四肢の霧を翼に集めた。

 マクシムはその霧を防御に使用すると考え、次の一手を打つ。


『何をしようと無意味である!!』

『そうでも無いですよ!!!』


 翼の先端は地面へと向けられ、先端部から霧を勢いよく噴射した。

 そうなれば結果はただ一つ。


『と、飛んだ……であるか!?』

『スモッグの攻撃が重いのは装甲の隙間から霧を噴射して勢いを付けているから、ですよね? ヤマさん』

「この短時間でもう仕組みを理解するとは……。相変わらず厄介だねぇ、君は」


 レイズの場合は良くも悪くも装甲による枷が無い。

 操縦者たるジミーは常に圧縮と放出の細やかなコントロールをしなくてはならないが、空中起動を出来ると出来ないでは大違いだ。


 レイズはしばらく滞空して状況把握に努めた。


『た……たかが飛んだ程度! 瀕死の羽虫のような動きであれば容易に落とせるのである!!』

『感覚は理解しました。今度はこちらから行きますよ!!!』


 レイズは体勢を整えて一度着地すると即座に浮上。

 急加速と急ターンを繰り返し、空中からの連撃を仕掛けた。


「キミの技量はやっぱり面倒だね。でもその程度の攻撃で、スモッグの装甲を抜ける訳が無い!!」

『でしょうね』


 ジミーは既に装甲の強度を体感している。

 であれば真正面から攻撃しようとは思わないだろう。


 機敏に飛び回るレイズはスモッグの背中に張り付くと、前脚で装甲を掴んだ。


『まずは一つ……ッ!!』

『うん? 貴様何をしているのであるか?』


 直後に翼を下へ向けて霧を全力で噴射し飛び上がろうとする。

 スモッグは僅かに浮き上がったが、その巨体が持つ重量で落下した。


『おっとと……流石にこれは効いたのである』

『気に入って頂けたのなら何よりです。もっとお効かせしてみせますよ』

『ふん! 貴様に次は無いのである!!』


 スモッグはレイズを叩こうとするが、行動を始めた時には既に別の場所へと移動していた。

 その手には大きな金属の板が収まっている。


「……おいマクシム! それ以上装甲を剥がされるとマズイぞ!!」

『その程度の事が何であるか!!』

「ッチ、やっぱバカを機竜に乗せるんじゃなかった!」


 動くたびに霧が飛び散るという事は流動性が高いということ。

 装甲が追加されているのも、その声質故に形状を維持出来なかったからに他ならない。


『二つ』

『このッ……』

『三つ』

『ちょこまかと!!』

『四つ』


 レイズは下半身上部を中心とした装甲の多くを剥ぎ取った。

 マクシムは大した影響が無いと思っているが、結果の見えているヤマは顔色を悪くしている。


『仕上げです』

『ようやく真正面から殴り合う気になったのであるか?』


 レイズは最初に着地した広場を背に、スモッグは館の跡地を背に地面を地を踏みしめる。


『『はぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!!!!』』


 巨大な機竜が二体同時に地を蹴り加速する。


 押し込むのは当然スモッグ――


『なっ、何故である!!』


 ――では無かった。


 レイズに押し込まれるスモッグは下半身から霧を溢れさせ、その度に力を失っていく。

 やがて両者は館の残骸に激突し土埃を巻き上げた。


『何故!! 何故であるぅぅぅぅううう!!!!!』

「霧不足か……」


 機竜は竜脈からのエネルギーで動いているが、そのエネルギーを動作に変換する役割は霧が担っている。

 つまり霧が無ければ動く事は出来ないのだ。


 マクシムはその答えを知る事も出来ず、ただ叫びながら機竜と霧と館の残骸に飲み込まれた。


「さて、ボクはこの辺で……」

『逃がす訳が無いでしょう』


 翼をスラスターとして素早く動かし、レイズはヤマを掴む。

 牙を見せる口腔内には霧が集まり蠢いていた。


「まっ、待ちたまえ! キミは同郷の人間を殺すつもりかい!?」

『アナタは里の裏切り者であり復讐の対象です。安心して下さい、何も問題はありません』

「安心出来るか! ……それは人殺しをするってこと何だぞ!!」

『それが何だと言うのですか?』

「人が人を殺すなんておかしいじゃないか!!!」

『そうですね、おかしいですよ』


 誰かに頼まれた訳でも命じられた訳でも無く、ジミーは彼自身の意志で平然と他者を傷付けている。

 その状態はヤマの言う通り狂っていると言えるだろう。


 竜の使者という力ある者の素質がそうさせたのかもしれないが、決定打は燃える里と殺される仲間を見たことにあるだろう。


『ですがね。俺は復讐という目的の為ならどれだけ手が汚れようと構わないんです』

「やっ……やめろ!!! それだけは!!!!」

『では、さようなら』

「やめ……て…………く………………」


 物言う肉塊は霧に包まれ、やがて崩壊した。





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霧の竜(短編版) 鳥皿鳥助 @tori3_1452073

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