エピローグ

「アメリア……久しぶりだね」


 優しげな面立ちの老紳士が、こちらに向かって微笑みを浮かべる。


 自分は夢を見ているのだなと、アメリアはぼんやりと思った。


 だって、目の前にいる人物は、もう会えるはずのない人だから……。


「お義父さま……」


 ガーディナー男爵の夢は、今までもたまに見ていた。


 闇の中、幼い自分が泣きながら彼を追いかける夢だ。男爵は、立ち止まることなく蜃気楼のように姿を消して、一人取り残された自分は、蹲っていつも泣き続ける。


 独りぼっちで寂しいと……そんな夢。


 でも、今日は違った。


 男爵は立ち止まり、昔と同じ優しい目をしてこちらを見ている。


「もう、アメリアは一人じゃないね。大丈夫だね」


 アメリアは、男爵へ微笑み返し頷いた。 


 それは木漏れ日に包まれているように、優しく穏やかな一時だった。



◇◇◇



「アメリア」


 ハッと目を覚ます。いつの間にかアメリアは、レオンの肩にもたれ掛かり、うたた寝をしていたようだ。


「長旅で疲れたんじゃないか?」

 港に着くまで、もう少し寝てろよと、レオンに気遣われてしまった。

「大丈夫。ちょっと馬車に揺られて、ウトウトしちゃっただけ」


 学園の秋休みを使ってアメリアは、生まれ故郷への里帰りを決めた。

 久々に、育ての親であるガーディナー男爵の墓参りをしたくなったのだ。

 そのことをレオンに話したら、彼も一緒に挨拶に行きたいと言い、二人で帰ることとなった。


「久しぶりに、お義父さまの夢をみていたみたい」

「そっか……」


 先程、ガーディナー男爵の墓参りをしたから、夢の中へ会いに来てくれたのかもしれないとアメリアは思った。


「レオン、わざわざこんな遠くの田舎町まで、ついてきてくれてありがとう」

「礼なんてよせよ。オレが来たくて勝手に来たんだ」

「ううん……レオンが、一緒にお墓参りしてくれたから、お義父さまも安心してくれたんじゃないかと思うの」


 夢の中で、もう一人じゃないねと嬉しそうに笑っていた男爵を思いだし、アメリアの顔も綻ぶ。


「安心してくれてたらいいけどな」

 オマエなんかにアメリアはやらん、とオレの夢にも出てきたらどうしようかと、少し真剣な顔で言ってきたレオンにアメリアは笑った。


「お義父さまは、そんな怖い人じゃないから大丈夫だよ」

「そうか? なら、これでオマエの父上にも、公認の仲ってことだな」

「うん!」


 こんなに穏やかな気持ちで故郷に帰ってこられる日が来るなんて、想像もできなかった。


 ガーティナー男爵を亡くし、泣いてばかりいた幼い頃の自分に教えてあげたい。


 大丈夫。また心から笑える日が来るから、と。

 

「レオン……ありがとう」

「なんだよ、突然」

 礼を言われるようなことをした覚えはないと、彼は言うけれど。


(今、この未来があるのはレオンのおかげなんだよ)


 言葉には出せない思いを心の中で呟いた。


 もしも、自分の瞳の力が、本当にレオンに共鳴することで発動するならば、魔女狩りにあったあの時、彼が強く願わなければ過去には戻れなかったはずだ。


 それだけじゃない。心を閉ざし塞ぎ込んでいた自分を見捨てることなく、暗闇から救い出してくれたのも彼だ。


 変わりたいと思うきっかけをくれたのも。


 全部レオンの存在があったから……。


「レオンは、わたしのヒーローだよ」

「それは光栄だな」

 アメリアの言葉に、レオンは少し照れくさそうに笑っていた。






「実家の方には挨拶しなくて良かったのか?」


 アメリアは最初の予定通り、故郷の田舎町には一泊もせず、誰にも会わず、目的の墓参りだけ済ませると、すぐに一日二便しか来ない大陸までの船に乗り込んだ。


「いいの。わたしの家族はお義父さまだけだから」


 決して寂しげではなく、吹っ切れたようにそう言うアメリアの表情を見て、レオンがそれ以上なにか言うことはなかった。


「見て、夕日が海に沈んでいく……キレイだね」

 キラキラとオレンジ色に染まる海を、甲板から眺めアメリアは目を細める。


「ああ、本当だな」

 そう言いながらも、レオンが見ているのは、海面ではなくアメリアの横顔だった。


「レオン?」

 視線に気づいたアメリアも、彼の顔を見上げる。


「今は、まだ……オレも半人前だから、すぐには無理だけどさ……早く一人前になれるようにがんばるから」

 アメリアは、最初、彼がなにを伝えようとしているのか分からなくて、首を傾げたのだけど。


「オレも、オマエの家族になりたい」

「え……」

 なにを言われているのか理解したアメリアは、驚きで目を見開いた。


「そうなれたらいいなって、思ってるよ」

「うん……わたしも」


 どちらからともなく唇を寄せ、気持ちを確かめ合うようなキスをする。


 甘い刺激と共に、胸の奥に温かな感情が広がってゆく。


 アメリアは幸せを噛み締めるように、レオンに寄り添った。




 いずれは、この瞳の力が完全なものとなり、周りに知られてしまう時が来るのかもしれない。

 その時、どんな未来が待ち受けているのか、まだアメリアにもわからない。


 けれど、レオンと一緒ならなにが起きても乗り越えていけるような気がした。


 こんな風に楽観的に考えられるようになった自分に、少し驚いたけれど、不思議とアメリアには想像できたのだ。


 一年後も、十年後も、その先も、愛し合い寄り添っている自分たちの姿を――。




END

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虐げられて育った魔女の娘は、幼馴染みの溺愛に気付けない 桜月ことは @s_motiko21

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