最終話音無さんはいつも可愛い


「かなた君、話があるの?」

「突然どうしたんだい、雪さん」

 ついに始まりました告白シーン。分かると思うが一応かなたが男で雪が女ね。そして、今まさに俺は告白されようとしているのだ。まあ、正しく言うとかなた君がなんだけどね。 


 それはそうとしても、少しぐらいは俺も夢を見ていいと思うんだ。

「私たち今日で卒業よね。もうこの教室に来ることはない」

 音無さんはとても大人びた声で教壇から俺に語りかけてくる。いつもの鈴の音のように可愛らしい声ではないことにドキッとする。


「ああ、卒業式もすでに終わったしね」

「私たちがこうして話すことはこれからなくなるのね」

「それはどうかな? 卒業したからって僕たちの付き合いがなくなるわけでもない。これまで通りの関係で変わらないさ」

 この主人公読んでて思うけどギザすぎやしないか? 何が今まで通りだよクソ鈍感!  

 卒業という重要イベントによる別離を軽く見すぎだろコイツ! 雪の微妙な気持ちに早く気づけよ! かなりモヤモヤする。


「本当にそう思っているの、かなた君? 卒業したら毎日顔を見合わせることはないのに、今まで通り変わらず仲良くできると思うの? 大学に進学したらそっちで友達が出来て私たちの付き合いがなくなるかもって考えたことはないの?」


 音無さんは雪と同化したかのような悲痛な表情を浮かべている。そんな彼女を見ていたら俺まで苦しくなってきた。これあくまで音読だよな? 演劇じゃないよな? もしかしたら、彼女の新たな才能を俺は開花させてしまったのかもしれない。


「……。ごめん、俺の考えが甘かったね。俺も疎遠になる未来を考えなかったわけじゃないんだ。ただ、雪さんと離れていくって現実から目を背けていたんだ。俺はこれからも雪さんと仲良くしたい! 雪さんはどう思う?」

 お前はっきり好きって言えよ! 読んでてイライラするなオイ! それと反比例するかのごとく雪のヒロイン力は上がるけど。


「ずるいね、かなた君。私から言わせようとするなんて」

 音無さんは相変わらず教壇の上にいる筈なんだが、一瞬彼女が目の前に現れた錯覚がした。彼女のつややかな黒髪、長いまつげ、うるんだ瞳、透き通った白い肌の細部まで見えた気がした。現実にイジワルな恋する乙女が現れたのかと思ってしまった。恥ずかしい……。

 そんなことあり得る筈ないのだ。夢から覚めろ俺!


「雪さん?」

 この期に及んでその対応よくできるな、かなた。現実にいたら絶対ウザいぞ。

「できれば君から言って欲しかったんだけどね。仕方ない私から言うね」

 緊張した空気が教室中に満ちた。そのまま三十秒ほど静かに時が過ぎた。そして、その静寂を破る声が響く。

「かなた君が大好きです。付き合ってください。できれば、一生傍に置いてください」

 音無さんは頬を赤く染めて弾んだ声で精一杯にそう告げた。今度のは錯覚じゃない。その証拠に彼女は言い終わった後も、緊張を治めるために深呼吸して体を上下させている。

 少女漫画ならこの教室中にバラが咲き誇っていそうだなとアホな考えが浮かんでしまった。それぐらい現実逃避したくなるくらいに今のは……。アホか!


 それより音無さんは今ので持ってきた原稿をすべて読み切った。緊張から疲れただろう。

 俺がその場から動こうとする前に音無さんが口を開いた。

「し、新藤君。今から伝えたいことがあるのでそのままで居てもらえませんか?」

 音無さんの声は先ほどより震えていた。顔は下を向いているが赤く染まっているのが分かる。なんとなく雰囲気からそうだろうとは思ったが、俺の願望ではないかと不安もある。

 しかし、今はただ彼女の言いたいことを聞くのが最優先だ。



「音無さん。俺の方は大丈夫だよ」

「この機会を逃すと一生言わないままだと思うので。今、言わせてください。わたしは新藤君のことが好きです。」

 音無さんは先ほどの震えを振り切って堂々とした態度で俺に告白した。その時、俺の中にはハンパない充実感が広がった。

 小坂と二人で音無さんには彼氏が出来ないと語っていたのが馬鹿らしくなった。俺たちは彼女を見くびっていたのだ。彼女は恥ずかしさを克服する強さをもっていたのである。



 俺はたまらず音無さんに駆け寄って、彼女に手を握った。

「俺、スゴイ嬉しい。ありがとう音無さん」

「告白してありがとうと言われるのはさすがに想定していませんでした」

「とりあえず付き合おう、音無さん!」

「はっ、はい。新藤君嬉しいのですが、手を離してもらえると。そのスキンシップはまだ恥ずかしいです」

 俺は急いで音無さんから手を離した。俺の手は手汗でぐっしょり濡れていた。おそらく彼女の手も濡れていることだろう。彼氏になって早々に彼女に嫌なことをしてしまった。


「手を汚くしてすみません」

「全然気にしてませんから落ち込まないでください。そ、それよりお付き合いとは具体的に何をするべきでしょうか? わたしの想像力では何も思いつかなくて。創作上ではよく知っているのですが。それらを新藤君とするのは何か違うなと思ってしまって」

 確かにお付き合いって何するんだ? 映画、買い物、登下校、旅行。俺の想像力が貧困すぎる。でも、今出てきた言葉と俺たちを結び付けてもしっくりくるのは登下校ぐらいだな。他はなんか違う気がする。


「俺もまあ一緒に登下校するぐらいしか思いつかないな。それ以外は今と変わらずでいいんじゃないか?」

「今と変わらずですか?」

「うん。まだ音無さんは大勢の前で発表するところまでいってないしな。それにこの時間が好きだから」

「そ、そうでした!まだ目標は達成できていません。頑張らないと!」

 音無さんは雷に打たれたように驚いた後、慌てて鞄から国語の教科書を取りだした。


「今から続きやるの! 大丈夫なのか音無さん!」

「わたしには努力が足りていませんでした。すいませんがご指導よろしくお願しますね新藤君」

 音無さんに満面の笑みで頼られると俺には断ることはできない。

「程ほどにね、音無さん」

「程ほどになんてできないですよ。だって、わたしもこの時間が大好きですから」



 俺の彼女になった音無さんはやはりいつもと変わらず可愛らしい。

 

 

 

 

















 














 

 







































 


 

 

 

 

 

 

 

 

 




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隣でささやく音無さん りりん @88mdneo

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