あとがき

 通読していただき、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?


 発話である前作はプチミステリー風に仕立てましたが、続編である本作は趣向を変えてコメディータッチにしてみました。と言うか、まだいろいろと「足りない」ルイが動けば自ずとこうなるはずなんです。


 どけち店長の喝入れと前沢先生とのシェア生活で、鶏小屋を出たあとの馴化が順調に進んでいるように見えますが、ルイには厄介な『穴』がまだまだいっぱい空いています。受験勉強に集中した分、その穴埋め作業が後回しになっていました。

 ルイの自立支援に強引に巻き込まれた前沢先生はできるだけ早くルイとの距離を離したかったので、宣言通りに恋活を頑張りました。ルイは、シェアの解消にもっと早くに備えなきゃならなかったんです。お気楽ルイの悪い面が出ちゃったんですね。


 突然のシェア解消に大慌てのルイが片時ものほほんとしていられなかったのは、五日間の奮闘でわかっていただけたかと。もちろん、ルイを駆動したのはめーちゃんです。

 初日にモノローグで語らせましたが、ルイにとってめーちゃんは単なるシェアメイトでした。ただ、義父の束縛から必死に脱出を図っている姿が自分の過去の苦闘とだぶって、窮状が他人事に思えなかったんです。困っている人を助けるというスタンスでめーちゃんのサポに回り、見事に助け切りましたね。

 めーちゃんはめーちゃんで、義父による極端な囲い込みと飛び抜けた容姿のせいで親しい友人が誰もいません。義父以外の人との深い交流を待ち望んでいたので、穏やかで親切なルイに飛びついたんです。それに、ルイは見るからに草食系ですから。


 ただし。この五日間で二人の間に生じたのはシンパシーと信頼関係だけで、それ以外にはまだ何もありません。難破船の破片に二人してしがみつき、五日間励まし合っただけなんです。

 それに、めーちゃんはまだルイの特殊性を知りません。ちょっと変わった男の子だと思っているでしょう。ルイは自分の特性を隠すつもりは全くないんですが、だからと言って自分からおおっぴらにするつもりもありません。まあ、そのうちわかるだろうっていうスタンスですね。


 二人の関係にどのような化学変化が起こるか。そのあたりが次話以降の展開につながっていきます。


◇ ◇ ◇


 本作では、前作同様に親子のカタチというテーマをもぞもぞいじりながら、そこに「推測と検証」というテーマを追加しました。


 五日間、ルイはたくさんの推論を組み立てましたが、推測のベースになっているものは事実だけではないんです。推測に感情が入り込むと、すごーく厄介なんですよ。

 めーちゃんの義父である丈二の思考や行動を推測するに当たって、ルイは丈二の位置付けをどんどん下げてしまいました。最初は極端に心配性なめーちゃんの庇護者という客観的な見方をしていたんですが、めーちゃんを力尽くで抑え込もうとする姿を目の前で見て評価を最低に落とします。自分が親から加えられた抑圧とかぶりますから、どうしても厳しい評価になっちゃうんです。

 話し合い直前のシミュレーション、紗枝による真相告白後の再考でも、丈二の位置付けをほとんど上げていません。思考にものすごく強い負の感情バイアスがかかってしまったんですが、ルイ本人には推測に自分の感情支配が及んでいるという自覚がないんですよ。

 店長は、ルイが抱え込んでしまった丈二に対する負のバイアスをすごく気にしています。だから最終話でパパっ子だっためーちゃんの昔話をしたり、丈二へのフォローが必要だとあえて口に出したり。見かけの落ち着きとは裏腹に幼児性が解消しきれていないルイのアンバランスは、わかる人にはわかるってことなんですよね。


 ただ。ただ、です。ルイの立てた推論は自身の行動、言動にほとんど反映されていません。丈二の夜襲を過度に警戒したくらいですね。めーちゃんのフォロー役に徹している間は、行動に自分の中途半端な推測を入れ込む余地がないんです。自分の外に出さない限り、推測ってのは第三者に影響しにくいんですよ。

 その一方で、店長が口に出してしまった推測……章さんに酷似しためーちゃんを見るのが辛くなって母親が家を離れたという事実に反した推測は、顔貌にコンプレクスのあるめーちゃんの自傷衝動につながってしまいました。推論が善意に基づいて組み立てられたと言っても、その影響がポジティブに現れるとは限りません。そこが推測の恐ろしいところだと思います。


 もちろん推測はあくまでも推測にすぎません。生きていく上で重要なのは、事実と推測のズレをどのように補正するかなんです。コミュニケーションスキルを上げるためには補正能力を高めていく必要があるんですが、ルイの能力は本人や周囲が思っているほど高くありません。それはルイの性格ゆえではなく、コミュニケーションを深める経験がひどく乏しいから。事情はめーちゃんも同じですね。経験を通して補正をきちんとこなしていくのも、大事な馴化訓練なんです。


 推測の補正は未来だけでなく過去にも適用されます。ルイがめーちゃんの家庭事情と自分のケースとを照らし合わせて自分の過去を検証し消化しようとしたことは、これから必ずプラスに生きてくると思います。

 ルイを抑圧した加害者として罪悪感に苛まされていた植田さんも、ルイが落ち着いて距離を調整する姿を見て本当にほっとしたことでしょう。


◇ ◇ ◇


 めーちゃんとその両親の他にも重要なサブキャラが登場しましたね。事故物件専門の不動産屋、岡田さんです。ルイとは逆方向に内面と外面がズレてる岡田さんは、とても造形しがいがありました。さすが店長の人脈です。


 普通一人称で展開する話の場合、主人公が人たらしという設定がとても多いと思うんですが、本シリーズでは結着剤になっているのが店長なんです。岡田さんに限らずで、店長の人脈はみんなどこか人間臭くておもしろいんですよ。もちろん、ルイもめーちゃんもその一人です。

 店長の底面を見通せないようにしておけば、展開のアレンジが非常に楽しくなります。薄味のルイが主人公でも十分話を動かせるんですよね。


 岡田さんには、このあとも要所で活躍してもらうつもりです。なんてったって『女子寮』の大家さんですからねえ。ひひ。


◇ ◇ ◇


 さて。この次のパート3では、本作でまだ穴を空けたままにしてある部分を少しずつ埋めていきます。岡田さんが言ったシェアハウスの『訳あり』部分。そこをこなす形で、ルイとめーちゃんを動かしていこうと思っています。


 最後にあらためて。本話をお読みくださったみなさまにあつくお礼申し上げます。

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