第5話

 突然バカと言われた和人さんは、ぽかんと間の抜けた顔をする。

 麻衣さんが、思い切ったように言った。


「この赤ちゃんはあなたの子どもだよ」


 麻衣さんの言葉に、和人さんは信じられないというように頭を振った。


「は、お前なにいって……。俺の、子ども……?」

「あなた以外いるわけないでしょ!」

「マジか……!俺、パパなのか?」

「…パパに、なってくれるの?」

「当たり前だよ!!」


 麻衣さんが半泣きになる。


「でも、あなたには婚約者が……」

「そんなの俺は認めたことはない!俺には麻衣しかいないんだ!一人で心細い思いをさせてごめんな、ごめんな……」


 彼が泣きながら、彼女を赤ちゃんごと抱きしめた。

貴兄が咳払いする。


「中学生もいることですし、続きはお二人だけになってからお願いできますか?」


貴兄が言うと、二人はハッとしてこちらを見た。


「すみませんでした!!」

「ご迷惑をお掛けしました!!」

「ご両親は説得できそうですか?」


貴兄が聞く。


「もし親を説得できなかったとしても、もう彼女を一人にしたりしません!!」


その言葉に、麻衣さんが涙をこぼした。

よかったね、麻衣さん。

私も嬉しい!


 またしてもドアベルが鳴り、入って来たのは町内会長の中田さんだ。


「お、マスター!琴理ちゃんが小さくなったのかい?懐かしいなぁ!」


 そんなわけないでしょ!!

 なんかおかしな人達で店内がゴチャゴチャしてきた。


「あ、大家さん!」

 中田さんを見た麻衣さんが驚いた顔をした。


「あぁ、麻衣ちゃん!本当にマスターに子守を頼みに来たんだね。うまいだろう?この人。僕がオススメするだけあるでしょ?」


 オススメって、もしかして麻衣さんに私達兄妹のことを話した大家さんて、中田さんなの?


「琴理ちゃんが生まれた頃、当時中学生のマスターがそれはそれは甲斐甲斐しくお世話する姿が町内では有名だったんだよ。麻衣ちゃんが一人で子育てして大変そうだったから、いいベビーシッターがいるよってオススメしたんだ」


 私は横の貴兄たかにいをチラッと見た。貴兄は笑顔を貼り付けながらも口元を引き攣らせているように見える。

 怒ってる怒ってる……。


「--困ったことに、僕はこの町内の『探偵』どころか『何でも屋』くらいに思われているようですねぇ……」

「あはは、そりゃいいな!探偵からベビーシッターまでなんでも引き受けますって看板出しといたらどうだい?」

 「俺も手伝うんでバイト代出してもらえますかね?!」


 能天気に笑う中田さんと大雅。


「中田さん!大雅君!そもそもあなた方のせいですよね?あちこちで話を盛って僕のことを話しましたね!?」

 貴兄がついにキレて、二人にビシッと人差し指を突きつけた。

 貴兄に指を指された中田さんと大雅は慌てて目を泳がせた。


「つまり、この事件の引き金はあなた方の撒いた噂話です!!」

「えぇっ!俺は良かれと思って……」

「もちろん私もだよ。妹の世話してたなんて美談じゃないか!」

「僕の本業は小説家です!!」


……今日も騒がしいカフェ・一善なのだった。


         *


「パパができてよかったね、翔太。またいつでもおいで」

 貴兄が翔太くんを抱っこして、その額にそっと唇を当てた。そして、麻衣さんに返す。

 麻衣さんと和人さんはたくさんお礼を言って、手を振りながら去って行った。


 私は貴兄が泣くんじゃないかと一瞬思ったけど、泣かなかった。

 代わりに私が泣きそうになっている。

 貴兄はそんな私の肩に手を置いて引き寄せた。

 そのまま頭をくちゃっと撫でられる。


「なんで琴理が泣くんだ?」

「貴兄、翔太君がいなくなって淋しい?」


 私が聞くと、貴兄はふわっと笑った。


「いいえ、僕はまだまだ手のかかる子どもで手一杯なので」


 ん?


「それ、あたしのこと?」

「他に誰かいますか?」


 貴兄は極上の微笑を浮かべた。

 その笑顔に、まだしばらくはこの兄の過保護が続くのを覚悟する私なのだった……。


 後日。

「こんにちはー、マスター!今からちょっと美容院行きたいので、翔太を見ててもらえますかー?」

「また来たよ、貴兄!」

「琴理、closedの看板を……」


 こうして貴兄には、カフェ店主で小説家で探偵でもあり、さらにベビーシッターの肩書きまで付け加えられたのだった。

 一部本人の意思を無視して。

 それにしても、貴兄は一体いつ小説を書くんだろう?

 私の学費、大丈夫かなぁ??

 つい頭を抱えた私なのだった…。


 〈完〉

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カフェ探偵はシッター中 天海透香 @Amagai-m

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