ライトくん

尾八原ジュージ

ライトくん

 どういう名目でいくら貸したんだったか忘れたが、とにかくその男は僕から借りた金を返せなくなったのだという。とんと思い出せない約束を勝手に振り回して「返せなかったので約束通り何でもする」と言うので、僕はかねてからほしかったスタンドライトを作ることに決めた。

 僕は今、山奥にぽつんと建っている、以前は小説家の別荘だったという和洋折衷の一軒家に住んでいる。なかなか凝った家だけどリビングにいい照明がないので、面白そうなものを探していたのだ。

 家に男を連れ込んだ僕は、まずスマートフォンを取り出して「照明 人間 作り方」で検索した。幸い家にある道具でできそうだった。

 DIYはやる気があるうちに始めるに限る。ということで僕は借金男を床に座らせると、彼の脳天に電動ドリルで穴を空け、中身を取り出して電球を入れた。電源を繋ぎ、仕上げに男の後頭部をポンと叩く。すると両方の目玉がポンと飛び出し、空っぽの眼窩から光があふれ出した。

 初めてにしてはなかなか上出来だ。お洒落かどうかはさておき、珍しいし面白いし、なにより自分が作ったということで早くも愛着が湧いた。

「そういえば君の名前覚えてないんだった……ライトくんでいいか。じゃあ今日からライトくんということで、お願いします」

「あい」ライトくんが腑抜けた声で返事をすると、開いた口からも光が溢れてきた。

「せっかくここに座ってるとこ悪いんだけど、ちょっと立ってくれる?」

「あい」

「それで、もうちょっと向こうの隅まで行ってくれる?」

「あい」

 ライトくんは目が見えないので、手をとって部屋の隅まで誘導してやる。ソファと壁の間に立たせてみると、なかなかいい。読書をするときに手元が見やすくなった。

「結構いいなぁ」

「あい」

 脳みそを粗方かきだしてしまったので、会話の中身は期待できなさそうだ。まぁでも相槌を打ってくれるだけでいいと思うことにした。かえってうるさくなくて快適かもしれない。

 僕は工具をしまうと読みかけの本を持ってきて、ライトくんの傍らで読み始めた。ライトくんは僕の横に黙って立っていた。


 ライトくんは思いのほかうちのリビングになじんだ。というか、お互い慣れたと言った方がいいかもしれない。

 三日もすると、ライトくんはもう何年も前からここで照明をやってたみたいなたたずまいに変わって、気のせいか顔立ちも落ち着いた雰囲気になってきた。僕は僕でライトくんに愛着がわき、なかなかいい照明を手に入れたと満足だった。猫背気味なところも、着の身着のままだったヨレヨレのTシャツに穴の開いたデニム姿も、これはこれでビンテージ感があってかっこいい気がしてきた。

 ライトくんは食事をとることができないので、僕は毎日点滴を打ってやった。人間の間接照明は一月ももてばいい方らしいが、もう少し長持ちさせてやりたいものだ。色々と試行錯誤するうちにとうとう一ヵ月が経った。僕の努力が実を結んだのか、ライトくんはまだ元気に光っている。

 そんなある日、街に出て買い物をしていると声をかけられた。金貸し仲間の男である。例によって名前を憶えていないが、ともかく見覚えのある人間ではあった。

「俺、こいつに金を貸してたんだが飛んじまったみたいでな。見かけたら教えてくれよ」

 そう言って見せられた写真には、照明器具になる前のライトくんが写っていた。

 何ということだ。ライトくんは金を借りた相手を間違えたのだ。またその間違えた相手が、いい加減さには定評のある僕だったものだから、そのままことが進んでしまったのだ。

 金貸し仲間には悪いが、あんたが探しているこの男はうちのリビングで照明をやっていますなんてこと、到底言えたものではない。

「うーん、見たことないなぁ」

 僕が嘘をつくと、「まぁお前、人の顔覚えないからな」と言われた。その通りだと思った。

 しかし困った。金貸し仲間も金が返ってこなくて困っているだろう。だからといってライトくんを手放す気は僕にはないし、そもそもあの状態の彼を引き渡したところで相手が納得するかどうか。美女で作った照明器具なら売れるだろうが、ライトくんはちょっと、いやかなり微妙ではないだろうか。やっぱり最初に「あんたに金なんか貸してないよ」とつっぱねておくべきだったと後悔しながら自宅に戻ると、リビングの隅にライトくんが倒れていた。

「ライトくん!」

 駆け寄って声をかけると、ライトくんは小さな声で「あい」と答えた。そしてがっくりと首を垂れた。

 やっぱり寿命がきたらしい。電球はまだぺかぺか光ってるっていうのに何てことだ。でも死んでしまったものは仕方ないので、僕は庭の隅に穴を掘ってライトくんを埋めることにした。

 大汗をかいてなんとかライトくんを埋めてやると、今度は急に寂しくなってきた。せめて墓標のようなものが欲しい。何もないままでは、僕は遠からずライトくんのことを忘れてしまうだろう。

 僕は借用書の束をぺらぺらやって、返済期限がとっくに過ぎているやつを一枚見つけ出した。スマートフォンを取り出して「墓標 人間 作り方」で検索する。どうやら家にある工具や材料で何とかなりそうだということがわかると、僕は車に乗り込み、ちょっとわくわくしながら出発した。

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