◆◇

「ただーいま」

独りの部屋に静かに声が響いた。

灯りを付けて、脱いだ靴も適当に

私は真っ先に手に持ったビニール袋の中身を冷蔵庫に入れた。

「先シャワーね、んで、ご飯たべてから。」

誰に言うでもなく、狭いワンルームの単身マンションの一室で呟きながらバタバタと準備を進めていく。

こんな日だけど変わらず仕事を、それも夜のシフトで入れたもんだから帰宅したのはもう既に23時になるところだった。

あと1時間しかないな、と自虐的に笑いながらシャワーを浴びる。

店長は「何でこんな日に仕事入れてるの!?言ってくれれば良かったのに!?」

と言いながら、休憩時間にわざわざ近所の喫茶店のドリンクチケットを買ってきてくれた。

もうこの歳で、祝ってくれる人もろくにいない人生だったから、少しだけほっこりしてしまった。相変わらずいい人だ。


「おまたせ」

風呂上がりの髪もろくに乾かさず、買ってきた弁当を温めながら食事の準備をする。

テーブルの上には写真が2枚。

「いただきます」

挨拶だけ小さく呟いて、黙々とお弁当を食べ進める。もうこの弁当も何回食べたことか。

慣れた味を胃にさっさと放り込んで食事を適当に済ませた後は、電気ケトルで沸かしたお湯でインスタントのカフェオレを作る。


冷蔵庫にはチーズケーキ。

ほんとは3カットが良かったんだけど、こんな時間に寄れるケーキ屋など当たり前になく、スーパーでいつも売っている2カット入りのチーズケーキ位しか選択肢は無かった。

まぁでも、チーズケーキ美味しいもんな。

3人で近所の小さいケーキ屋で買って、そのまま公園のベンチで食べたりもしたっけ。


「ハッピーバースデー、トゥー、ミー」

蝋燭のないバースデーケーキを準備しながら、自分の為に軽快な歌を口ずさんだ。

「ハッピーバースデーディア…」


誰に。

誰に祝って欲しかっただろう。


実家の両親や弟妹からはおめでとう、とメッセージをもらった。

仕事場では店長や先輩がびっくりしながら祝ってくれた。

誕生日を口実に、好きなケーキも買ってきた。

どれも嬉しい。嬉しい。

けれど。


「…航、…凪、」

名前を口にした途端、ポロポロ涙が溢れた。

年甲斐もなくボロボロに泣いていた。

深夜23時、壁の薄いおんぼろワンルームで声を圧し殺しながら、クッションを抱き締めて、そのまま床に転がった。


また1つ、離れていく。

鮮明だった記憶を、溢さないように必死で。

振り返る2人の顔は私より随分幼くて。

…いや、私がから。


どうして。

どうして。

どうして。


10年経ってる。

もう10年。


痛みって、薄れていくものじゃないのかよ。

辛いことは少しずつ楽になって

楽しかったって笑える日が来て

そうやって

そうやって


そんなの、望んでないのに。


忘れられない、忘れたくない、

忘れるわけにはいかない。

あんなに大切だったものを、どうして私は置いたまま先に進まなければならないの?

過去の痛みを、苦しみを、辛さを、このまま引き摺り続けて


その先に、あいつらはいないのに。


「っ…情けな…」

らしくもない。

明るくて短気でちゃらんぽらんで適当で

デリカシーないくせにそれなりに有能だった

過去の私が叫んでいる。

そんなの、だーれも嬉しくねぇよ、って。


それでも。

それでも。

それでも


「お前らに…祝って欲しかったなぁ…」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝啓、10年前のあの人へ 茄梨瑞樹(Mizuki. @mizukiooo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ