林檎を食べて

内田高佐

第1話

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 いつもの教室の雰囲気と違う。ざわざわと不穏なものが渦巻いてる気がした。クラスには何グループか存在していて、教室の真中や隅に点々とひと固まりになっている。いつもなら、昨日みた流行りの動画の話だとか、けだるい愚痴等、多種多様な話がグループから漏れてくる。しかし、今日耳に入ってくる話題は全て同じで、そこには困惑と緊張または、悪意をもった興味、醜い人間の感情が見え隠れしているように思えた。

 私はその得体のしれない情報を知るべく、友達のまきちゃんに、話しかけた。

 「どうしたの、なんかあったの。」

 まきちゃんは一瞬目を見開くと、知らないのと悦に浸りながらこの、騒がしさの原因を教えてくれた。

 町の近くで最近誘拐事件が多発していたのだが、犯人が今朝警察に自ら赴き自首したらしい、それも自分が犯人だということを証明するために、誘拐した被害者の切断された腕を持ってきたのだという。

 「こわすぎ、それはみんななんかざわざわしちゃうよね。」

 「それもなんだけど、重要なのはそこじゃないんだよね」

 私が興味を示すかのように眉を動かせば、まきちゃんの顔は秒単位で得意げになっていく。

 「犯人がね。制服をきた女子高生それも「谷垣 結衣」だって名乗ったらしいのよ」

 鳥肌がした。仕方ないその名前は、凶悪な誘拐犯という文脈で語られたくない、私の一番の親友の、ものだから。マキちゃんは、彼女まだ学校登校してないらくして、みんな谷垣が犯人じゃないかって話題なのと、まるで、宝を発見した人みたいに興奮しながら話してくれたけど、やはりどこかちゃんと入ってこなかった。

 『谷垣 結衣』ことユイちゃんは長髪の黒髪が綺麗で読書好きな、幼馴染み。切れ目で、大抵は冷静沈着なまさに和美人、けれど自分の名前を書くとき結の字の、口の部分を丸くする可愛い一面も持っている。そんな男女問わず好かれそうな、性格と外見をしている彼女だけど、私と喋る以外はきまって、小難しそうな本を読んでいるし、態度がそっけないので、他のクラスメイト達とは、見えない大きな壁が存在している。だから、同級生が犯罪をして捕まったかもしれないというのに、どこかみんな他人ごとのようにはしゃぐことができるのだ。でも私は違う、自分が好きな本を私にしってもらうために、文脈がぐちゃぐちゃになりながらも笑顔で語ってくれる彼女の顔を知っているから、冷静なんていられる訳がないのだ。

 ユイちゃんを探そうと、なんも考えもなく教室を出た。しかし探し人は意外にもそちらの方から歩いてやってきた。

 「ごめんちょっと朝いろいろあってね。少し遅れちゃった」

 私の心配の気持ちなんて考えもしてない程の冷静な口調だったけど、不安な気持ちをとかしてくれるには十分だった。

 

 谷垣 結衣誘拐犯容疑事件は、私たちクラスメイト全員が予想だにしない結末をみた。朝のホームルームにて、担任の先生から今回の事件について説明があった。学校側も同姓同名だったため、警察に確認した所、女子高生とみられていた自首した誘拐犯は、実は女装をした男だったという。細見で中性的な顔立ち、また自首した後黙秘し何も喋らなかったため、本当の性別が分かるまで時間がかかり、間違った情報がニュースで流れてしまったらしい。

 放課後朝の強い緊張なんてなかったかのように、だらだらとユイちゃんと帰路についていた。

 学校ではみんなの目もあったし、なかなか聞けなかった話を振ってみる。

「ユイちゃん朝なにしていたの。すごい心配してたんだよ」

 「ごめんね。これのせいでね」

 そいうと本来、作り物かと疑いたくなるような綺麗な、手を私に向けた。いつもならその輪郭に見惚れるものだけど、今日は右手の中指の美しさが絆創膏によって邪魔されていた。

 「どうしたのもしかして、誰かに襲われた」

 「心配しすぎよ。朝林檎を食べる時に切ったのよ」

 「絆創膏貼ってたから遅くなったんだね良かった」

 そうそうと首を上下に動かし、絆創膏探すのも時間かかったのと付け加えてくれた。彼女の一つ一つの言葉が心の靄を晴らしてくれている。ユイちゃんには知られたくないが、私もほんの少しだけ疑いの気持ちを持ってしまったから、犯人ではない証言は安心材料には最適だった。ユイちゃんがなにかしらの犯罪者になっても、宗教の本でも容易く理解する頭と、誰もが一瞬目をとめてしまう容姿がある彼女なら似合うのだろうと、失礼だけど、どこか思ってしまう。そんな私の心の動きなんて知らず、透きとおった彼女の声が発せられる。

「そういえばエリカの朝の行動を聞いていると、学校に着くまであのニュースを知らなかったみたいね」

「それはあ」

 ユイちゃんは突然私に顔を近づけてじっと私の顔を見つめてきた。彼女は時折会話中や、食事中でもこの癖をはじめる。前なぜ、こんなことをするのか聞いたことがあるが、控え目に微笑みだけをかえされた。

 「エリカどうしたの、早く答えを頂戴、頬を赤くする前に」

 私はユイちゃんに指摘された通り、頬をそめながらも、これ以上紅くならないように、少し離れた。動揺を打ち消すために一呼吸する、そのタイミングで道路沿いの並木通りに入って木陰ができ、より話しやすくなった。

 「それが私朝くいいるように、失明しながらも、無事生還した遭難者のニュースみてたんだよ」

 ユイちゃんは、寄り添うように相槌を打ってくれる。この行為が心地のいい雰囲気を作ってくれるので、いつもついつい喋りすぎてしまう。

 「それがもう凄くて、三日三晩何も食べないで歩き続けたらしいの。昨日猟師の人に偶然発見されて、保護されたらしんだけど、疲労が原因で今も寝続けてるらしくて、無事だといいな」 

 深刻な話題とは対照的にユイちゃんは微笑んでいた。普通なら不気味だけど、美人がやるとどこかミステリアスな魅力に変わるから、不平等だなと思う。その不満が少し顔に出ていたのかユイちゃんは易しいトーンで返してきた。

 「ほほ笑むのはおかしいわね。でもエリカが見てる、朝の情報番組は独自路線でいつもあなたはそのニュースを世間に流されず、表情豊かに語ってくれるのが本当に愛おしいのよ」

 彼女につられて私も微笑みとそれが、合図だったみたいにユイちゃんの手が私の手の平を覆う。並木道も終わり日差しが強くなり、それに呼応するように鼓動が速くなり、落ちた体温が上がっていくのが分かる。

 「エリカは私とこいう関係になりたい」

 言っている意味が分からなくて混乱して、握られている手に目を意識せず向けると、その握り方はいつもの友情の印のものではないと気付く。指の間と間さえも塞いで自分のものだと、強くあらわすかのような握り方。

 「ええと」

 理解したはずなのに、混乱はとまらない。頭が回らない。手に汗もかきはじめたと思ったが、その汗は私のものではないと気付く、彼女から伝わってきたものだ。顔をみると頬をそめている。冷静で芯が強くて美しい頼りになるユイちゃんにも、こんなにも守りたくなるかわいい表情が存在するんだ。こんな表情をみたならもう言うことは一つしかない。

 「お願いします」


 恋人になって五分初めてのデート場所はコンビニになった。雰囲気はなくたって幸せの絶頂は変わらない、全てが輝いてみえるから。     

 ゆいちゃんはパピコを購入して一緒に分けて、食べることになった。店の外に出るとうざったい暑さは青春のスパイスに変わっている。

 「エリカは右と左どっちがいい」

 「右がいいな」

 「そっか左は結婚指輪つけるほうだし、右がいいね」

 ユイは慣れたように右と左に、アイスが入ったプラスチックの容器を分けた。その姿と表情はどこまでも本当にどこまでも神々しかった。

 「エリカこの後、家に林檎食べに来なよ」

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林檎を食べて 内田高佐 @kasakasa4583

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