ハルハラ突発ギャグ短編⑤
ねえ熊野さん、と根津が囁く。周りには誰もいない。根津が熊野のことを誘って外に出たのだ。家で根津の誕生パーティーをやり直そうということになり、恐らく他の面子は部屋の飾りつけでもしているはずだ。
根津はネックレスを自分の首から外して「これ、根津家に代々伝わるお宝なんだよ。だから、おいらにとって母さんの形見なんだ」と掲げてみせる。熊野は「ふーん」と興味なさそうにした。
「そんな大事なもん、金子くんに持たせるなよな」
「だってこれ、GPSついてんだもん」
「君も大変だねー」
ふふ、と笑った根津が「これ、母さんすごく大事にしてたんだ。だから、死ぬときにもつけてたでしょ?」と言う。熊野が初めて視線をその宝石に移した。
「今、一瞬考えた?」
「…………」
「さすがにつけてないよ。母さんと父さんが死んだの、寝てる時だったんだから」
「なんだ、その引っかけ問題」
「ねえ熊野さん。どうして母さんと父さんのこと、殺したの?」
何か言おうと口を開いた熊野が、瞬きをして黙る。「どうして?」と根津はまた尋ねた。
「それ、僕に訊いてんのか?」
「他の誰に訊けってのさ」
「『十分な報酬』以外に何か理由があると思ってんのかよ」
「ふーん」
じゃあさ、と根津が握りしめていたネックレスを軽く投げる。それを受け止め、「家宝を投げるな」と熊野はたしなめた。
「それ、熊野さんにあげる。だからおいらのこと、殺してみてよ。十分な報酬でしょ?」
呆れた顔で、熊野はネックレスを投げ返す。
「安すぎる」
「……いくらになるかもわからないくせに」
ネックレスを受け止めた根津が、宝石を見せつけながら「高いんだよ、これ」と訴えた。目を閉じて深くため息をついた熊野が、「いくらだって同じことだ」と言う。
「君を殺すには、安すぎる」
目を見開いた根津が、ちょっと震えながらネックレスを強めに投げつけた。「おい!」と言いながら熊野が必死にそれを受け止める。
「熊野さんなんて、宝石に頭ぶつけて死んじゃえ!」
怒って背を向ける根津に、「なんだよその絶妙におめでたい死因は……」と熊野が呟く。頭を掻き、それから走って根津を追いかけた。
足元からすくうようにして根津を抱き上げる。根津は「はーなーしーてっ」と暴れた。ネックレスを首にかけてやりながら「へそ曲げるなよ、愛してるって」と熊野は根津の額に軽く口づける。
「そういうのマジでいらないって! ぼくのこと子どもだと思ってばかにしてるでしょ!」
「おやぁ? 君、もしかしてほんとは自分のこと“ぼく”って言うタイプ?」
根津は顔を真っ赤にして、「熊野さんだって“僕”じゃん。なんかおかしい?」と熊野を睨む。「何も言ってないだろ」と熊野は肩をすくめた。
「実のところ、命は平等に軽い。あの時提示された金額より君の両親の命は軽かった。じゃあ同じ金額で君のことを殺せと言われても、それは御免こうむる。僕は君のことが好きだ」
「……クズだね」
「そうだな」
でも、と言いながら熊野は根津の髪をかきあげて耳にかけてやる。
「君も僕のことが好きだろ? 許してくれよ」
根津はじっと熊野を睨んで、それから熊野の頬や頭をめちゃくちゃに叩いた。叩かれながら、熊野はまるで小動物に甘噛みされたように「あはは」と笑う。やめろやめろ、とじゃれつく動物をなだめるように言った。
「わかったよ。じゃあ僕はこの場を外そうか? せっかくの誕生日に親の仇と一緒にいたくなんかないもんな」
手を止めて、根津はむすっとする。「下ろして」ときっぱり言った。熊野は根津を下ろし、顔を覗き込む。
「別にいいよ、いても」
「深波様はお心が広い」
「……言い訳のひとつやふたつ、してくれた方がマシなのに」
そう言って部屋に入っていく根津のことを見送り、熊野は「あーあ」と呟く。
「あーあ、アホくさ」と目を閉じた。
しばらく経って、熊野も根津の背中を追いかけるように部屋に入る。
スパンッ、と音を立てて熊野の顔面にクリームたっぷりのパイがヒットした。
無表情の乾が「間違えた」と言う。熊野は動かないままで、「何を間違えたら僕の顔にパイ投げキメるんだよ……?」と静かに問いかけた。部屋の奥で大笑いしている根津が、「えー? 殺し屋のくせになんでそんなのも避けられないのー?」と煽っている。
「このガキ……!」
「おいらより主役っぽいよ、熊野さん! やったね!」
「大丈夫?」と言いながら近づいてきた金子が、熊野の顔についたクリームを手ですくって自分の口に運んだ。「こんなもん食うんじゃないよ、汚いだろ」と熊野は絶句する。
宇佐木がタオルを手渡し、顔を洗ってくるよう促した。
「熊野さんが顔洗って戻ってくるまでにケーキ全部食べちゃお」
「すぐ戻ってくるからな」
「10秒で戻ってきたとしてもなくなってるよ」
「じゃあ顔洗わずにこのままパーティに出席するわ」
「それでいいのかお前は」
ケーキは見ておくから洗ってこい、と宇佐木が言う。熊野は「絶対だよ?」と言いながら背を向けた。
「早く! 乾さん! 四等分にして!」
「かしこまりました」
「あーあー。ケーキなんていくらでも買えるんだから、そんなに食い意地の張ったことをしなくても」
「どうしてさっき熊野さんにケーキ投げたの? あれなに?」
熊野はちらりと振り向いて、思わず「アホくさ」と笑った。
読み切り小説 hibana @hibana
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