ハルハラ突発ギャグ短編④

「何あれ」と根津が指さす。「どれどれ」と双眼鏡で覗いた乾も、「なんでしょうか、あれ」と首を傾げる。

 ヘリコプターから垂らされた縄梯子に熊野がしがみついており、かろうじて落ちそうな宇佐木の腕を掴んでいるという状況である。


「楽しそうにしてる?」

「いえ……必死そうですね。おや、熊野のやつがこちらに向かって何か喋っていますよ」

「なんて?」

「……恐らくですが、『カメラを構えろ、YouTubeにアップしてバズるぞ』かと」

「それほんと??」


 しばらく双眼鏡を覗いていた乾が、「まだ何か言っているな」と呟く。

「“なにみてんだ” “はやくなんとかしろ” でしょうか」

 双眼鏡から目を離した乾と、目を丸くした根津が顔を見合わせ――――どっと笑った。




@@@@@




「信じらんねー。笑ってやがる……」


 僕らが死んでもいいのかよ、と熊野が毒づく。ぶら下がっている宇佐木が「すまない、聡太」と声を張り上げた。

「もう本当にダメなときは、俺の手を離してくれ」

「当たり前だろ。あんたと一緒に死ぬ気なんてさらさらないからな」

 ため息をつきながら熊野は「おい変態ども!!」とヘリの中に声をかける。しばらくして顔を出した男が、「え……なんでついてきてんの……?」と面倒そうな顔をした。「僕が聞きたいよ」と熊野はキレる。


「縄梯子しまわないとここ閉められないからやめてほしいんだけど」

「じゃあ僕たちを中に入れるか着陸するかしてくれる?」

「それは無理」

「いいのか? このままだと僕たちは死ぬぞ? お前たちは人殺しになりたいのか?」

「事故は知らんよ」

「ねえ~~~お願い助けて~~~なんでもするから~~~」

「事ここに及んで命乞いに意味があると思ってるのか?」

「命乞いっていうのは案外、最後の最後まで有効なんだよ」


 ぴょこっと顔を出した金子が「そんなところにいたら危ないよ」と言ってくる。ちょっと待っててね、と奥へ引っ込んでいった。しばらくして、誘拐犯が何人か顔を出した。

「金子きゅんがどうしても助けたいと言うので中に入れてやることにする」

「! やったぁ!!!」

「まずそっちのぶら下がってるイケメンを引っ張り込むから、近くまで引き寄せろ」

 熊野が黙って宇佐木を見下ろし、死んだ目で「そんなファイト一発みたいなシチュエーションに出会うとは思わなかった。さすがの僕もこいつを片手で持ち上げるのは無理」と首を横に振る。「じゃあ無理だ」と誘拐犯たち奥へ引っ込んで行ってしまった。

 残った金子が、困った顔をしながらも懸命に手を伸ばす。それをふっと笑いながら見た熊野は、「僕らはしばらくこのままでも大丈夫だ。君もそんなに身を乗り出しちゃ危ない。どこかに着陸するよう連中を説得してくれ」と言う。金子はこくこくと何度も頷いて顔を引っ込めた。


「……なあ、宇佐木」

「うん」

「綺麗だな、景色」

「そうだな」


 ん? と宇佐木が呟く。「何か近づいてくるぞ」と遠くを指さした。それは、小型の戦闘機のようなものだった。

「おいおいおい、なんで戦闘機なんて近づいてくるんだよ」

「何だろう、どこかの軍の訓練かな」

「そんなわけなくない??」


 戦闘機のコックピットの部分がパカっと開く。中から顔を出した乾と根津が手を振った。

「義文と深波が助けに来てくれたぞ」

「……なんかもうツッコむのも面倒だな」

 メガホンを持った乾が「こちらで宇佐木様を引き受ける。いいと言ったら手を離せ」と熊野に言う。

 ゆっくりと戦闘機が真下に位置取った。「いいぞ」と乾が言うので、熊野は宇佐木の手を離した。乾と根津が宇佐木のことを受け止める。

「僕もそっち行っていいか?」

「ダメだ。この戦闘機はそもそも2人乗りだし、宇佐木様を乗せていっぱいいっぱいだ」

「ふざけんな。2人乗りって……ほんとは誰も助ける気なかったろ、見に来ただけか?」

 舌打ちした熊野はちらりとヘリの方を見上げ、「僕はいいにしても金子くんはどうするんだ。君たち、あの子のことも見捨てる気かよ」と怒鳴る。乾は珍しく『しまった』という顔をして、コックピットの内部を見渡した。

「金子くんぐらいなら乗るかもしれない」

「あの子のことをなんだと思ってるんだ! どこの隙間に詰めるつもりだよ!」

「お前、ヘリをジャックして安全に着陸させろ」

「唐突に生える無理難題」

 でもまあそれしかなさそうだな、と熊野は独り言ちて縄梯子を上る。


 ヘリの内部に侵入した熊野は、どよめく空間の中で真っ直ぐ銃を構えてきた男の腕を掴んだ。それから男の腕を座席にぶつけ、銃を落とさせる。すかさず落ちた銃を拾い、操縦士の頭に向ける。

「動くな、僕の言うとおりにしろ。ヘリを今すぐ着陸させるんだ、さもなくば操縦士こいつを撃って全員地獄行きだ」と脅した。


 誘拐犯の一人が、言いづらそうに口を開く。

「俺も思わず構えちゃった手前、アレなんだけど……。その銃、弾入ってないよ」

「……クソ! 誰だよ全弾使ったやつ。普通、事が終わるまでは一発くらい残しとくだろ!」

 あんたなんだよなぁ、と誘拐犯が戸惑いの声を出す。「わかってるからキレてんだよ!!」と熊野は頭を抱えた。




@@@@@




 戦闘機を操縦しながら、乾が「遅いですね。手こずっているのでしょうか」とヘリを見る。「手こずるに決まってるよね、熊野さん丸腰だよ」と根津は冷静にコメントする。

「普通に考えればヘリの中で袋叩きにされててもおかしくないよ」

「それは見てみたいですね」

「さすがに可哀想だって」

 仕方がないな、と乾は呟く。「少し加勢しましょう。あのヘリと無線を繋ぎ、ミサイルでもぶち込むぞと脅します」と宣言した。

「えー、面白そう。それおいらにやらせて」

「では深波様、そちらの赤いつまみを回してくださいませ。周波数を合わせましょう」

「わかった!」

 言いながら根津は何かボタンを押す。


『ミサイルを発射します』


 発射するって、と根津が嬉しそうに言った。『発射まで、5分前』と機械的な音が響く。

「……いえ、私は無線を繋ぎましょうと申し上げたのですが。なぜつまみではなくボタンを押されたのですか……?」

「ミ、ミサイルが発射されるのか!?」

「されません。個人で所有している戦闘機にミサイルなんて搭載されているはずがないでしょう、こわ……。とにかくやかましいのでこの音を止めてください。もう一度ボタンを押せば止まるはずです」

「わかった」

 一体どれを押したんだ深波、と宇佐木があたふたする。これか? と赤いボタンのようなものを叩いた。

「あれ、これボタンじゃないな」

 ジジジ、と何か雑音が聴こえ――――やがて、人の声がし始める。話し声だ。

「無線が繋がったみたいだね」と根津が瞬きをする。

 三人は思わず顔を見合わせ、どっと笑った。




@@@@@




 頭を掻いた熊野が「もう嫌になってきちゃったな。駄々こねちゃおっかな、ここで」とため息をつく。

「とにかくさぁ、ヘリを下ろせって言ってるの。銃なんかなくたってあれだよ? 操縦士の首をへし折るぐらいできるんだよ?」

「そんなことをしたらお前も死ぬんだぞ」

「おいおい、あんまりナメないでほしいな。僕はね、いつだってヤケクソなんだよ。やっちゃったらやっちゃった後でどうなろうが知ったこっちゃないね」

 ふん、と鼻を鳴らした操縦士が「なら落とそうか? 今すぐ。こっちだって生半可な覚悟でやってないんだ」と言い出す。

「は? 僕のヤケクソとお前らのヤケクソ、どっちがよりヤケクソか勝負する、ってコト? やっちゃおっかなー、今。手当たり次第に」


 不意に『ジジジ』と異音がする。なんだ? と操縦士が呟いた。

「無線、か?」


『ミサイル発射まで、3分前』


 しんと静まりかえる。全員が熊野のことを見て、熊野は「見るな僕のことを」と疲れた顔をする。

 ヘリから顔を出して、熊野は戦闘機に乗っている乾たちを見下ろした。乾は表情を変えずにこちらを見返しており、宇佐木と深波がなぜか満面の笑みで手を振ってきている。


「ほ、本気なのか……?」

「まさかそんなわけないと言いたいところなんだけど、やつらはなんというか、全員30%ぐらいやる可能性がある。3人合わせれば90%ぐらいやる」

「冗談だろう」

「ちなみに僕と金子くんがあそこにいれば150%やる」


 ぽんと手を叩いて「あ、そういやこっちには金子くんがいるんだからそんなことやるわけないな! ただの脅しだ」と熊野は言った。しかしその時には、操縦士も含めた誘拐犯の全員が飛び降りてパラシュートを開いていた。

「脅しだってー! 馬鹿だなあいつら。こんなことでヘリを捨てるなんて」


 散々笑った後で、ふと真顔になった熊野が「操縦士がいなくなって、このヘリどうなるんだ?」と呟く。


「あれ……詰んだ……?」


 乾たちに向かって「おーい!! やばい! 詰んだ!!」と熊野は叫んだ。乾は目を細めただけで、宇佐木は不思議そうにこちらを見ている。深波はといえば、腹を抱えて笑っていた。「助けろ!!!!」と半泣きで怒鳴る。


「熊野さん」と、金子が呼ぶ。熊野が振り向くと、金子は手を差し出して「行こ!」と言っていた。

 言葉も出ないほど驚愕し、熊野は金子のことを見る。冗談など言う少年ではないことを熊野は知っている。何より今この瞬間、金子の目はあまりに真剣だ。


「まさか……飛び降りる気か? 正気かよ」


 そう言ってから、熊野は思わず「飛び降りるんだな。そうか、イカれてるな」と笑ってしまう。そして熊野は金子の手を掴んでいた。


「君が手を引いてくれたら、僕なんかでも天国に行けるかな」


 金子は一瞬きょとんとして、「天国に行きたいの? 熊野さん」と首を傾げる。それからへにゃっと笑い、「へんなの」と言った。


 2人で手を繋ぎ、ヘリから飛び降りる。風の抵抗を受け、髪と服が広がった。


 声にならない悲鳴を上げながら、熊野が「全然無理!! ぜんっぜんむり!! 死にたくなさすぎる!!」と目を閉じる。不意に金子の背中から、パラシュートが開いた。

「ええー……」と熊野が呆然とする。「いいものつけてるね、きみ……」と眉をひそめた。

「あの人たちがつけてくれたよ。熊野さんはまだつけてもらう前だったの?」

「つけてもらえる感じじゃなかったからね……君、あいつらの信用得すぎじゃない??」

 ほんと助けに来る必要なかったな、と熊野は呟く。「誰のこと助けに来たの?」と金子が訊ね、熊野は笑いながら「高いところから下りられなくなった、僕の猫ちゃん」と答えた。

「? でも危ないからああいうことしない方がいいよ」

「君は仕事を選んだ方がいいよ。僕みたいになるよ」

「熊野さんみたいになりたいな」

「なんでだよ」


 下を確認した熊野が、「十分だな」と言って金子から手を離す。「えっ!?」と驚いた金子が「熊野さんっ」と叫びながら手を伸ばした。

 熊野は地面に転がりながら着地して立ち上がり、金子を受け止めるために腕を広げる。ほっとした金子は、びっくりしたと言いながらゆっくりと降りていく。


 熊野の腕に抱きとめられ、「楽しかったね」と金子は笑う。

「楽しいもんかよ。こんなの二度とごめんだ」

「熊野さんは高いところ苦手?」

「僕は身の危険を感じるもの全てが苦手だ」

 そっかあ、と金子は目を伏せる。金子を抱きながら歩く熊野が「というかパラシュート邪魔なんだけど。どうやって外すの、これ」と顔をしかめた。


 ふと何か思い立った様子の熊野が、いきなり金子の胸元に手を突っ込んだ。それからキラキラ輝くネックレスを金子の首から取り上げて、「君ってほんとに信用あついね。普通、こんなバカ高そうなもん、真っ先に没収されるんだけど」と肩をすくめる。

「いい人たちだったよ」

「君の目に映る世界は素晴らしいな」

 呆れた様子ながら、熊野は金子の頭を撫でた。金子はそんな熊野の手に頭を擦りつける。


 どうやら戦闘機を降りたらしい乾たちが向こうから歩いてくる。熊野は立ち止まり、「パラシュートが本当に邪魔」と毒づいた。

「ご苦労」

「“ご苦労”じゃないよ。君、ミサイル本気で撃ちこむつもりだったりした?」

「? 個人が所有する戦闘機にミサイルなんて載せているわけがないだろう」

「普通個人で戦闘機なんか所有してないんだけどね」

「そんなことより、なぜ全員ヘリから飛び降りたんだ?」

「は~~~頭おかしくなっちゃいそ~~~」

 空を見上げた熊野が「あの誰も乗ってないヘリ、どうなるんだろうな」と呟く。肩をすくめた乾が「問題ない。我々の方で撃ち落として回収しておく」と言った。一瞬の間があき、熊野が乾を見る。乾は目をそらす。

「……本気か冗談か教えてくれない?」

「ご苦労だった」

「“ご苦労だった”じゃなくて」


 遅れて到着した宇佐木が「怪我はないか、ひろ」と声をかけた。「うん」と金子が答える。

「聡太は?」

「信じられないことに無傷だ。僕って天才なんじゃない?」

「そうだな」

「そっか~~~やっぱ僕って天才だったんだ~~~」

 散々はしゃいだ後で、熊野が思い出したように金子をおろして根津に向き直った。その首にネックレスをかけてやりながら「僕らからの誕生日プレゼントだ。主に金子くんからだ」と言う。「元々おいらのだけど」と言いながら根津は笑った。「でもありがとっ」とネックレスについた宝石を撫でる。


「もう帰ろ~。帰ってシーフードヌードル食べよ~」

「なんだ、お前も食べたかったんじゃないか」

「なんかもう安心を得たいんだよ、僕は。いつもの味でほっとしたい」

「シーフードヌードルって何?」

「金持ちはあの美味さを知らずにいろ」

「えー! おいらも食べたい!」


 歩き出した熊野たちは、ふと振り向いてずっと突っ立ったままの金子を怪訝そうに見た。「なんで来ないの、金子くん」と言った熊野が、何かに気付いたように駆け寄る。

「パラシュートが重くて動けないって言えよ!!」

「ごめんなさい……」

「だからどうやって外すんだこれ!!」

 思わず根津が吹き出し、「いま外して差し上げます」と乾もちょっと笑っている。無事パラシュートを外してもらった金子が、「体が軽い」と嬉しそうにちょっとその場で飛び跳ねた。

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