ハルハラ突発ギャグ短編③
走っている乾に抱かれながら、根津が「熊野さん大丈夫かな。本当に死んだりしない?」と口に出す。「大丈夫でしょう」と乾が言い、「大丈夫だろう」と宇佐木が笑った。
「あれだけ生き汚い人間がこんなところで死にはしないでしょう」
「あいつは真面目な男だから、こんなところで死なないよ」
へえ、と根津は呟く。意外そうに乾と宇佐木のことを見た。
「これからどうする?」
「金子くんを救出に行きたいところですね。深波様を安全な場所へお連れしたいのはやまやまなのですが、内部にもどれだけ協力者がいるかわからない以上、共に行動していただくのが一番安全かと思いますがいかがでしょうか」
「おいら一緒に行きたいな。面白そうだし」
「ではこのまま金子くんを追いかけましょう」
「ひろがどこにいるかわかるのか?」
「幸いなことに、元々深波様におつけしていたGPSが反応しております。なぜか。不思議なことに」
「えっ、なんでだろー。ほんと不思議だね!」
ハッとした根津が「そういや黒猫にあのネックレスつけさせたままなんだった。やば」と瞬きをする。
「あれ、代々伝わるうちの家宝なんだよね。取り戻さなきゃ」
「家宝を博に預けたのか?」
「あいつならいいかと思って」
長めのため息をついた乾が「なぜこの乾に相談してくださらないのですか」と根津を嗜める。「ごめんて」と根津は顔を伏せた。
ようやく建物から出て、乾が立ち止まる。続けて宇佐木もその場で動きを止めた。出口の前には車が停まっており、数人かの男女がこちらを見る。
「……あれ、坊ちゃまだ。うちらのリーダーは何してるマン?」
「お前たちはやつの仲間か? お前たちのリーダーは殺し屋とじゃれ合っているマンだ」
「やば……」
「言葉遣いが乱れているな。うちで何を学んだんだ?」
「うちら乾さんのこと苦手です」
「なぜ今そのカミングアウトをした……?」
空咳をした乾が、「とにかく金子くんのことを返してもらおう。今ならまだ大事にはしないでやるぞ」と言う。
「えー……金子きゅんはちょっと……」
「金子きゅん?」
戸惑う乾をよそに、乾の腕から飛び降りた根津が「おいらと黒猫、トレードしろよ!」と言い放った。
「そもそもの狙いはおいらだろ! 人質ポジション普通に面白そうだからおいらと黒猫トレードしろよ!」
「深波様!」
向こうで「どうする?」「でも金子きゅん手放すんだよ?」と相談し始める。「待て」と乾が口を出した。
「さすがに深波様を差し出すわけにはいかない。今から熊野という男が来るから、そいつでどうだ? 仕事はそれなりにできるぞ」
「人柄は?」
「人間性はクズだ」
「いらない」
じゃあ俺はどうだ、と宇佐木が試しに言ってみる。途端に誘拐犯たちが相談をし始めた。今度はかなりの時間をかけ、「いやでも……」という話になった。
「あなたもすごく欲しいけど、金子きゅんはもう、うちらの大切な仲間だから……」
「違うが?」
「金子きゅんを手放さなきゃいけないなら、今回は坊ちゃまのことは諦めようかな……」
「なんでだよ! お前ら、おいらのことが狙いなんだろ!? 本末転倒だよそれは!!」
誘拐犯たちが車に乗り込もうとしたその時、走ってきた熊野が「見て見て見てコレ!! 銃もらっちゃった僕!!」と他人の銃を見せびらかしながら合流した。「よかったな」「よかったね」「わーかっこいー」と全員適当な反応を返す。
「これが熊野だ。どうだ、連れて行かないか」
「でも人間性がクズなんでしょ? いらないかな」
「もしかして今、僕がディスられてる? あのまま帰っちゃえばよかったなー」
どういう状況? と熊野が尋ねる。「誘拐犯どもだ。金子くんだけ連れて逃げる気になっている」と乾は端的に答えた。
「てか、その……何なの? その二人。何? 誰? 知らない顔だけど、関係者?」と誘拐犯の一人が熊野と宇佐木を指さす。二人は顔を見合わせ、「確かに僕らって根津家となんか関わりあったっけ?」「お前はあるだろう」「そもそも僕とあんたもなんか関係あったっけ?」「何てこと言うんだ、俺とお前の仲だろう」と言い合いを始めた。
咳を一つして、熊野が口を開く。
「左から、ナンバーワンホスト、売れないホスト、ついでにボーイです」
「一緒に熱い夜を過ごそうな!」
「お客様、ご注文はドンペリでよろしかったですね?」
嬉しそうに、きゃっきゃ言いながら根津が手を叩いた。
怪訝な表情のまま、誘拐犯たちが車に乗り込む。「あ、おい待て!」と熊野が言ったが、無情にもエンジンのかかる音が響いた。
不意に後ろから「おいこら待てや、緑髪!!」と怒声が聞こえる。「あーやばい」と熊野が呟いた。
「我々も車に乗りましょう」と乾が動き出す。近くのオープンカーに乗り込み、エンジンをかけた。
「うわ、あいつも車乗って追いかけてくるわ」
「てかさー。あの銃持ってた人、リーダーなのに置いてかれたんだね」
「あいつ右手怪我してるのに車運転すんなよな」
「右手だけで済ませたなんて優しいね」
プライベートだしね僕、と熊野は言う。「熊野さんそれよく言うけどさ、殺し屋ってそんなワークライフバランスしっかりしてんの?」と根津が訊ねた。「当たり前だろ」と熊野は瞬きをした。「プライベートで銃なんか撃ったって、弾は経費で落ちないぜ?」と微かに笑う。
ぐん、と乾がアクセルを踏んで全員が体勢を崩した。熊野が「おい! 荒いんだよ、運転が!」と騒ぐ。乾は涼しい顔でぐんぐんスピードを上げた。
そのまま走らせながら、乾が「後ろの車が距離を詰めてきてうざったい。何とかしろ」と熊野に指示をする。後ろの車、というのは例の誘拐犯のリーダーらしい男だ。
肩をすくめた熊野が、銃を向ける。タイヤを撃ち抜いてパンクさせた。
「止まらないよ?」
「いるんだよなー、パンクしたタイヤで一生走ってるやつ。危ないからやめた方がいいよ」
徐々に速度を落としていく車を見て、熊野がシートに座り直す。
「プライベートで銃なんか撃ったって、弾は経費で落ちないんじゃなかったのか?」
「
「さすがだなー」
「でも、もう弾が一発しか残ってないんだ。無駄撃ちさせすぎた。弾惜しまないんだもん、あの素人」
そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに乾が「そういうことができるんなら前の車の動きも止めろ」と言い出した。熊野は「運転も荒けりゃ人使いも荒いし言葉遣いも荒い」と文句を言いながら銃を構える。
タイヤを撃ち抜かれ、派手な音を立てながら前の車はクラッシュした。必死な様子で立て直しながら、どこか小道に入っていく。
追いかけて小道に曲がると、誘拐犯たちが乗っていた車が乗り捨てられていた。乾たちも車を降りて、辺りを見渡す。
「あそこだ。建物の中に入ったぞ」と宇佐木が指さした。
不審そうな熊野が「馬鹿じゃなかろうか、あんななんでもない建物の中に逃げ込むなんて。足に自信がないのか?」と呟く。
「俺と聡太で追いかける。義文と深波はこっちで、彼らが降りてきた時に捕まえられるように待機していてくれ」
「かしこまりました」
「えー、つまんな」
「君のために言ってるに決まってるだろ。命を大事にしろよ」
あはは、と宇佐木が苦笑した。根津はむうっと頬を膨らませたが、それ以上文句は言わなかった。
建物の中に入る。どうやら過去には大きな事務所でも入っていたビルのようだ。今ではうち捨てられたようなコンクリートの廃ビルである。
誘拐犯たちはどんどん階段を上って行った。
「どう思う?」
「何がだ」
「どっか部屋に隠れるでもなく階段を上がってる。ただのアホかな?」
「ただのアホという説も十分にあり得る」
「まあそうなんだよな」
ついに誘拐犯たちは屋上へ出た。追いかけて、宇佐木と熊野も屋上へ到達する。
振り向いた誘拐犯たちが「あのー……」とこちらを伺い見た。
「もしかしてなんですけど、途中で銃撃ってきませんでした?」
「撃ったよ。お前らのリーダーから銃もらったから」
「一般人じゃないんすか」
「想像力に欠けるよね、犯罪者ってやつは総じてさ。自分が加害者でいる間、他はみんな弱者だと思い込んでいる。罠にかかるのが全部小動物だと思って油断するなよ」
「え、元警察とかなんかそういう人ですか?」
「全然違う。お前らと同じ穴のムジナだ。というかお前らがムジナだとすると僕はクマだ」
近づく熊野と宇佐木に、誘拐犯たちが「待って、待って」と手を開いて見せる。
「金子きゅんも別に帰りたがってないっすよ」
「は?」
「ね、金子きゅん」と誘拐犯の一人が金子を前に押し出した。「あ、熊野さん! ゆーや!」と金子は満面の笑みを見せる。
「おれっ、おれ、就職しました!!」
「えー……?」
「初めてのお給料が出たらみんなにご飯食べさせてあげるね」
何とも言えない顔をした熊野と宇佐木が顔を見合わせる。それから熊野は自分のこめかみの辺りを押さえた。
「なんか……手塩にかけたつもりでも、結局必要なのは義務教育なんだなって」
「それはまあ、間違いない」
金子の手を握った誘拐犯が「ね? 本人もこう言ってるし、連れて行っていいよね?」と熊野たちの顔色を伺う。「いいわけないだろ。うちの子にそんな、上京したてで騙されてAV出ちゃう娘みたいなこと言わせやがって」と熊野が怒った。
「もう~~~後生ですよぉ~~~。なんなら坊ちゃまのことはもう金輪際諦めてもいい」
「なんでどっちか選ばせようとしてんだ。どっちもお前らにはやらないよ」
「そうだぞ。何にせよ人のものを許可なく奪ってはいけないと教わらなかったのか」
「そんなん今さらですよ。そもそも論やめてください」
熊野たちの後ろから階段を駆け上がる足音が聞こえ、「おいこら緑髪ィ!!」と声が響いた。「あー、なんかうるさい変態来たな」と熊野が自分の耳に指を突っ込む。
「オレの銃返せよ!! あと車も弁償しろ!!」
「自分たちのこと棚に上げて被害者面すんなよな」
すると前方にいる誘拐犯たちが「あれ?? お仲間さん、人のものを許可なく奪ってません??」と宇佐木のことを煽った。「あー……」と熊野の方が苦い顔をする。
「これはですね、奪ったんじゃないんですよ」
「奪ったろ」
「取り上げたんです。銃刀法違反なので」
腕を組んだ宇佐木が「うーん、無罪」と頷いた。「どこが無罪なんだよ!?」と男が喚く。
「百歩譲ってそうだとしても、今お前が銃刀法違反だろ」
「え、銃って持ってると法に触れるんですか!? てかこれ銃なんですか!? 知りませんでした!!」
「故意なし。無罪」
「この裁判官ガバガバすぎないか??」
うるさいな、と熊野が舌打ちした。「そんなに言うなら返すよ」と言って銃を足元に落とし、思い切り蹴って滑らせる。それに飛びついた男が、すぐに弾倉を確認した。
「……弾入ってねえじゃねえか!!」
「弾なんて元々入ってませんでしたぁ」
「それはさすがに無罪だな」
「ふざけやがって!!」
べーっと熊野が舌を出す。「もういいじゃん、リーダー」と前方の誘拐犯の一人が声をかけた。
「もう、ついたって。だからさっさとずらかっちゃお」
誘拐犯たちが空を見上げる。つられて、宇佐木と熊野も上を見た。
小型のヘリコプターが、ゆっくりと降りてくるところだった。
「……は?」
「すみませんけどそういうことなんで」
ヘリが縄梯子を垂らしてきて、誘拐犯たちは次々とそれを掴んで上っていく。
「おい!!! ヘリ用意する財力あるやつが金目当てで誘拐なんかすんなよ!!! レギュレーション違反だろこんなの!!」
誘拐犯が全員縄梯子を掴み、ヘリはゆっくりと水平に飛び始めた。梯子を上りながら、金子が「また後でね」と一生懸命に手を振っている。そうして全員、ヘリの中に入ってしまった。
「こんなのアリか? 90年代のトンチキアニメじゃないんだぞ」と熊野は呟く。不意に、隣の宇佐木が動いた。
ジャンプして、宇佐木はギリギリ縄梯子を掴む。「えっ、何やってんのあんた」と熊野は呆然とした。
「聡太!!」
「な……なんだ?? あんたそれ、そこから何とかする算段がついてるのか??」
「助けてくれ!!!!」
「やだァーーーー!!!!」
頭を抱えながらも、熊野は深く息を吸い込む。ヘリはすでにビルから離れつつあり、落ちて無事で済む高さではない。宇佐木の体力はといえば全く期待できない。
息を止め、熊野は助走を始める。歯を食いしばって跳び、縄梯子を掴んだ。同時に、落ちそうになっている宇佐木の腕も掴む。
「あんたさぁ!! もうちょっと考えて行動してくれよ!! あんたのせいで僕はこんなにも大変なんだからさぁ!!」
「ありがとう!!!」
「ありがとうじゃねーんだ!!!」
遠ざかる地面を見て、熊野は青褪める。「無理だぞこれ……絶対もたないぞ……」と呟いた。
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