ハルハラ突発ギャグ短編②

 どこに行ったんだあの子は、と熊野が疲れた顔で呟く。「トイレに行ってそのまま道に迷ったんだろうか」と宇佐木が顎に手を当てた。

 そんな二人の足元から、根津が「ばあ」と顔を出す。


「……君か。いいのか、こんなところにいて」

「いま黒猫のことサクリファイスしてきたから大丈夫」

「金子くんはそっちにいるのか……。今に騒ぎになるぞ」

「大丈夫だって。みんなおいらになんか興味ないもん。バレないよ」

「バレるだろ……」


 あっ、と言いながら根津が熊野の背中に隠れる。向こうから歩いてきた乾が、「ただでさえ目立つんだからあまり不審な動きをするな」と言ってくるところだった。

「お疲れ、乾ちゃん」

「? 金子くんはどうした」

 肩をすくめた熊野が「トイレだ」と答える。「一人で戻って来られるのか?」と乾が顔をしかめた。

「あの子も16だぜ? 大丈夫だろ」

「大丈夫だったためしがあるのか」

「迎えに行くよ」

 そうしろ、と乾はそっけなく言う。それから「何かやらかしたりしていないだろうな」と訊いてくるので、熊野は宇佐木を指さし「マジで延々とマッシュポテト食ってる、こいつ」と報告した。「そうか。どうでもいいな」と乾は頷く。


「俺は深波様のところへ行くから、くれぐれも問題を起こすんじゃないぞ」

「僕が問題を起こしたことがあるみたいじゃないか」

「そうだな。お前は問題を起こす側の人間ではなく、問題そのものだった」

「暴れちゃおっかな」

 瞬きを一度だけして、乾はくるりと背を向けた。そのまま確かな足取りで歩いて行く。


 また顔を出した根津が、「うわー」と口元に手を当てる。

「乾さん、おいらのとこ行くって言ってた?」

「言ってたね」

「騙せっかなー」

「騙せるわけないだろ。これでもし君と金子くんがすり替わっていることに気付かないようだったら僕が乾ちゃんのこと心配しちゃうよ」

 マッシュポテトを延々と食べている宇佐木が、「深波は何か目的があってこちらに来たのか?」と尋ねた。

「別に……目的ってのはないけど」

「まあ、向こうじゃろくに料理も食べられないだろう。マッシュポテト食べるか?」

「ありがとう。宇佐木さんマッシュポテト皿に盛りすぎじゃない?」

「ローストビーフもあるしパスタもあるから食えよ、深波。そんで食ったら戻りな。乾ちゃんには僕も怒られてやるから」

 うん、と言いながら根津はポテトをもさもさ頬張る。それから「あのさ」と言いづらそうにした。

「あのさ……ケーキ、を」

「ケーキ? 食いたいの? 持ってこようか?」

「今じゃなくてさ、」

「うん?」

「こんなパーティーさっさと終わらせて……家に帰ったらさ、ケーキを買ってくれない? 小さいのでいいから」

 宇佐木と熊野が顔を見合わせる。ちょっとだけ笑って、「もちろん」「どうしよっかなー。金持ちの言う“小さい”はあてにならないからな」と言った。


 不意に、会場が真っ暗になる。

 電気が消えたのだ。


 会場はざわついたが、次第におさまっていく。『なぁんだ、』という微笑ましさに溢れていた。しかしいつまで経ってもそれらしいイベントは始まらず、電気もつかない。気まずい沈黙が流れた。使用人たちの「どうなっているんだ?」「電気系統確認しろ!」という声が響いて、ようやくこれが異常事態なのではないかという空気になってくる。


 宇佐木がジャケットを脱ぎ、それを根津の頭にかけて隠した。

「これは想定されていたことか?」

「いや……おいらは知らないけど」

 周囲を伺いながら、「人が多すぎる。一旦会場を出るぞ」と熊野が言う。それから根津を担いで参加者の合間を縫って歩いた。


「大袈裟だなー。ちょっと停電しただけじゃん」

「それならそれでいいけどね」

「宇佐木さんのジャケットすごいいい匂いする」

「ありがとう」


 会場の外のソファーに根津を下ろす。宇佐木が隣に腰を下ろし、根津に横になるよう促した。根津はジャケットを頭から被ったまま、宇佐木の膝を枕にすることになった。

「……この状況、何? 何も見えないんだけど。いつまでこのままでいればいいの」

「待ってろよ。ずっと余所行きの顔してて疲れたろ。休憩時間だと思って宇佐木の膝枕を堪能してろ」

 熊野はソファーの傍に立って、腕組みをする。苦笑しながら、宇佐木が携帯電話を取り出した。

「……もしもし? 俺だ。深波はこっちにいる。たまたま行き合ったので、会場の外で一緒に待機してる。落ち着いたらそっちに連れて行くから連絡をくれ。聡太もいるから、何があっても心配いらないよ。それと……そっちに博がいるはずだから気にして見てくれないか? いや、いいんだ。博のこと、よろしくな」

 電話を切って、宇佐木は「義文も、しばらくそっちにいてくれと言っているし」と肩をすくめる。「乾さんが言うならしょうがないなー」と根津はため息をついた。


 突っ立っている熊野が、ふと会場の方へ視線を動かす。「博のことが心配か?」と宇佐木が訊ねた。そういうわけじゃないけど、と熊野は瞬きをする。


 その時、会場から出てきた黒服の一人が、こちらへずんずんと歩いてきた。熊野と宇佐木の前に立ち、「そちらは?」と横になっている根津のことを指さす。

「僕たちの連れだ。少し気分が悪くなったというので休ませている。何か用?」

「想定していないトラブルが起き、現在、お客様ひとりひとりお顔の方を確認させていただいております。少しジャケットをずらしていただけますか」

「どうもここの照明と相性がよくないらしい。しばらくこうして寝かせていたいんだけど」

「一瞬ですので」

 少し黙って、熊野が「君の上司には許可を得ている。僕たちには構わないでくれ」とはっきり拒絶した。

「僕の名前は熊野聡太だ。今この場で乾義文に無線で伝えろ、君の上司だろ? 放っておけと指示されるはずだ」

 しばらく、沈黙が辺りを包む。熊野と男がお互いを牽制し合うような視線を向けていた。


 不意に男が動いた。根津の方へ腕を伸ばしたのだ。熊野はその腕を掴んで、「おいおい日本語通じないのかよ。ほっとけって言ってるだろ」と吐き捨てる。

「そこにいるのは坊ちゃまなのか?」

「どの坊ちゃまだよ」

「とぼけるな。根津・ミッドハイド・深波だ。痛い目にあいたくなければ、大人しくこちらへ引き渡せ」

「……お前は自分の主人を呼び捨てにするのか? どういう教育受けてんだ」

「こうなることがわかっていて、事前にあの少年とすり替えておいたんだろう!?」

 何か皮肉を口にしようとした熊野が、ちょっと口をつぐむ。それから「ん?」と眉をひそめた。「んん~!?」と汗をかく。


「まさかとは思うが、お前……間違って金子くんあのこのことを攫ったんじゃないだろうな!?」

「…………」

「馬鹿かよ!? こっちの計画通りでも何でもねーよ、そんなの!! シンプルにお前らが馬鹿なだけだよ!!」


 どこにいるんだあの子は、と熊野は苦々しい顔をした。男はどこか唇を尖らせて、「あの子は返さない」と言い出す。

「オレたちと一緒に連れて行く」

「はぁ? なんで?」

「可愛いからだ」

「殺すぞ変態野郎」

 うちの子に手ェ出したら全員殺すからな、と熊野が脅した。「手なんか出すわけないだろ!! 可愛いもん!!」と男が叫ぶ。


 ガバッと宇佐木のジャケットから飛び出してきた根津が、「妥協すんな!! おいらの方が可愛いだろ!!」と主張する。「あーもう、めちゃくちゃになってきたな」と熊野が言う。


「そもそもなんで深波のことを狙ってんだ? 給料未払いか?」

「うちはそんなことしないよ、熊野さん」

「金か? 劣情か?」と熊野が呆れた様子で重ねて尋ねる。「金だ」と男が答えた。ムッとした様子の根津が「劣情もあるだろ、ちょっとは!」と拳を握る。

「いや、坊ちゃまに劣情を抱いたことは一度もない」

「腹立つなこいつ」


 空咳をした男が「坊ちゃまが大変美しい部類の顔面であることはわかるが、なんというか、いかんせん可愛げがないから……」と弁明する。

「? 深波は可愛いだろう」と宇佐木が瞬きをした。「まったくだ……うちのかわいこちゃんに何てこと言いやがる。深波くんの可愛さがわからないなんて変態の風上にも置けないぜ」と言いながら、熊野が根津の頬を片手で掴む。

「“可愛くない”が一周回って“可愛い”んだよ、こいつは」

「それ褒めてる?」

「僕にしては相当褒めてる」

 まあいいや、と熊野が根津から離れて男に近づく。「なんにせよ、金子くんのことは返してもらわなきゃならない。お互い、手荒なことはなしにしよう。プライベートで肉体労働したくないんだ、僕は」と両腕を開いて和解の意思を示した。


 男がジャケットの内部に手を入れ、銃を出す。そのまま熊野に向けて銃を構えた。


 熊野は、思わずという風に男の胸の辺りに蹴りを入れる。瞬間、発砲音が響いた。銃弾は逸れて、明後日の方向で何か壊れる音がした。

 一瞬の迷いの末に、熊野は根津と宇佐木を引きずるようにしてソファーの後ろに隠れる。

「あっぶね~。あの距離でヘッドショット食らってたら殺し屋の教科書に載っただろうな」

「殺し屋に教科書なんてあるの??」

「あってもみんな読めやしないだろう、殺し屋なんて義務教育も終えていないクズばかりだ」


 会場の扉が開き、「何の音だ」と人が出てくる。男はさっと銃を隠し、熊野たちを指さした。

「やつらが発砲した。坊ちゃまを人質に取られている」

 熊野が大きめの舌打ちをする。「違うよ! 撃ってきたのはそっち! 乾さんのこと連れてきてよ!」とソファーの背から顔を出そうとする根津の頭を、熊野は押さえつける。

「……やつらは銃を持っているんだ。言わされているに決まっているだろう」と男は何でもないように主張した。


 困ったな、と宇佐木が言う。

「ああ、困った。どんどん人が出てくる。パニックが起きるぞ、一旦奥へ下がるしかない」

「でも待ってれば乾さんが来て、事態を収拾してくれるんじゃない?」

「今この状況が危険だ。向こうにはこちらの位置が完全に割れているが、こっちは相手の正確な人数も位置もわからない。外野が見えないドッヂボールみたいなもんだ。とにかく僕は広くて人が多いところが嫌いだ」

「お前の判断なら従う」

 頷いて、熊野が根津を抱き上げ「近づくな」と声を張り上げた。


「それ以上近づけば、根津家の坊ちゃんと、このなんか顔のいい男を撃つぞ」

「なんてこと!? あの顔のいい人も人質にされているわ!!」

「一人も近づくな。一人もだ。一歩でもそこから動けば撃つからな」


 腕に抱かれた根津も「みんな動かないで! この人、本気だよ!」と叫ぶ。

 ゆっくり後ずさりしながら、「いいのか? 警察を呼ばれるぞ」と宇佐木が囁いた。舌打ちした熊野が、「どちらにせよ警察沙汰だろ? しょっぴかれるのが僕なのかあいつらなのかだ。後でちゃんとフォローしろよな」と肩をすくめる。


 そのまま十分に距離を取り、「よし」と言って走り出した。廊下を曲がり、控室らしきところになだれ込む。


 部屋の中で宇佐木が携帯電話を取り出し、耳に当てた。

「ああ、俺だ。深波は無事だ。頼みがあるんだが、全員会場に戻してくれないか? 全員だ。客も使用人も、会場に閉じ込めてくれ。全員信用できない。ああ……。ただ、ゆっくりもしていられないんだ。博が攫われたらしい」

 電話を切り、「どうする?」と宇佐木は瞬きをする。


「どうするもこうするも」

「ここにずっと隠れてるの?」

「そういう訳にもいかない……宇佐木が言った通りだ。金子くんを迎えに行かなければならない。会場周辺が落ち着いたらここから出る。深波と宇佐木は……ここに置いていくのも不安だしな……」

「じゃあついてっていいの?」

「ワクワクするんじゃないよ……自分の立場わかってるわけ?」


 まあまあ、と宇佐木がなだめる。「とにかく義文と合流するんでいいよな」と話をまとめようとした、その時だ。

 控室のドアがけたたましい音を立てて開いた。ドアを蹴り開けた男が、黙って銃を構えていた。さっと宇佐木が根津を背中に隠し、その場はしんと静まり返った。


「……坊ちゃまのことは常にGPSが追ってる。使用人なら坊ちゃまがどこにいるかはすぐにわかる」

「えー、黒猫に全部押し付けてきたと思ったのに、まだついてんのかよ。萎えだー」


 自分の体をペタペタと触って眉をひそめた根津が「このピアスかなー」と自分の耳を引っ張る。熊野がそんな根津のことを抱き上げて「撃ってくるつもりか? 坊ちゃまに当たるぞ?」と煽った。

「この構図、どう好意的に見ても熊野さんが悪人だね」

「やい腰抜け! 来いよ、銃なんて捨ててかかって来い!」

 男が引き金を引いた。熊野が「うわあああ」と言って根津を抱いたまましゃがむ。


「撃ってきたね」

「ふーん……やるじゃん……」

「声震えてて草」

「なんで君そんな他人事なの?? 君に当たってもいいってことだよ??」

「そんなもんだよ」


 根津を肩に担ぎ、宇佐木の腕を引っ張りながら熊野は部屋の奥へ逃げ込む。「反撃しないの?」と言う根津に、「僕に死ねって言うのかよ」と苦い顔をした。


 物陰に潜みながら、「どーしよっかなー」と熊野は頭を掻く。

「宇佐木、あんたちょっと説得して来いよ。金子くんが刺さるってことはあんたもイケるかもしれない」

「えっ」

「大人の色仕掛けを見せてやれ」

「何を言っているんだ、お前は」

 嫌そうな顔をしながらも、宇佐木がそろーっと物陰から出て男の前に立った。


「お、落ち着け……人間、話せばわかる……」

「なんだ? 命乞いか? 言っておくがオレはどんなに顔面が美しくても成人済みの男には何も感じないぞ」

「宇佐木! 何してんだ戻れ!」


 速やかに元いた場所に戻り、「負けたのか? 俺は……」と納得がいかない顔をする。「仕方ないよ、重度のショタコンには勝てっこないよ、いくら宇佐木さんでも」と根津が励ました。「そうだ。バリバリのストライクゾーンなはずなのに“なんか違うんだよな”みたいな感じで振られた深波くんだっているんだぞ」と熊野は余計なことを言う。


「そこだな?」

「ほらー、君らがうるさいから位置バレしたじゃーん」

「熊野さんもうるさいよ」

「暗殺プロの僕がこの状況でうるさいわけないだろ」

「うるさいよ」


 ゆっくりと男が近づいてくる足音が響いた。熊野が根津に伏せるよう伝える。その場に寝そべった根津の上にまたがるようにして膝をついた熊野が、男の様子を伺う。「この体勢なに? えっち?」と根津が無邪気に尋ねる。熊野は左手をつきながら「黙ってろ思春期」と小声で言った。

 男が近づいてくる。

 聡太、と宇佐木が声をかけた。「深波のことは俺が見ているから、お前は好きなように動いていいんだぞ」と言う。熊野は少し考えたうえで、「まあ、そうだよな」と呟いた。

 その時。


「ここで何をしている? 全員会場に戻れと指示を出したはずだが、無線が聞こえていないのか?」


 男の背後から乾が顔を出した。男はさっと銃をしまい、「申し訳ありません。鼠を見かけたような気がしたもので」と弁解する。

「すぐに会場へ戻れ。勝手に持ち場を離れるな」

「……はい」

 ふと視線を外した時、乾は奥に隠れている熊野と目が合った。熊野が「ふせろ」と叫ぶ。眉をひそめながらも、乾はその場に片膝をつく。銃声が響き、乾は右耳に人差し指を突っ込んだ。それから近くにあった椅子を、男に投げつける。


 警戒しながら奥へ移動して根津たちと合流した乾が、「遅くなってしまい申し訳ございません、深波様」と頭を下げた。

「また、部下の中にあのような者がいたというのは私としても青天の霹靂と言うほかありません。ひとえに私の監督不行き届きでございます。腹を切ります」

「誰の? あいつの?」

「あいつの腹を切って私の腹も切ります」

「ついでに熊野さんの腹も?」

「切ります」

「はた迷惑すぎる、やめてくれ」


 さて、と乾は言って腕を組む。「相手が銃を持っている以上、深波様に万が一があってはならないので下手に刺激できませんが……」と考え始めた。

「というか、熊野おまえは何をしているんだ? さっさとあの男を制圧しろ。お前だって銃の一つや二つ、持っているだろう」

「は? 君が言ったんだろ、『パーティーの前には手荷物検査があるから怪しげなものは何も持ってくるなよ』って」

「……言ったが。本当に何も持ってきていないのか? 殺し屋なのに?」

「え……? 持ってきた方がよかったんですか……?」

「…………」

「えっ???」

 軽くため息をついた乾が「使えないな、お前は本当に」と呟く。「ちょっとぉ! この執事の人、お口が悪くてよ!!」と熊野は騒いだ。

「あんまりだ! あんまりでござる! 僕は言うとおりにしただけじゃないか!」

「騒ぐな。やつを刺激する」

「あ~~~泣きそ。この場で地団太踏んで暴れたい」

「じゃあそれで」

「じゃあそれで??」

「熊野がやつの前で暴れて囮になっている隙に我々は脱出しましょう」

「それ僕、死にませんか?」

「死んでくれ」


 ひどく渋い顔をして、熊野は乾を見る。乾は涼しい顔で視線を返し、無言で『行け』というジェスチャーをした。熊野は眉間に皺を寄せて『おまえがいけよ』と顎で示す。

「じゃあ、俺がいこうか?」と宇佐木が控えめに立候補する。「あんたがいってどうすんだ」と熊野が苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「何だよ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ。今生の別れになるかもしれないから金子くんにはよろしく言っといてくれよ」


 熊野はジャケットを脱ぎ、男に向かって投げつける。物陰から飛び出して、男と距離を詰めた。

 その様子を横目で眺めながら、乾が「では行きましょう」と根津を抱き上げる。「熊野さん頑張ってね!」と根津が手を振り、「また後でな」と宇佐木が苦笑し、部屋を出た。


「信じらんないな~。僕、プライベートなのに」

 言いながら、男の腕を掴む。「銃くれよ、僕にその銃くれよ」と噛みつきそうな顔をした。それから男の腕を下に向ける。発砲音がして、熊野の足の間を撃ち抜いた。

「離せ」

「やだよ。僕に銃くれよ」

「さっきから何言ってんだ、お前は……?」

 突然、男が『ぎゃっ』と悲鳴を上げて手を開く。それから、信じられない顔をして自分の右手を見た。銀色の、金属でできた串のようなものが手のひらの真ん中に刺さり、貫通していた。血がとろとろと流れている。

「な……なんだこれ」

「なんかスペアリブ刺さってた串」

「スペアリブ刺さってた串、だと!? そんなもん刺しやがったのか!? 汚っ!!」


 熊野の手には、いつのまにか男の銃が握られていた。付着した血をズボンに擦りつけてふき取りながら、にやっと笑う。

「やったー!! 銃もらっちゃった!! 僕んだー!!!」

 両手を上げてバンザイしながら、そのまま走り去っていく。男は右手を押さえながら「おいっ! 待て! 待てって!!」と叫んだ。

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