読み切り小説
hibana
ハルハラ突発ギャグ短編①
【愉快な仲間たち】
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「あんた、なんで湯切りする前にソース入れたわけ?」
熊野は、隣でカップ焼きそばを作っている宇佐木にそう尋ねた。宇佐木は瞬きをし、訝しげに自分の手元を見る。
「……もしかして、ここからでも入れる保険があるんですか?」
「綺麗な顔したポンコツがよぉ」
何とかならないでしょうか、と真面目な顔で言う宇佐木に、「とりあえず湯切りして中濃ソース入れてみろ」と熊野は興味なさそうに助言する。その通りにした宇佐木が、その場で立ったまま食事を始めた。
「いけるいける」
「馬鹿舌め。一生麺に中濃ソースかけて食ってろ」
呆れた熊野は肩を竦めて、「僕はパン焼いちゃお。マシュマロのせて焼いちゃお」と食パンを出してくる。そんなことをしていると、金子と根津がひょっこり顔を出した。
「出たな、ちっちゃいものクラブ」と熊野は目を細める。「君らも食べる?」と誘った。
そんな金子と根津の後ろから、乾も顔を出す。
「夕飯前ですが?」
「うわっ」
「夕飯前ですが何をなさっているのですか?」
「宇佐木がカップ焼きそば食ってます! 僕は止めました!」
「そうか」
ちょうどその時、トースターがチーンと小気味よい音を立てた。
「焼きあがったぞ」と乾が指さし、熊野は「あ、はい」と言いながらいそいそとそれを回収する。
「困りますよ、宇佐木様。あなた様がそうでは子供たちに示しがつかないでしょう」
「…………」
「一旦箸を置いていただいても? 今それを食わないと死ぬのですか?」
それから根津にトーストを分け与えている熊野を見咎め、「深波様にトーストを食べさせるんじゃない。夕飯が入らなくなるだろう」と乾は眉をひそめる。
「そして深波様に食べさせるなら金子くんにもあげなさい。可哀想だぞ」
「乾ちゃんにもあげるね。待っててね、もう一枚焼くからね」
「要らん」
「マシュマロ載せトーストだよ」
「要らん」
「聡太、俺の分は?」
「あなたは今焼きそば食ってらしたでしょう。胃袋が育ち盛りにも程がありますよ」
宇佐木は無言で両手を上げ、拳を握った。「なんなんだ一体……威嚇か?」と乾が真面目な顔で呟く。
金子が口元をべたべたさせながらトーストを食べているので、熊野はため息をつきながらタオルで顔を拭いてやった。「おいらも拭いて」と根津が言ってくるのでタオルを投げつけておく。
「てかさぁ、おいら別にここでマシュマロとろとろトーストさくさくを楽しみに来たんじゃないんだよね」
「楽しんでおいてよく言う」
「みんなに招待状を届けに来たんだよ」
「招待状?」
じゃじゃーん、と根津は3枚のカードを出す。
「根津ホールディングスの次期社長こと可愛い可愛い御曹司様の誕生パーティーをやるんだってえ!! みんな来るっしょ!?」
宇佐木はマシュマロだけあたためながら「そうか、根津ホールディングスの次期社長こと可愛い可愛い御曹司様が誕生日なのか。めでたいな」としみじみ言った。
「パーティーに出席していいのか、俺たちが」
「してよ! てかみんながいなかったらつまんないし、おいらが出席しないよ!」
「主役不在でもやるのか?」
やるんじゃないの、と根津は興味なさそうに呟く。
カードをちらりと見ただけで、熊野は「僕は行かないかな」と答えた。
「なんせその会社の先代社長を殺したの、僕だし」
「十分すぎる欠席理由で草」
「警察に出頭しろ、お前は」
腕組みした根津が「いーのかなぁ?」とにやにやする。
「熊野さんが一生かかっても食べられないような料理が並ぶよ」
「このクソガキ……馬鹿にしやがって……。ドレスコードをお聞かせ願おうか!?」
「熊野さんのそういうとこ好き」
じゃあ決まり、と根津はにんまり笑う。
「その日はあけておいてよね!」と言って、スキップでキッチンを出て行った。
@@@@@
全員の正装姿を見て、根津は「うわぁ……」と口元に手を当てる。「は? 何引いてらっしゃるんですかね、僕ちゃん」と熊野が威嚇した。根津は、宇佐木と熊野と乾を並べて眺める。
「左から、ナンバーワンホスト、売れないホスト、ボーイ……って感じ」
「誰が売れないホストだ。撤回しろ!」
「じゃあ聞くけど、熊野さんはホストになって売れる自信あんの?」
「そんな自信あったら殺し屋なんかやってるわけないだろ。ふざけるのも大概にしろよ。いい大人がスーツ姿で泣くとこ見たいのかよ」
ポケットに手を入れた宇佐木が、ちょっと肩を竦めながら「確かに昔、金に困ったらホストにでもなればいいと言われたことがあるな」と呟く。
「『でもあんたは女に刺されるタイプの男だから覚悟を決めてやんなさいよ』と言われて諦めた。俺も命は惜しいから」
「…………働くってみんな大変だよね」
殺し屋が労働を語るな、と乾が眉をひそめる。どうでもいいような顔で熊野は「職業に貴賎はないだろ」とため息をついた。「そもそも殺し屋という職業は存在しないが」と乾が言う。
「そんなことより金子くんの正装を見ろ。何かコメントはないのか」
「お前の服は
「わかった」
「ほんとにわかってんのか?」
「この子が服を汚さずに済むわけないだろ。先に買い取っておくからいくらになるか教えてくれ」
「27万」
「ッスゥーーーー……」
金子は自信満々で「大丈夫。汚さないようにする」と言い放つ。「うん……」と熊野は何とも言えない顔をした。
「……ちなみに宇佐木のスーツ、いくら?」
「スーツの値段なんてのは関係ない。大事なことは別にある」
「
「俺自身のポテンシャルだ」
「女の前に僕があんたのこと刺しちゃおっかな~」
「スーツは3万で買った」
「就活用スーツの方が高いって」
「就活用スーツだ」
「よく堂々と来たな。顔が良けりゃなんだっていいのか?」
根津が心底感心したように「スーツって3万で作れるもんなんだ」と呟く。「お、なんだガキ。喧嘩売ってんのか?」と熊野が両手を上げて威嚇した。
「おいらは主役だし乾さんは忙しいんだから、みんなお行儀良くしててよね」
「ああ任せろ」
「深波もな」
「ったく、深波くんは僕らのこと
疑わしげな顔をしながらも、根津は立ち去る。乾もそれに付き従って行ってしまった。
会場入りをした金子たちは、丸テーブルの付近で並ぶ。どうやらバイキング形式の立食パーティーらしく、椅子などはない。すでに料理が用意されていた。
「こういうパーティーの、始まるまでの虚無の時間がめちゃくちゃ苦手だ」
「知り合い同士で挨拶なんかしている時間だな」
「暇だし、僕たちもそれやろう」
一瞬顔を見合わせた熊野と宇佐木が、突然「わー! お久しぶりです」「え、いつ以来です? この前現場でお会いしましたっけ」と話し出す。
「ご無沙汰です〜! え、根津家のご子息とお知り合いなんですか?」
「いや大したことじゃないんですよ。ちょっと仕事でね」
「そうなんですか。あれー、お子さん大きくなりましたねえ。覚えてるかい、おじさんのこと」
「ほら博幸、ご挨拶しなさい」
金子は戸惑い、身を縮こまらせながら「こわい……」と呟いた。
そんなことをやっているうちに、壇上には根津が立っていた。ハウリングが聴こえ、金子たちは顔を上げる。
『こんにちは、皆さん。今日はお忙しいなか、ぼくのために集まってくれてありがとうございます』
にっこり笑いながら小さく手を振っている。
それを見た金子が、目を丸くして「なんだかいつもと違うね、深波」と小声で囁く。スーツのポケットに右手を突っ込み、左手で骨付きのチキンを掴みながら熊野が「まあ……働くってみんな大変だよな」とコメントした。宇佐木がそんな熊野のことをぎょっとして見る。
「聡太、お前……食事にありつくのが早すぎないか? 乾杯もまだだぞ」
「食事にありつく以外にやることがないんだからしょうがないだろ」
「人の誕生パーティーに来ておいてなんて言い種だ」
『こじんまりとしたパーティーですが、楽しんでいってください』と根津が言う。
チキンをむさぼり、熊野が「何がこじんまりしたパーティーだよ。僕なんか一人で誕生日を迎えるのが嫌すぎてひとりかくれんぼで霊を呼び出したことがあるぞ」と言う。「ちゃんと帰ってもらったのか?」と宇佐木が冷静に訊いた。
『せっかくの料理を美味しいうちに召し上がってください。積もるお話はお一人お一人存分にさせていただきますので、挨拶はこの辺で』と根津が言い、拍手が起こる。近くにいた男性が『それでは皆様、乾杯のご用意を』と告げた。
一斉にその場の全員がグラスを持つ。ぽかんとしていた金子も、何か飲み物が入ったグラスを握らされた。
乾杯、という一声で全員がグラスを掲げる。思わず金子も勢いよくグラスを上げた。隣の熊野と宇佐木が『あーあ』という顔で、金子のグラスから飛んだ滴がワイシャツに付着するのを見ていた。
「……まあそんなもんだろう」
「気にしすぎても禿げるだけだし、後で深波くんに土下座すればいいよな」
「料理を取ってこよう。
「カレー」
「ビーフストロガノフにするか。一番カレーっぽいし」
「ビーフストロガノフはカレーじゃないし、もうちょっとリスクの低い料理にしない?」
「パーティー料理に低リスクなものなんてない。全部食べづらいに決まってるんだ」
「そんなことないだろ」
「その中でもビーフストロガノフとかあの辺は、まだ食べ方がわかるという点でリスクが低い」
「何と戦ってるんだろうな、僕たち」
とりあえず会場をぐるっと一回りすることにして、金子たちは歩き出す。「すげー場違いだよな、特に僕」と熊野が呟いた。「大丈夫だ。恐れるな」と宇佐木が励ます。
途中、宇佐木がどこぞの令嬢に声をかけられ「息子です」と金子のことを紹介するなどしていた。
金子は憮然とした様子で「それやめてほしい」と訴える。「就活用スーツの男に声かけてくる令嬢も令嬢だよな」と熊野が他人事の顔をして口を挟んだ。
「てか、どうせあんた子持ちになんか見えやしないんだから、もっと突拍子もない嘘をつけよ」
「どんな?」
「何もない空間を指さして『こちら私のフィアンセです』とか言ってさ。相手のことをドン引きさせろって」
「……次からそうしよう」
「じゃあ、おれが息子でもいいよ……?」
しょうがないから、と金子はちょっと悲しそうな顔をした。宇佐木はそんな金子の頭を撫でまわして「博は本当にいい子だな。次があったらお前を引き合いに出したりせずちゃんときっぱり断るからな」と言う。
また若い女性に声をかけられた宇佐木が、熊野のことを指さして「息子です」と言い放った。熊野は目を見開きつつも「ぱ、パパ!?」と裏声で反応する。女性は速やかに離れていった。
「どうやらこれが正解のようだな」
「これが正解ならそもそも不正解なんて存在しないだろ」
歩きながら、熊野は「どうでもいいけど、なんであんたは皿にいっぱいいっぱいマッシュポテトを盛っちゃったの? 他に何ものらないけど?」と宇佐木の持つ皿を見咎める。
「マッシュポテトずっと食べていたいんだ俺は。他の料理を食べている時でも合間にマッシュポテトを挟みたいんだ」と宇佐木が反論する。
「いや……だから、他の料理のらないってそれ」
「お前の皿にのせてくれ」
「やだよ」
「というか、シーフードヌードル食べたくないか」
「帰ったら?」
なあ博、と宇佐木が呼ぶ。それから「……あれ?」と呟いた。金子の姿が見当たらなかった。
@@@@@
壇上で椅子に座っている根津に、金子は背後から近づいていた。「深波は料理食べないの?」と尋ねる。
「……お前、よくここまで来れたな。もしかして警備がザル??」
「なにか持ってきてやろうか、料理」
「うーん……」
いや、と言って根津はぴょこんと椅子から立ち上がった。それから『本日の主役』というタスキと着ていたジャケットと何やら首からかけていたネックレスを金子につけさせ、近くのテーブルにかかっていた布を金子の頭からかけた。
「お前、しばらくそこに座っててくんない? おいらちょっと遊んだらすぐ戻ってくるからさ」
「わかった」
「わかったのか。すげーな、お前は。理解力がレベチだな」
じゃあよろしく、と言って根津が遠ざかっていく。金子は頭にかけられた布をぎゅっと握りしめ、足をぶらぶらさせた。
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