人間なんか―――

「黙れ……黙れ、黙れ、黙れっ!!」



 レティルを突き飛ばした実は、耳を塞いで必死に頭を振った。



 飲み込まれるんじゃない。

 自分は自分だ。

 決して、彼と同じではない。



 彼に揺るがない闇があるように、自分にだって揺らがない光があるだろう。

 それを信じるんだ。



「確かに、人間は馬鹿な生き物だよ。だけど、傷つけることだけが人間の全てじゃない!」



 叫ぶ。



「人間は過ちを犯しても、振り返ってやり直せる。何度転んだって、前を向いてもう一度歩き出せる。俺の周りには、そういうまぶしい人たちがたくさんいるんだ!!」



 視線を巡らせる。



 桜理。

 拓也。

 尚希。

 ユーリ。



 みんな、それぞれに深い闇を抱えていた。

 それに飲み込まれて悪意をぶつけることもあったし、死にかけるようなこともあった。



 でもみんな、それを乗り越えてきたんだ。



 壮絶な苦しみに歯を食い縛って耐えて。

 何度も自分の不甲斐ふがいなさを呪って。



 迷いや葛藤かっとうを繰り返しながら、彼らは彼らの光を掴み取った。

 そして今、彼らは強い信念を胸に掲げて立派に立っている。



 こんな自分とでも一緒にいたいって。

 そう言って笑ってくれるのだ。





「ああ、そうだよ! 認めてやるよ! 俺は―――人間なんか、大っ嫌いだ!!」





 ひと思いに言ってしまう。



 ああ、なんて皮肉なことだろう。

 レティルに同意するのは嫌なはずなのに、そう言った瞬間に心が軽くなってしまった。



 もういいよ。

 どんなに理性で否定したって、どうせこれが自分の本心だ。

 こいつのことを、完全に拒絶なんかできない。



 でも……認めたら、逆にすっきりした。



 今ならはっきり言える。

 やはり、自分と彼は違うんだと。



「嫌い……嫌いだよ、人間なんて。だけど……それでいいって言われたんだ。」



 脳裏に浮かぶのは、憎たらしいくらいにうざいあいつの顔。



「別に、世界を愛そうとしなくていいって……歪んだ世界をそのまま受け入れるだけでいいって……あいつが、俺にそう言ってくれたんだ。」



 なんだか悔しいな。



 どうしようもない変態であるレイレンの言葉が、こんなにも自分の中で生きているなんて。



 でも……本当の本当に、あの時の彼の言葉には救われたんだ。



 好きなものを好きだと言って、歪んだ世界を〝こんなもんだ〟って受け入れれば、世界を呪わずに済む。



 世界を呪わずにいられれば、この封印が自分を悲しませることはない。



 言われた時はびっくりしたけれど、自分は無意識でその言葉にすがった。

 そして、本当にそうなんだって拍子抜けした。



 あのことをきっかけに、自分の中に眠る封印は、ふたが緩む前のように安定している。



 封印の揺らぎを感じることがなくなった分、かなり気楽に過ごせるようになったのだ。



 あの言葉は確実に、自分を強く支えている。



 だから……もどかしくてたまらない。



 実は、レティルに切に訴えた。



「お前はなんで……闇の中にある、そういう小さな光を見ようとしないんだ!! 人間の中にいて抑止力から身を守れているお前なら、俺たちみたいに希望を持つことだってできたはずだ!! 目を覚ませよ!!」



 世界からのがれて、本物の自分の意思で生きていきたい。

 彼は自分にそう語った。



 それが目的じゃだめなのか?



 人間に宿っていることで、今の彼はちゃんと自分の意思を持って生きているじゃないか。



 それなら、もっと違う生き方があったはずだ。



 どうしても、憎悪にすがるしか道はなかったのだろうか。



「抑止力から、身を守れている…?」



 ぽつりと呟くレティル。

 次の瞬間。



「ははは……あははははは!!」



 森の中に、大きな笑い声が響き渡る。

 それは、間違いなく哄笑こうしょうだった。



「そんな希望が、あるわけないだろう…?」



 笑いすぎたせいか、目の端に涙を浮かべてレティルは言う。



「言ったではないか。私の世界に対する翻意が強くなればなるほど、世界からの抑止力もまた強くなると。お前に手を加え始めた時から、世界が私をどうしようとしているか知っているか?」



 その言葉をきっかけに、彼が浮かべる涙の印象が変わる。



 歪む目元。



 あくまでも微笑わらうレティルだったが、その顔は今にも泣き崩れてしまいそうだった。





「―――私の自我も存在も抹消して、私に与えた終焉しゅうえんの力を剥奪しようとしているのだぞ?」




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