世界からの牽制

〝彼に目をつけたのは自分が先だから、お前は彼から手を引け〟



 どこか憤慨した様子のアクラルトの言い分は、主にそういった旨だった。



 お前が彼に妙な絡み方をするから、彼の神に対する好感度がだだ下がりではないか。

 自分までうざがられたら、どうしてくれる。



 そう言われて、私は耳を疑った。



 情けなく泣きついてくるフィルドーネの対処をする方がめんどくさいから、と。



 ただの付き合いで四大芯柱の一人を選んできただけのお前が、一体何を言っておるのだ?



 驚いて素直にそう訊ねた私に、アクラルトは首をひねるだけだった。



 さらには〝われが人間を気に入ってはおかしいか〟と逆に問われ、私は二の句も継げなかった。



 空から水滴を垂らしたら、たまたまそれを被ったから。



 今までのお前は、そういうよく分からん理由で神託をくだす人間を選んでいたではないか。



 水との相性も何も考えないから、せめて素質の有無だけは見ろと、選定をやり直させたことだってある。



 そんなお前が、どんな天変地異が起きたら特定の人間を気に入るというのだ。



 ―――しかし、そこで私は考える。



 果たしてこれは、アクラルトが本気で彼を気に入っているのか?

 はたまた、世界が抑止力を使ってこいつにそう思わせているのか?



 後者だとしたら、その意図は?



〝お前は彼から手を引け〟



 こいつが告げたその言葉は、世界から私へ向けられた牽制なのでは?



「……ふふ。」



 私は、零れる笑い声を我慢できなかった。



 が絶対なる支配者の世界が、随分と焦っているのだな。

 アクラルトを寄越してまで、こんなに分かりやすく私を牽制してくるなんて。



 何故私が彼に構ってはいけないのだ?

 さあ、どうか理由を聞かせてくれ。



 そう言ってしまいたくなる気持ちを、私は寸でのところで抑えた。

 やってみたいことがあったのだ。



 ちょうど体の乗り換え時だった私は、当時の〝アクラルト〟だった人間を次の器とした。



 すると、アクラルトは当然のように彼に神託を下した。



 それで明確な接点ができたからか、それからのアクラルトは、奴にしては異常なほどに彼の元へとおもむいていた。



 面白いからちょっかいをかけてみると、アクラルトは大層大事に彼を抱えて、お前はどこかへ行けの一点張りだ。



 渦中に放り込まれた彼はというと、どうして面倒と面倒の間に挟まれなくてはいけないんだと、非常に不愉快そうな顔で私たち双方を平等に煙たがっていた。



 ……いい傾向だ。



 アクラルトよ。

 このままお前は、抑止力に従って私から彼を守ろうとしていろ。





 そうして彼にのめり込んで―――お前も、そのかせから抜け出すがいい。





 世界がお前に人間への接触を許した。

 その時点で、お前に絡む鎖はほころんでいるのだから。



 私が気に入った彼に与えられた神託。

 また一つ、彼の手には特別が増えた。

 私の出過ぎた介入を阻止しようと、別の神すらもあてがわれた。



 期待するなという方が無理だろう?





 これは、世界の命運を決める者が生まれる下準備なのだと。





 そしてその数年後、私はあえて彼との接点を減らした。

 まあ、彼に私の相手をする余裕がなくなったと表現してもいいか。



 だって彼はその時―――自身をここまで歪める原因となった最大の悪夢を自分の手で引き寄せてしまって、その対処にてんてこ舞いだったのだから。



 さらに時が流れ、暖かな日差しが世界を柔らかく包む季節が来る。



 こんな季節に大事な日が訪れるとは、なんとも皮肉なものだな。





 そんなことを思いながら、私は―――彼を、神の世界の泥沼に引きずり込んだ。




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